★第15話★


「石原さん」
 奈緒子に名前を呼ばれた石原は、顔をそっちに向けて首をかしげた。奈緒子は片手を石原の方に差し出している。
「な、なんじゃ?」
 にっこり笑顔の奈緒子。その手は、頂戴のポーズだ。
「姉ちゃん、さっき四つ食べたばっかじゃけぇ…まだ入るんかいの?」
「えへへ、何か小腹が」
「なんやお前、食ってばかりやな…」
 石原から幾つかおにぎりを受け取る奈緒子を一瞥しながら矢部が口を開くが、奈緒子は聞こえないふりをしながらそれを頬張り始めた。
「姉ちゃんの胃袋は穴開いちょるんじゃないじゃろか?」
「まるでブラックホールですね」
 石原や菊池が呆れながら言うのも気にせず、三つをあっという間に奈緒子は平らげてしまった。
「あー美味しかった。石原、お茶!」
「姉ちゃんは何かの拍子で口が悪くなるのぉ…ほれ。あ、兄ィもお茶、はい」
「おぉ、しっかし石原…お前用意がいいなぁ」
 ペットボトルのお茶を三人に、それぞれ手渡す石原を眺めながら矢部が言った。確かに、沢山のおにぎりといいペットボトルのお茶といい…
「ワシ、いつまでここ調べるか分からんかったもんじゃけぇ、今朝早くに近くの売店でまとめ買いしてきたんじゃ」
 石原は先を読むと言う事が出来るらしい。照れくさそうに矢部の問いに答えながら、出たゴミを一つの袋にまとめて詰めた。
 すっかり食べ終えて、四人はほぼ同時に立ち上がった。
「腹ごなしも済んだし、そろそろ行くか」
 全員の顔を見わたしながら矢部が口を開いた。
「そうですね、ここに来るまでに、随分時間かけちゃったし」
 上田は無事だろうか?多分、殺されたりはしていないと思う。妖術使いにとっての本当の目的は、奈緒子なのだから。上田は奈緒子をおびき寄せる為の、ただの道具…
「石原、地下室まで案内せぇ」
「地下室への階段があるんは別の部屋なんじゃ、まずこの部屋を出ないといけんのぉ…こっちじゃ」
 石原を先頭に、四人は部屋の隅の階段を降りた。ずーっと降りていくと、広い部屋に出た。その部屋には上りだけの階段が幾つもある。
「この部屋って…」
「隠し部屋に続く階段があるんじゃ、まぁ、ここも地下の一つじゃけどな」
 薄暗い地下室。ふと気付くと、石原は懐中電灯を持っている。
「じゃぁ、ここは隠し階段の部屋ですね」
「そうじゃな。で、隠し部屋のほとんどが三階の湖側にあるんじゃ。そんじゃけ、湖側は崖になっちょるから外からは分からんのじゃ」
「あ、やっぱり!三階だけおかしいと思ったんですよ。部屋数は一階二階と同じくらいなのに、部屋の大きさが違うんですもん」
「それで山田さん、おかしいおかしいって言ってたんですね」
「菊池は変じゃ思わんかったんかいのう?」
「はぁ、実は全然気付きませんでした」
 駄目じゃん…という同時の突っ込みに苦笑しながら、菊池は苦笑を浮かべた。
「そんじゃけ、本当の地下室に降りる階段は、ワシが調べた限り一つしか見当たらなかったけぇ、こっちじゃ」
 そう言いながら、石原は慣れた足取りで一つの階段の前に立ち、先を指差した。階段を上り始めると、四人の足音が無気味に響く。さっきまでとは違う、息苦しい空気が辺りを漂う。
 階段が終わった。
「この部屋か?」
 矢部が唸るように小さくに言った。その部屋は、天井の低い、恐ろしく狭い部屋だ。
「狭いですね」
 その言葉に、菊池が眉をひそめて賛同するように言うと、石原は黙って頷いた。この部屋には、四人が上ってきた階段と、ベッドと古い木製のチェストしかなかった。窓すらもない。
「地下室への階段は?」
 奈緒子がそう尋ねると、石原はそっとチェストに手をかけた。中は空っぽだが、底板を外すとそこには確かに下への階段があった。
「こんなところに…」
「今上ってきた階段以外は、全部さっきの部屋みたいになっちょるけ」
「あの、ドアのない小さな寝室みたいな部屋?」
「そうじゃ」
「あれ?でもそれなら、矢部さんと菊地さんはどうやってあの階段の部屋に?」
「三階にある普通の部屋に、隠し部屋への抜け道があるんじゃよ。姉ちゃんが上から降ってきた後に、それをメールで兄ィに送ったんじゃ」
「役に立つ部下やわ、いつになく」
 ふと、矢部が遠い目をしながら呟いた。普段もこれくらい使えればいいのにと続け、小さくため息をつく。その様子が少しおかしくて、奈緒子はクスクスと笑った。
「とりあえず、行きましょう?上田さんを連れて、早く…帰りましょうね」
「そうやな。石原、菊池、階段狭いから、お前らが先に歩け。そんで山田、オレが最後尾や」
 やっぱり恐いのか、矢部はそう指示を出して奈緒子の後ろについた。石原は意気揚々と、菊池と奈緒子は呆れながらも、石原の後に続いて階段を降りはじめた。
 ──カツン、カツン、カツン…ひどく静かだ。足音だけが響く。
「な、なんか急に不気味やな〜」
 奈緒子の後ろで、矢部はしっかりと奈緒子のコートのフードを掴んでいる。よっぽど恐いのだろう。
「矢部さん、別に掴むのはいいですけど、引っ張らないで下さい…」
 階段を一歩下りるたびに引っ張られ、奈緒子にとってはちょっと迷惑だ。
「気にせんで先進め」
「気にしますよ…」
 石レンガの壁に、石畳の階段。しばらくして狭い階段は終わり、少しだけ広い場所に出た。真っ暗で、石原の持つ懐中電灯だけが頼りだった。
「こぉ暗いと、探すんも一苦労やな」
 矢部が上着のポケットを探り、取り出したライターに火をつけた。その炎は少し揺れている。
「どこかから風が入ってきてるみたいですね、べつの抜け道があるのかも…」
「行こう…」
 暗闇の中に浮かぶ二つの明かり、四人はそのまま奥へと歩き出した。少し歩くと、天井の高い講堂のような広場に出た。
「随分深い位置にあるんですね、この地下室。こんなに天井が高い…」
 ひやりとした空気の中、奈緒子が石原の持つ懐中電灯を上に向けさせて呟いた。
「一体どんな目的でこんなん作ったんやろうなぁ…」
「本当ですね」
 矢部と菊池が小さく賛同する。地下深い場所に作られた広い講堂…本当に、島を追われた黒津分家の者達は、何を考えていたのだろう。
 と、突然辺りが明るくなった。
「え…?」
 壁に、ぼんやりと明かりが灯されていく。
「な、なんやねん?!」
「ろ、ロウソクじゃ!兄ィ、ロウソクに火が灯っちょるんじゃ!」
 石原の叫んだ通り、壁にあるそれはロウソクのようだった。
「だ、誰かいるんでしょうか?」
 おどおどと菊地が小声で言った。
「しっ、落ち着いて。きっとタイマーか何かでつくようにしてあるんですよ」
「そやかてお前…何の為に?」
「それは…」
 言いよどむ奈緒子。まるで不思議な力を見せ付けるかのような現象に、ただただ戸惑う。奈緒子だけなら、囚われていたかもしれない。
「それは本当の力を証明するため…そう思ってるんじゃないのか?」
 奥から声が響いた。奈緒子にとって聞き覚えのある、風の唸る音のような声。四人は一斉に、声のした方に顔を向けた。
「あれは…?」
 菊池だけが不思議そうに首をかしげる。
「よ、妖術使い…」
「あれが、妖術使い?」
 奈緒子の言葉に、改めて声のした方をみる。木の板で出来た仮面かぶり、蓑をまとった妖術使いの姿。
「力など、証明する必要などない。これは我々にとって、ごく普通の事なのだから」
 妖術使いはそう言うと、片手を掲げた。すると、頭上にテラスのようなものが現れた。いや、現れるというのは語弊がある。その部分に多くの明かりが灯され、テラスの存在が明らかになったという方が正しいだろう。
「妖術使い…上田はどこだ!」
 あれもタイマーに違いないと確信した上で、奈緒子は勇んだ。
「おや、おやおやおや、邪魔な人間を三人も連れてくるとはおかしいと思ったが、仲間になる為にきたんじゃないと言う事か?」
「言ったはずだっ、私は絶対にそっちには行かないと!」
 仮面をしているのに表情が読み取れるというのもおかしな話だが、奈緒子の目には、妖術使いが怪しい笑みを浮かべているように見えた。

つづく
 
   


■ 入口へ ★ 次項へ ■
(前のページに戻る時は、ブラウザの戻るをクリックしてください)
サイトINDEXに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送