★第18話★


 揺れは一向に治まらず、壁からは石の欠片がパラパラと落ち続けている。その拍子で火の消えたロウソクも多かったようで、地下は薄暗い状態だった。
「早く早く早く、何か本当にやばい感じですよ」
「わかっとるがな、お前が遅いんじゃ」
「仕方ないじゃないですか、上田さん重いんだもん」
「す、すまんな、YOU…」
 石原が先陣を切って走る中、その後ろでは奈緒子と矢部と上田の三人がふらつきながらも懸命に走っている。
「くそ、菊池を先に行かさんときゃ良かったなぁ」
「兄ィ、ワシもう大丈夫じゃけぇ、替わる?」
「そうやな、石原お前、山田と替われ」
「私は大丈夫です、急ぎましょう」
 矢部の呟きに石原が反応したが、奈緒子がそれを拒んだので、四人はそのままの状態で走りつづけた。あの狭い階段を上る時でさえ、奈緒子は上田の手を離さなかった。
「矢部さん」
 階段を上りながら、奈緒子が突然口を開いた。
「何や?」
 上田と奈緒子の前を石原が走り、後ろで矢部が上田を支えている。
「妖術使いが逃げたって、本当ですか?」
 奈緒子一人で上田を支えるのは辛いだろう、肩で息をしながら言った。
「あぁ、いつの間にかいなくなってたとか菊池が言うてたな…」
「そうですか…」
 ふと、矢部の中に疑問が生まれた。菊池のあのネットガンとかいうものから出てきた網は、触ってみて分かったが鋼鉄製のようだった。四隅には重りがついていて、しっかり妖術使いに絡まっていたはずだ。なのに妖術使いは、どうやって逃げたというのだろう?
 菊池が言うにはあっという間の出来事だったらしいが…考えを巡らせている内に、四人はチェストの部屋に行き着いた。
「上ってきて降りて、また上って降りないといけないんですよね…」
 奈緒子がボソリと呟く。矢部もため息をつきながら、あの地下部屋への階段を下りる石原の後に続いた。
「あ、やっと来た!」
 階段の部屋に着くと、菊池が不安そうな表情を浮かべたまま駆け寄ってきた。
「お、先に行かんとちゃんと待っとったか」
「当たり前じゃないですか…ひどいなぁ、矢部さんは僕を何だと思ってんですか」
「潔癖症のぼんぼんキャリア」
「そこの二人!ふざけあってないで早く行きましょうよ」
 奈緒子に突っ込まれ、しゅんとした矢部と菊地。それも束の間、今まで小さな揺れだったのが、突然それは大きな揺れに変わった。
「わっ、わっ…い、急ぎましょう!」
 その揺れに大きくふらつきながら奈緒子が口を開くと、矢部と菊池と石原も同じようにふらつき、首をコクコクと縦に動かした。
「石原、お前しか分からへんねんやから、はよ案内せぇ!」
「オッケーじゃけぇ、ワシに着いてきんしゃい!」
 石原はガッツポーズを決めながら微笑み、白い歯をキラリと光らせた。
「かっこつけはいいから早くしろっ」
 それを見て奈緒子が呆れながら突っ込む、こんな状況では無理もないだろう。
「あはは、こっちじゃ」
 気を取り直し、石原が選んだ階段を上りながら、奈緒子は未だに嫌な予感を振り払えずにいた。隣にはぐったりとした様相を浮かべてはいるものの、確かに上田がいるのに。
「山田、何ぼんやりしとんねん」
「矢部さん…なんでもないです、大丈夫ですから」
 不安そうにしている奈緒子に気付いて声をかけたのは、奈緒子と共に上田の体を支えて階段を上る矢部だった。
「顔色悪いで。転ばへんように、しっかり歩け」
 何かと気を遣ってくれている…そんな矢部にむかって、奈緒子は黙って頷いた。部屋に着くと、石原がベッド脇の壁を叩きだした。
「何やってるんですか?」
「壁にな、仕掛けがあって普通の部屋に繋がってるらしいで。オレと菊池も別の部屋からやけど通った」
 奈緒子の質問には矢部が答える。だが、またも大きな揺れが起こった。今までの揺れとは違い、ガラガラと何かが崩れる音も聞こえる。
「く、崩れ始めた…」
 サッと顔色を悪くした菊池が呟くのとほぼ同時に、ガタンという音がした。目を向けると、石原が抜け道のある壁の一部を取り外したというのが分かった。
「早く早く!」
 石原も相当焦っているようで、その穴をくぐりながら奈緒子たちに手をこまねいた。だが…
「石原っ!」
 突然、矢部がその石原の腕を掴んでこちら側の部屋に引き戻したのだ。それと同時に、抜け道のところに通常の部屋の方の照明が落ちてきた。
 ──ガッシャーン!ガタッ、ガラッ…今しがたまで石原が立っていた所に落ちた照明、それに続くように、そちら側の部屋の棚が倒れ、天井までもが崩れてきた。
「う、わー…」
 引っ張られた拍子に床に転がった石原が、その様子を見て呆然と口を開いた。
「あ…あかんかったなぁ、オレがグラついてる棚に気付いてなかったら、お前今頃ぺちゃんこや」
 矢部が冷や汗を吹きながら呟くのを見ながら、奈緒子は腰が抜けそうになった。何とか上田の重みを感じて立て直したが、この屋敷が崩れるのは間違いないだろうと確信した。
「兄ィは命の恩人じゃぁ…でも、抜け道ふさがってしもうたけぇ。別の部屋に行く時間も…」
「ど、どうするんですか?!」
 石原の呟きに菊池が反応する。まさにこれは、大ピンチ・パート2!!
「どうするも何も…」
 フッと、矢部は一瞬テラスの方に目を遣って、それから奈緒子の方にその視線を移しながら呟いた。奈緒子も同じようにテラスに目を向けてから矢部の方を見たので、二人の視線はうまい事かち合った。同じような事を考えている…そう感じた瞬間だった。
「矢部さん…」
 奈緒子が口を開くと、矢部は大きくため息をついて、本当に嫌そうな顔をした。
「オレ、これだけは嫌やねん…」
「でももう道はこれしかないですよ」
 奈緒子は一度上田をその場に座らせると、自分のマフラーで上田の腕と自分の腕に繋ぎ始めた。
「兄ィと姉ちゃん、何か思いついたんじゃね?」
「山田さん…何やってるんですか?」
「YOU、まさか…」
 石原と菊池が声を揃えて言った、この二人は奈緒子たちの意図が掴めないようだが、方腕にマフラーを縛られた上田は何となく察した。
「上田さん、こうやっとけば安心ですよ」
 まだ体が思うように動かせられない上田を思っての行動だ。奈緒子は強張らせながらも、笑顔で上田に声をかけた。
「あぁ、もうアカン…石原、菊池!お前ら先に行け!」
 これしか道はない。その言葉に意を決し、矢部はテラスを指差して叫んだ。
「え、行くってどこにですか?」
「ま、まさか兄ィ…」
 石原はすぐに気付いたようで、チラリと奈緒子と上田に目を遣った。
「オレは一番最後に行くから、お前ら二人、先にテラスから飛び降りれ」
「え?!ここから飛び降りるんですか?」
「はよ行け!石原、次に山田と上田センセーが行くから、センセー沈まんように手ぇ貸したれよ」
 菊池だけ最後まで気付かなかったようで、心底驚いている。だがもう時間はない、矢部はそう言いながら石原の背中を押した。
「分かったけぇ。菊池、はよ行くんじゃ」
「でも石原先輩!ここから飛び降りても助かる保証は…」
「ここに留まるよりマシじゃ、ほら!」
 訝る菊池の腕を引っ張って、石原はテラスの方に足を向けた。そしてそこから下を覗き込む、高い…
「うわっ、本当にここから飛び降りるんですか?」
「男なら気合じゃ!」
「は、はい…」
 二人はテラスの塀に足をかけ、飛び降りる準備を整えた。その時ふと、石原だけ矢部の方に顔だけ向けた。
「兄ィ、また後で!無事を祈っちょるけ!」
「おう、行け!」
 その矢部の声を合図にするように、菊地と石原の二人は飛んだ。
「次は山田、お前や」
「はい」
 奈緒子は矢部の手を借りながら上田と共にテラスへと向かった。下を覗き込むと、石原と菊池が湖面から頭を出したのが見えた。すぐに場所を空ける為泳いで移動している、二人は無事のようだ。
「山田、気を付けろよ。上田センセーも」
 黙って頷き、奈緒子は塀に足をかけた。その手はしっかりと上田の手と繋がれている。
「矢部さんは…」
 上田が小さく唸った。
「お二人を見届けてから行きますんで」
「矢部さん、頭、押さえて飛んだ方がいいですよ」
 この期に及んでまで憎まれ口を叩く奈緒子を軽く小突きながら、矢部は苦笑を浮かべた。
「じゃ、行きますよ」
 奈緒子は上田の手を握り締め、短く息をついて、飛んだ。それを見届けてから、矢部は再び大きく息をついた。
「水、ホンマに嫌やねん、オレ…」
 そしてぼやきながら、テラスの塀に足をかけ、手はしっかりと頭を押さえ、飛んだ。

つづく
 
   


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