★第16話★


「頑固だな、自分の力に気づいているだろうに…何がお前を引き止める?」
 妖術使いは静かに言った。その視線は、奈緒子とかち合ったまま。
「私自身が留まる事を決めたんだ!」
 矢部と菊池と石原が後ろにいる、それだけで奈緒子は心強いと感じていた。いつもの自分でいられると…
「そうか…残念だよ」
 そう呟きながら妖術使いは、さっきとは逆の手を掲げた。別の場所のテラスに明かりが灯され、その存在を明らかにする。そこに柵のようなものがあって、その向こうには人影が。
「あっ、上田センセーや!」
 矢部が一番に気付いた。柵の向こう、椅子に腰掛け、うなだれた状態の上田だ。
「だがもう遅い、あの男はこちらの術に落ちている。お前とは、敵同士なのだよ」
 息が詰まる。だが妖術使いはいたって冷静に口を開くから、奈緒子は大丈夫だという自信が揺るぎそうになる。
 と、背中を軽く押された。押したのは矢部の手だった。
「矢部さん?」
「山田、お前は上田センセーのとこに行け。ここはオレらが食い止めるから」
「でも…」
「いいから行け!」
 小さく怒鳴られ、奈緒子は頷き走りだした。妖術使いが行く手を遮ろうとしたが、それより早く矢部たちが妖術使いを阻む。
「どけっ、普通の人間ごときが邪魔をするな!」
「オレは警視庁公安の刑事や、お前には小松純子の居場所を吐いてもらわなあかんからな、観念しぃや!」
 後ろでそんな遣り取りが聞こえた。意外に仕事熱心なんだなと思いながら、奈緒子は一人、テラスへと続く道をひた走った。
 ──ザッザッザッ…奈緒子の足音が響く。全力で走るから、段々と呼吸は荒くなり、息苦しくなる。タッと、テラスに行き着いた頃には、ゼェゼェと肩を揺らしていた。
「上田さんっ!」
 目の前に上田がいる。かすれた声で叫びながら、奈緒子は柵を掴んだ。
「上田さん!おい、上田っ!」
 だが上田はうなだれたまま、顔を上げようとしない。よく見ると、両手両足が椅子に皮ベルトのようなもので繋がれている。
「上田っ!」
 カシャン!柵と言うより、まるで檻だ。奈緒子は横にずれながら上田にいるところに繋がる門を探した。だが一向に見つからない。
「無駄だ!そこに門は無いのだから!」
 矢部たちと対峙した妖術使いが下から叫んだ。
「そんな…」
「そいつは私が妖術で檻の中に入れたのだからな!」
 ガシャン!…奈緒子は何度も柵を叩いたが、びくともせず、逆に奈緒子の手が痛かった。
「上田っ!上田ぁ!!」
 何度も呼びかけ、柵を叩く。手は赤く腫れていく。こんなにも大きな声で呼びかけているのに、どうして上田は気付かないのだろう…ふと、奈緒子の脳裏に何かが浮かんだ。あの隠し部屋でみた光景だ。椅子に座った上田と…妖術使いの姿。それと先ほどの妖術使いの言葉…術に落ちているというあの言葉、何だか嫌な予感がした。
「上田さんっ!」
 ガシャンッ!力いっぱい柵を叩きつけた時、手に激痛が走った。
「起きろ!バカ上田っ!」
 擦り切れたかもしれない、赤い血雫が飛び散った。
「姉ちゃんっ、やめるんじゃ!」
 再び柵を叩こうとしたが、後ろから走ってきた石原に制止された。
「い、石原さん…?」
「兄ィが姉ちゃんに手ぇ貸せって…姉ちゃん手品師じゃろ、手ぇに傷付けてどぉすんじゃ」
「でも門が…」
「門が何じゃぁ、手品師じゃったら、どっかに細工してあるけぇ思いつくじゃろぉが」
 石原に言われて奈緒子ははっとした。これは自分の専門じゃないかと言う事に、やっと気が付いた。
「あっ…そうだ、石原さん、柵の一本一本を回してみていってください。くるっと回るのがいくつかあるはず」
「分かったけぇ」
 いつもの奈緒子の顔になった…そう思いながら、石原は奈緒子に言われた通りに一本一本を調べ始めた。その頃下では…
「余計な真似を…」
 矢部と菊池相手に、妖術使いは苦戦しているようだった。
「公安の刑事をなめるなよ…」
 2対1だ、無理も無いだろう。じりじりとにじり寄る矢部を一瞥し、妖術使いは突然踵を返して走り出した。
「あっ、逃げる気やな…今回は逃がさないで!」
 矢部が後を追おうした時だ…
「矢部さん、伏せてください!」
 菊地が叫んだので何だろうかと慌てて伏せると、ダンッという音と共に、矢部の頭上すれすれの部分を何かが飛んでいった。
「うわっ?!」
 それは弾のように見えたが、ブワッと広がり妖術使いを包んでしまった。
「な、なんや?」
 驚いて目を見開いたまま確認すると、どうやら網になっているらしい。妖術使いはその網に手足が絡まり、抜け出せないでいるようだ。
「よし、成功だ!」
 菊池が何か鉄の筒のような物を肩に置いた状態で満足げに微笑んだ。
「菊池…お前それ、何や?」
「これですか?ネットガンっていうんですよ、通販で買ったんです。前に特命リサーチで特集していた、痴漢撃退グッズですよ」
 菊池は鉄の筒…銃創をリュックに戻しながらしれっと説明した。
「特命リサーチって…まぁえーわ。山田たちの方が一段楽するまで、俺らで押さえつけておくで」
「はい!」
 網に絡まりながらももがいている妖術使いを、矢部と菊池の二人がかりで押さえつけた。そして矢部はふと、テラスの方に目を向けた。
「兄ィたちの方は何とかなったようじゃの」
 下での遣り取りに耳を澄ませながらも、石原はクルクル回る柵を見つけた。
「姉ちゃん、あったよぉ」
 別の場所で同じように柵を調べていた奈緒子に声をかけると、すぐに奈緒子は駆けてきた。
「どれですか?」
「これじゃ、ここの二本がクルクル回るけぇ」
「でかした石原!」
 奈緒子は石原の示した二本の柵を、くるりと回して持ち上げた。カコン…という音と共に、柵はあっけなく外れた。二本とも外すと、成人男性がギリギリ通れるくらいの幅ができる。
「おぉ、外れた!これで妖術使いが嘘ついちょるゆぅ事が証明されたけんの」
「ですね」
 奈緒子が嬉しそうに笑みを向けたので、石原も嬉しそうに笑った。
「そんじゃけ、次は上田先生の方じゃ」
「そうだ…上田っ!」
 二人で上田の元に駆けより、椅子と上田を繋ぐベルトを外そうと試みた。だが錠が付けられていて、簡単には外せないようになっているらしい。
「う〜、鍵鍵…」
「ちょっと待っちょれ!」
 鍵に苦戦していると、突然石原がテラスの方に走っていった。
「石原さん?」
「兄ィ!上田先生、繋がれちょるんじゃぁ!妖術使いが鍵を持っちょると思うんじゃけど!」
 テラスから大声で矢部に訪ねた。
「何?!おいコラ、聞こえたやろ?観念して鍵出せや」
 石原の声を聞くと、すぐに矢部が妖術使いに掴みかかったが、妖術使いは仮面を揺らしながら笑った。
「鍵を持ち歩くと思うか?あの男は危険だ、ベルトを外すとお前達に災いが降りかかるぞ!」
「何やとぉ!」
 その遣り取りをみて、石原は顔をしかめながら奈緒子の元に戻って、申し訳なさそうに口を開いた。
「妖術使いが持っちょると思ったんじゃけんどのぉ…」
「大丈夫ですよ、コレくらいのやつならコレで何とか…」
 落ち込みがちの石原を余所に、奈緒子はどこかから取り出した針金を鍵穴に差込み、ガチャガチャと回した。すぐにピンッというかすかな音がして、鍵は外れた。
「おぉ…姉ちゃん器用じゃの」
「超実力派マジシャンですから。私、他の鍵を外すので、石原さんはベルトを外していってください」
「合点承知じゃけぇ」
 コツをとらえたのか、奈緒子は速いペースで鍵を外していった。そしてそれと並行して、石原が鍵の外れたベルトを紐解いていく。
「やめろっ!外すんじゃないっ、本当に危険なんだぞ?!」
「だぁーっとれ!」
 下で、妖術使いと矢部の声が聞こえたのと同時に、上田を繋いでいた全てのベルトが外された。

つづく
 
   


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