★第13話★


 さっきの携帯電話の着信メロディのようなものにも何か仕掛けがしてあって、矢部までもが妖術使いの手の内に落ちただろうと、落ちていくほんの僅かな時間に奈緒子は思いを巡らせた。これでもう終わりなのだと、キラキラと自分の涙の粒が空を泳ぐのを眺め、上田を助けられなかったという心残りだけが胸を占めた。
「…?!」
 ふと、振り返った矢部の姿が見えて、その顔が明らかに微笑んでるのが分かって、不思議だった。その目は、他の七人のように虚ろではなく、なんら変わりない彼の目だったから。
「…っきゃあ!」
 本当に僅かな時間だった、一秒かそこらの間だろう。落ちていく奈緒子の体は、途中で誰かの腕によってしっかりと抱き止められたのだ。
「え…あ…?」
 自分を支えるのが誰の腕なのか確かめる為に視線をずらし、奈緒子は目を丸くした。見覚えのある、その笑顔。
「え…?」
「久しぶりじゃの〜、姉ちゃん元気しちょったけぇ?」
 懐かしいとも言える位に、金髪にオールバックの青年がにっこりと笑った。
「え、い…石原さん?!」
「感動の対面は後じゃ、ちょぉ静かにしちょってなぁ」
 石原は笑顔を崩さずに、テラスから室内に移り、奈緒子をベッドの下に押し込み自分もその横に潜り込んだ。
 奈緒子は、今もなおこの状況を理解する事が出来ないでいた。バタバタと遠くで足音と怒鳴り声が聞こえたが、しばらくしてぶつかり合う音に変わり、静かになった。
「もう大丈夫じゃけ、出れるかいのう?」
 石原に声をかけられ、はっとして、手を借りながらベッドの下から出ると、その部屋の異変に気が付いた。
「あ、あれ?この部屋…」
 矢部たちと調べた時には、見なかった部屋だ。狭いがずっと小綺麗で、なぜかドアが見当たらない。そして部屋の隅に階段がある。
「ここは隠し部屋じゃ。それより姉ちゃん、目ぇから涙たれちょるよ」
「え?あ、うわ…」
 にこにこと石原は、近寄って自分の上着の裾で奈緒子の頬を濡らす涙を拭いた。
「これで大丈夫じゃの」
 満足げに微笑むと、そのままテラスに続く窓と、カーテンまで閉めて部屋を暗くした。そして古い椅子に腰掛け、携帯電話をいじりだした。
「い、石原さん、何でここに?」
 一通りの様子を見送ってから、奈緒子はやっと面と向かって問いを投げかけた。大体この石原には、一年以上会っていない。ふと気付くと、矢部の横にいるのが菊池に変わっていて、矢部も何も言わないものだからあえて何も聞かないでいたのだ。その石原がなぜここにいるのか、奈緒子にはさっぱり分からなかった。
「ワシな、随分前から妖術使いの事を調べとったんじゃ。ほら、前に白木の森で逃げられてしもーたじゃろ?じゃけぇ、兄ィと相談して、ワシはこの件を重点的に捜査する事になったんじゃ」
「え、えぇ?!」
 あまりにあっさりと答えられて、奈緒子はパニックを起こしかけた。
「での、前に上田先生から…黒門島の話ば聞いとったけぇ、それも含めて調べとったんじゃ。ばってんこの洋館に大昔住んどったのが、島を追われた内の一人じゃったっちゅうのが分かったけぇ。そんじゃから、調べちょったら昨日の夜かいの?兄ィから電話あって、上田先生が姉ちゃんの代わりにさらわれたんじゃいう話聞いての、偶然にもここにいるらしいっていう事じゃったから、色々先に調べちょったんじゃ」
「え、ここが黒津分家の人の?」
 突拍子もない事を突然言われたので、理解するのに数秒かかった。
「そうじゃ」
「でも、でもなんで…」
「ワシがここ調べちょったんは数日前からの事じゃけ、今日は兄ィとメールで今後の事相談して、さっき最終的にどうするか決めちょったんじゃ」
 言いよどむ奈緒子の聞きたい事を、石原は察して先に話してくれた。
「じゃ、さっき矢部さんが壁叩いたりしてたのは…」
「あぁ、ワシと相談しちょった時じゃ。そん後、時計台の鐘が鳴ったじゃろ?あれ聞くん今日が初めてじゃったけぇびっくりして耳ふさいだんじゃで」
「やっぱりあれ、今日だけだったんですね」
 奈緒子の予想通り、鐘の音は耳をふさがずに聞いた者だけ催眠術にかかるというシロモノらしい。
「鐘鳴った後、兄ィと姉ちゃんがなんじゃピンチになりおったけ、ワシのケータイ鳴らしたんじゃ。兄ィなら機転利かせられるじゃろ思てな」
 それを聞いて、やっと矢部のあの行動の意味が分かった。あの場を切り抜ける為、石原に後を託したという事だろう。
「あぁ、それで…」
「でも姉ちゃんが落ちてくるとは思わんかったけぇ、びっくりした」
「私もびっくりしましたよ、本当に…もう全部駄目かと思って…」
「あぁ、それで涙たらしちょったんじゃ」
「え?あぁ、えぇ、まぁ…」
 言われて急に恥ずかしくなり、奈緒子は頭をかいた。
「まぁ、ここでちぃとでも休んどくとえーよ。すぐ兄ィも来るけぇ」
「え?」
 矢部は石原に後を任せたのではないのだろうか?
「ほら、今兄ィからメールきたんじゃ。菊池と一緒に、隠し階段使うて来るはずじゃ」
 石原は、奈緒子の目の前に携帯電話の画面を見せた。そこには、菊池連れて すぐ行く、待ってろ…とだけ書かれている。
「菊池も?」
 いったいどうやって操られている菊池を連れてくるのだろうかと頭を捻ったが、とりあえず促され、ベッドの上に腰掛けた。
「姉ちゃん、腹空いてん?おにぎりあるけぇ、食べる?」
 途端にどこかから、コンビニの袋を取り出して、奈緒子の手に幾つか押し付けた。
「あ、どーも…あ、石原さん、この部屋とか、あと隠し階段とかって、石原さんが見つけたんですか?」
「そーじゃ。最初は全然気ぃ付かなかったんじゃけど、2・3日かけてあちこち見たら、案外呆気なく見つかったで。まぁ、ワシの努力の賜物じゃけぇの」
「へー、凄いですね。じゃぁ、もしかして地下室とかって…」
 こんな部屋や隠し階段まで見つけたのだ、あるとすればきっとそれも見つけているだろう。
「地下室?あるよ、他の隠し部屋の階段から下りられるようになっとった。でも何でそんな事聞くん?」
「か、勘ですよ、勘。地下室に上田さんがいるような気がして…」
 あの夢の事は、誰にも話さない。何となくそう思ったのだが、石原はすぐににこっと微笑み、何事もなかったようにおにぎりを頬張り始めた。
 石原と二人きりになるのは珍しいなと思いながら、奈緒子も押し付けられたおにぎりを口に運んだ。二人とも黙々と食べ続けるので、妙な沈黙が流れる…
 四つ目のおにぎりを平らげたその時、奈緒子は視界を薄暗い幕のようなもので遮られるかのような錯覚に陥った。
「あ、れ…?」
 眩暈と、吐き気に襲われた。
「姉ちゃん、どうしたんじゃ?」
「何か、気持ち悪い…」
 石原が奈緒子の様子を心配し、近寄って肩を支えた。
「姉ちゃん?」
「石原さ…」
 体中の血液が逆流するような、嫌な感覚の中、頭がぐらぐらと揺れているような気がした。こんな気持ち悪い感覚は初めてだ。
「うっ…」
 心配そうに覗き込む石原の顔は見えているのに、チカチカとフラッシュバックする向こうに、別の誰かの顔が見える。
「だ、大丈夫かいのぉ?どぉしたんじゃ?」
 力が抜けていく、光の中に、二つの人影が見える。一つは背の高い男、椅子に腰掛けているように見える。
「上田…さ、ん?」
 呟きながら、自分の体を支える事が出来ず、思わず石原の緑色のコートをすがるように掴んだ。
「姉ちゃん、どぉしたんじゃ?ワシは石原じゃけ…姉ちゃん?」
 ずるりと体が崩れ、そのまま意識を失った。
「ね、姉ちゃん?あー、どぉしよ…兄ィ、早く来て…」
 奈緒子にコートの胸元をつかまれたまま微妙な体勢で、石原は泣きそうな表情で階段の方に顔を向けた。

つづく
 
   


■ 入口へ ★ 次項へ ■
(前のページに戻る時は、ブラウザの戻るをクリックしてください)
サイトINDEXに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送