★第8話★


 蕎麦屋を出た車は、湖畔にある駐車場に入った。正攻ルートであったあの道があんなに混んでいたのにも関わらず、そこはなぜか空いていた。
「がらがらやないけ」
「どういう事でしょうね?」
 矢部と菊池が揃って首をかしげた。
「こんなに綺麗な湖なのに…どこか違う観光地への通過点なだけだったりして」
 奈緒子も二人に遅れて首をかしげながら、ポツリと呟いた。
「あぁ、そうかもしれへんな」
 辺りを見渡して、三人はとりあえず駐車場を離れ、湖のすぐ近くまで寄ってみた。
「洋館…見当たりませんね」
 菊池がぼそりと呟く。
「山の上からは見えたんやけどなぁ」
「そうですね、でも木が茂ってて、見えたのって一部分だけでしたよね?」
「そういえばそうやったな。じゃぁ…」
 奈緒子の言葉に応じるように、矢部は急に辺りをキョロキョロと見渡した。何か探しているようだが…
「矢部さん?」
「何しとるんや、お前らも探せ」
「探すって…」
「何をですか?」
 奈緒子と菊池が口々に言った。
「お前ら、アホやなぁ。こーゆう大きい湖いうんはな、大抵湖畔の地図があるもんなんや。それと妖術使いのショボイ地図見比べれば、一発やないか」
「…あぁっ、なるほど!」
「いつになく鋭いな、矢部!」
「矢部さんやっ、年上には敬意をはらわんかい。で一言多いんじゃ!」
「あぁ、はいはい」
 そこで矢部の提案どおり、湖畔一帯の地図を探す事になった。奈緒子はどうしてもなぜか湖が気になり、見とれてしまう事もしばしばで、その度に矢部が奈緒子の後頭部や額をペチッと叩いた。
「しっかり探さんかいっ!」
「分かってますよ、そんなに叩かないでくださいっ!」
 それを遠目に見て、菊池は苦笑を浮かべるのだ。そして数分後、三人は同じ場所で地図を見つけた。
「結構古いですね」
 菊池が一番最初に口を開いた。確かに大きな板に描かれたそれは、年季の入った色合いで、新品であるよりはこの湖の雰囲気に実に良くマッチしている。
「山田、はよ地図出さんかい」
「え?あぁ、はい…」
 慌てて取り出した地図を、矢部が横からさっと取った。
「オレらがおるんがここやろ、で洋館がここやから…」
 地図を見比べる為に、矢部は何度も頭を動かした。それが可笑しくて、奈緒子は思わず顔を背けた。
「あの辺になりますよね…山田さん、聞いてます?」
「あ、はいはい、聞いてます」
 菊池に声をかけられ慌てて振向くと、矢部はしっかりと頭を押さえていた。
「あの辺…ですよね?」
 菊池がもう一度、確認するように湖畔の地図を指差して言った。
「あれ?これ…何か塗りつぶされたような跡がありません?」
 菊池の指の先を見て、奈緒子は気付いた。文字も消されているようだ。
「ホンマやな、何かあったんやろう…んー、あそこで聞いてみようや」
 それを確認してから、矢部はまたキョロキョロ辺りを見渡し、管理小屋と思しき丸太小屋を指差して言った。
「古い洋館があったんですよ。この湖も含めて、昔はある富豪の土地でしてね」
 丸太小屋にいた白髪の初老の男性が懐かしそうに教えてくれた。
「その洋館は、今も?」
「富豪がこの土地を離れてからは、洋館を宿泊施設として使っていたんですよ。けどね、出るって噂が流れて…」
「出る?」
 矢部が怯えた表情で、一歩後ずさったのと逆に、奈緒子は一歩前に踏み込んだ。
「出るっていうと、つまり…?」
 両手を肩のあたりで、だらんと下げて、一般的な幽霊の姿勢をとった。
「そうそう、オ・バ・ケ」
 管理人の男性もにやりと笑って奈緒子と同じ姿勢をとった。
「オレ…そーゆうの、アカンわ。苦手なんや」
 ずりずりとすり足で菊地の影に隠れた。
「あはは、幽霊なんてこの世に存在しませんよ。馬鹿だなぁ、矢部さんは」
「馬鹿言うなっ、ボケッ!」
 笑う菊池をどつく矢部を一瞥し、奈緒子は苦笑を浮かべながら男性に向き直った。
「あんたら面白いね」
「あぁ、そうですね、えへへ」
「で、まぁ、そういうわけで閉鎖されてね。今は廃墟だよ」
「あの地図見る限り、洋館の周りって木が生い茂ってますけど、どうやったら行けます?」
「廃墟なんか行きたいの?あんたら、どういう素性の人間?」
 行き方を聞いた途端に男性が警戒するような表情になったので、慌てて矢部が体を乗り出した。
「ボクら実はね、オカルト研究会のサークルメンバーなんですよぉ、そーゆうの、興味あってぇ」
 声色も微妙に変わって、奈緒子は唖然と矢部の顔を見た。
「でもあんた、さっきこういうの苦手って…」
「やだなぁ、苦手やけど興味はあるんですよぉ!」
「けど、年齢もバラバラでサークルって…」
「何言うてるんですか、知らないんですかぁ?今やネットで世界は老若男女問わずに繋がってるんですよぉ」
「そうなの?」
 にこにこと胡散臭い笑顔を浮かべる矢部を一瞥してから、男性は奈緒子と菊池に目を向けた。
「え?あぁ、ええ、そうなんです」
「あ、はい」
 慌てて二人はコクコクと頷いた。
「疑ってるんですか?嫌やなぁホンマ、人が悪いんですから。ちなみにハンドルネームはボクがヤベチャンで、あの茶髪がトーダイリーサン、髪の長い女がテジナ言うんですよぉ」
「ふぅん…」
「おい、東大…ハンドルネームってなんだ?」
 まだ訝しげな男性に聞こえないように、奈緒子は笑顔を崩さないよう小声で菊池に尋ねた。
「ネット上で使う名前ですよ」
「矢部…センス悪いな…」
「ですね…」
「わかったよ、信じるからあんまり顔近づけないでくれる?」
 見ると、矢部は顔がくっつきそうなくらい近付いている。
「あそこはね、うん、木が茫々に茂っちゃってるから、一度湖を渡って向こう側に行かなくちゃ駄目なんだよ。洋館自体は崖の上にあるから、少し歩かないと駄目なんだけど」
「湖の向こう?」
「そやったらボートが必要やなぁ…」
「遊覧用のボートならあるけど…」
「是非貸してくださいっ!」
 奈緒子はすかさず矢部を押しのけて笑顔を向けた。こういう場合、交渉は女性の方が有利だ。
「お願いします」
 菊池もあの爽やかな笑顔を男性に向けた。
「う…うん」
「返すの、明日になっちゃうかもしれませんけど、ちゃんと返しますんで」
「明日?あの廃墟に泊まるつもりなのかい?」
「心霊現象は夜に調べるのが一番なんですよ」
 菊池がしれっと答えると、男性はどうやら納得したようだった。
「そう?じゃぁ、今ボート出すから…」
「「ありがとうございますっ!」」
 奈緒子と菊池が嬉しそうに声を揃えて言うと、男性はやっと笑顔を返してくれた。そして矢部は、押しのけられた事に対して不機嫌そうにし、頭を押さえて一人湖を眺めていた。

つづく
 
   


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