★第14話★


 ──カツン、カツン…静寂の中、足音が響いて、石原はハッと階段の方に目を遣った。
「あー、疲れた」
 気の抜けた声と共に現れたのは、矢部と菊池の二人だ。
「あ、兄ィ〜!」
 情けない声を出す石原に目を遣って、矢部は一瞬固まった。
「お前、何してんねん…」
 矢部の目に映ったのは、石原と奈緒子。石原のコートにすがりつくようにして、仰向けで倒れている奈緒子と、微妙な体勢の石原。見ようによっては、石原が奈緒子を襲っているようにも見える…かもしれない。
「兄ぃ、姉ちゃん急に倒れてしまったんじゃけぇ…ワシ動くに動けんのじゃぁ」
 石原の目は今にも涙がこぼれそうなほど潤んでいて、一瞬でも誤解しそうになった矢部は、ため息をつきながらもコートから奈緒子の手を引き剥がした。
「壊れもんちゃうねんから、自分で引き剥がせばえーやろが」
「そんじゃけ、姉ちゃん様子おかしかったし…」
 石原が言い分け地味た事を言いながらフラフラと立ち上がると、矢部の後ろに立っていた菊池と目が合った。
「おー、菊池!久しぶりじゃの」
「あ、どうも」
 菊池は珍しく頭を下げて挨拶をした。と、その時…
「う、うぅん…」
 小さなうめき声、奈緒子の声だ。三人ともが揃って奈緒子の方に目を向けると、複雑そうな表情で口をパクパク動かしている。
「金魚…?」
 ぼそっと呟いて、矢部はすぐに奈緒子を起こしにかかった。
「山田〜、起きんかいっ、しばくで〜」
 ゆるい雰囲気で奈緒子のおでこを連続で叩きまくる事、数十秒…
「あにゃっ?!」
 突然目を見開き飛び起きた奈緒子は、この状況を把握できずに少しの間固まった。
「はっ、そうか…寝てた」
「寝すぎや」
「あれ?矢部さん、いつの間に…」
「お前が寝とる間にや」
「えへへ」
「えへへちゃうわっ!」
 一通りの遣り取りを終えた後、奈緒子は突然矢部をまじまじと見つめた。あまりの真剣な眼差しに、矢部は思わず一歩後ずさり、口を開いた。
「な、何やねん?」
「矢部さん、無事に逃げれたんですね」
「は?あぁ、まぁそうやな。オレが本気出せばこんなもんや」
「いったいどうやってあの場を切り抜けたんですか?」
 見る限り、矢部は擦り傷一つ負っていないようだ。
「知りたいか?」
「ええ」
 ゴホン…と咳き込み、喉の調子と呼吸を整えてから、矢部はまるで昔話でもするかのような口調で話をはじめた。
「あの時、オレとお前がピンチになったなぁ?石原のケータイの、はぐれ刑事純情派のテーマが流れて、うまいこと石原が真下の部屋にいるっちゅうんが分かったんや。そやからこう機転を利かしてな、お前をとりあえず石原に任そう思て、ちょっと荒業やったけど突き飛ばしたんや」
「ちょっとどころかかなりの荒業ですよ!本気で死ぬかと思ったんですからねっ!」
 あまりに矢部がしれっと話すものだから、奈緒子はあの恐怖や焦燥感を思い出し、怒りでワナワナと震えながら怒鳴った。
「絶対大丈夫やゆぅ自信あったからな、それにアレや、よく言うやろ?敵を騙すにはまず味方から」
「騙しすぎだっ!」
「まぁまぁ、こっからやねん、オレの活躍は。黙って聞かんかい」
 ふて腐れながら口をつぐむと、矢部はにやりと満足そうな笑みを浮かべながら続けえた。
「お前を突き飛ばした事によってな、菊池も含めて奴等に隙が生まれたんや。そこで空かさずオレの見事に切れのある攻撃や」
「攻撃って…」
「兄ィのドツキはパンチが効いちょってかなり痛いんじゃぁ」
 奈緒子のさりげない質問に、石原満面笑顔で答える。さすが、いつもそのパンチの効いた突っ込みを受けているだけある。
「へぇ…」
「で、まぁ、二・三発ほどオレの拳が当たったらあっちゅぅまに気絶しよんねん。そやから菊池だけごっつドツイて起こしたら、いつの間にか術とけてんねんで」
 矢部のその言葉を聞いて、奈緒子はそこに菊池がいる事をはじめて確認した。体のあちこちをさすりながら苦笑いしている。
「ドツカれたのか、東大」
「ええ、そりゃもう…」
「あれ?でもそれにしては、来るの遅かったですね」
「あぁそれな、気絶した奴等外に出したんや。あそこに置きっ放し言うんはあかん気がしてな」
「勘ですか?」
「そやな、そんなもんや。で、菊池と手分けして全員を外に出した後、石原からのメールでここに来たっちゅう訳や。大活躍やろ」
 実際にはもっと緊迫したものだったのだが、矢部の説明ではどうにも軽さが出てしまう。それでも矢部や菊池が無事だった事の安心感と、石原の出現という妙に心強いものを感じ、奈緒子はやっと微笑んだ。
「あれ…?」
 そこでふと気付く。さっき、意識を失う直前に見えた情景…あれは間違いなく上田だった。夢も見たような気がするのに、その内容は全然思い出せない。
「なんや、どないしたん?」
「え?あ、なんでもないです。あっと、そういえば、今さっき石原さんに聞いたんですけど、やっぱりあるみたいですよ、地下室」
「何?ホンマか?」
 奈緒子の言葉に矢部が大きく反応する。
「ホンマですじゃぁ、ワシ、頑張ってこの屋敷調べたけ」
「よぉやった、えらいで!」
「兄ィに誉められるん、久しぶりじゃぁ」
 嬉しそうににこにこ微笑む石原は、なんとも愛嬌がある。
「凄いなぁ、石原先輩」
 矢部の後ろで、菊池がぼそっと呟いた。
「え、石原…先輩?東大の先輩なのか?」
 突然の菊池の発言に、奈緒子は首をグルンと回して菊地と石原の両方に向かって聞いた。
「ワシは高卒じゃけん、菊池は幼稚園の時一個下のひよこ組にいたんじゃよな?」
「よ、幼稚園…覚えてるのか、そんな昔の事」
 しかもひよこ組って…
「石原先輩には散々お世話になったんですよ。小中高は僕はお受験で附属のエッリートな学校だったんですけどね…警察に入って再会したんです」
「へ…へぇ〜。あ、矢部さん」
 世の中というのは意外なところで繋がっているのだなぁなどと意味のない事を考えながら、急に矢部に向き直った。
「なんやいきなり…お前いきなりばっかやなぁ」
「そうですか?そんなにたくさんいきなりにはなってないと思いますけど…まぁそれは置いておいて…私の勘では、上田さん、地下室にいると思うんですよ。ねぇ石原さん、石原さん…地下室はまだ調べてないんですよね?」
「えっへへへ、実はワシが地下室への階段がある隠し部屋を見つけたのはのぉ、兄ィ達が着いた頃じゃったんじゃ。じゃからそうじゃの、まだ調べてないんじゃ」
 照れくさそうに笑う石原の顔を見て、矢部はなるほどと頷きながら、室内をうろうろし始めた。
「矢部さん、何やってるんです?」
「何って、いよいよこれから佳境やろ?心の整理をしとんのや」
「あぁ、なるほど…」
「さっすが兄ィじゃのう…そうじゃ!兄ィも菊池も、腹空いとらんけぇの?おにぎりがあるんじゃよ」
 呆れる奈緒子と目をキラキラ輝かせる石原…そして石原は、奈緒子にしたのと同様に、どこかから二つのコンビニ袋を取り出し、そのまま矢部と菊池に手渡した。
「あぁ…なんか小腹空くなぁ思たら、もう三時やねん。時間が経つのは早いなぁ」
「いただきます、石原先輩」
 二人とも受け取った袋の中から、早速おにぎりを出して頬張り始めた。

つづく
 
   


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