★第11話★


「な、何か僕おかしい事言いましたか?」
 突然二人に顔を向けられて、菊池は思わず一歩後ずさった。
「お前んち、地下室あるんか?」
「どーゆう家だよっ」
 矢部と奈緒子の突っ込みがほぼ同時に入った。
「え、普通じゃないですか?子供の頃は父の秘密の書斎になってましたけど…」
 奈緒子じゃないが、菊池…只者じゃないようだ。
「ま、まぁ…それはさておき。丁度良かったじゃないですか」
 奈緒子ははっと何かに気付き、菊池の肩をポンッと軽く叩いた。
「あ?何が丁度いいんや?」
「だってほら、東大の家と似たような場所にあるかもしれないじゃないですか、地下室」
 大発見だとでも言うように、奈緒子は胸を張って言うと、菊池に満面の笑みを向けた。
「それもそうやな。菊池、お前んちの地下室、どこにあるんや?」
 矢部も納得し、菊池に期待した顔を向ける。
「え、僕の家のですか?えっと、父の通常の書斎に入口がありましたけど…」
「そうか、通常の書斎か…ってどこやねんそこっ!」
 結局一から探すしかないと気付き、矢部と奈緒子はがっくりと肩を落としながらフラフラと歩き出した。
「すみません、参考にならなくて」
「ホンマや。お前が余計な事言うから、ドッと疲れたわ」
 とりあえず一部屋一部屋のぞき、丁寧にあちこち探したがそれらしいものは見つからなかった。むしろ矢部が面白がってあちこちいじるものだから、本棚から埃まみれの本が落ちてきたりなんだりで、余計な時間を過ごしてしまった。
「…疲れた」
 埃を上からかぶってしまい、ケホケホ言いながら奈緒子は呟いた。矢部と菊池も疲れている様子だ。
「無いな、地下室。上行くか」
 首を回しながら矢部が言ったので、返事をする気力すらなかった奈緒子は黙って頷き、前を歩く矢部の後に続いた。階段を上がり、二階に行き着くと、奈緒子はすぐに一つの部屋からテラスに出た。髪についた埃を落としながら、ふと気付く。
「あ、こっち、湖側なんだ」
 崖の上に建っている…それを実感した。
「何しとんのや?」
 フラフラと矢部もテラスに来て、コートに付いた埃をはたきながら口を開く。奈緒子は一度矢部の方に向き直ったが、何も言わずに顎で外をしゃくった。
「あー、えぇ眺めやなぁ」
 崖の真上に建っているのだ、まさに絶景といった感じだったが、手摺から下を覗いて慌てて後ろに下がった。
「うわっ、高いっ…」
 眩暈がしそうなほど高い、真下は湖だ。もし地震などが起きたら、崖ごと崩れ落ちるだろうなと縁起の悪い事を考えながら、深呼吸をし、再び三人で一つ一つの部屋を調べた。
「特に何も無いですね」
 菊池が奈緒子の元に駆け寄りながら口を開いた、そして必死な顔で靴についた埃を拭く。
「あれ、矢部さんは?一緒じゃなかったんですか?」
 奈緒子が聞くと、靴を拭きながら菊池は顔を上げ、自分の後ろを見た。
「え、あれ?さっきまで一緒だったんですけど」
 どこへ行ったのだろうかと菊池が来た方向に行ってみると、矢部は湖側の部屋にいた。壁に耳を当てたり、叩いたりしている。
「矢部さん、何してるんですか?」
「ん?あぁ、ちょっとな…まぁえーわ、次行くで」
 どうにもさっきから様子がおかしいような気がするが、矢部は何事も無かったかのように階段の方へと向かったので、奈緒子は慌てて後を追った。
「広いから探すのも一苦労ですね」
「そうやな〜、ホンマ疲れるわ」
 愚痴りながら三階に向かったが、なんだか他の階とは様子が違っているように見える。
「あれ…なんか、一階とか二階に比べて、部屋が狭いと思いませんか?」
 最初に違いに気付いたのは奈緒子だった。
「そぉか?」
「狭いですよ、でも何か変…」
 部屋を調べながら、奈緒子は一人呟く。そんな奈緒子を余所に、矢部は矢部でまた別の部屋で一人、壁を叩いたり床を軽く蹴ったりしている。菊池には何がどうなっているのかさっぱりわからないようだ。
「山田さん、どうかしましたか?」
 部屋に設置してある椅子をひっくり返している奈緒子に、菊池は声をかけてみた。
「やっぱり狭いんですよ。あと部屋の形もなんか違和感があって…」
 途中で口をつぐむ為、結局菊池は奈緒子が何を考えているのか知る事は出来なかった。
「あのー、矢部さんは何をしているんですか?」
 今度は地面に這いつくばっている矢部に、菊池は声をかけた。
「これが捜査や!」
 どうみても怪しいが、これ以上深く追求するのはやめようと菊池は決意した。
 ──ッガタン!突然下の階から大きな物音が聞こえた。それに続き、複数の人間の足音。
「誰か来たみたいですよ?」
 小声で菊池が声をかけると、矢部が慌てて駆けてきた。
「なんや、誰やねん?」
「さぁ、でも一人じゃないみたいです」
 様子を伺おうと階段に近付いたが、足音も階段の方にやってきているので、矢部はまだ部屋を調べている奈緒子の腕を掴み、菊池と共に上の階へと音を立てないように向かった。
「なんですか?どうかしました?」
 奈緒子は不機嫌そうに口を開く、まだこの状況に気が付いていないようだ。
「なんか人が来たんや、それも複数」
「人?」
 奈緒子は目を閉じて耳を澄ましてみた。確かに、階段を上ってくる複数の人間の足音が聞こえる。
「どうしましょう…」
「とりあえず隠れて様子を伺うで」
 矢部に促され、四階のバルコニーに三人は出て、物陰に体を潜めた。
「一体誰なんでしょうね」
「しっ、来るで」
 カツカツと革靴の音が段々と近付いてくる。
「くまなく探せ、ボートがあるから必ずいるはずだ」
 中年の男性の声が三人の耳に届いた。その瞬間、矢部と菊池が顔を微妙に歪ませたので、奈緒子はそっと誰が来ているのか見ようと頭を動かした。
「ばっ、やめい!」
 ところがあくまで小声でだが、矢部にそれを制止された。
「何で止めるんですか?」
「しっ、ちょっと黙っとれ」
 いつになく緊張した面差しで、壁に背中を合わせた状態で、矢部はじりじりと体を動かした。
「少なくとも三人はいると思われます、埃の上に足跡が残っておりました」
 若い男性が報告する声が聞こえる、一体何者だろう?
「矢部さん、あれって…」
 菊池が矢部の耳元で小さく呟いた。
「ちょー黙っとれ、こんなん在り得へんわ…」
 矢部がそっと壁越しに様子を窺おうとしたその時、そこに立っていた中年男性もほぼ同時にこちらを向いた。二人の視線がぶつかり、矢部は慌てて身を引っ込めたが、それで誤魔化せるわけが無い。
「矢部くん!隠れても無駄だ、出てきなさい!」
 中年男性の声が響いた。矢部はおでこをおさえ、参ったような表情で菊池と奈緒子を見遣った。
「矢部さん?」
 大きくため息をつき、矢部は一人だけ陰から抜けた。
「お前らは黙ってそこに隠れてるんやで」
 抜ける前に、矢部は小さく囁いた。
「出てきたか」
 中年男性と向かい合い、矢部はにかっと笑みを浮かべた。
「いやぁ〜、奇遇ですね、課長」
 その言葉に驚いた奈緒子は、慌てて菊池の顔を見た。菊池は黙って小さく頷いたので、それは多分、事実なのだろう。

つづく
 
   


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