★第20話★


 そこには、丈の長いTシャツを着た菊池と矢部、そして無理やり着せられたらしい上田の姿があった。管理人の男性は席を外しているようだ。
「そ、その格好…」
 唖然としたまま指差すと、ストーブに手をかざして暖をとっていた菊池がこちらを向いて、苦笑いのまま口を開いた。
「これ、ここの土産物屋で販売してるものだそうです」
「あぁ、そうなんですか…」
 まるで病院の入院患者が着ている服みたいだなどと思いながら、奈緒子は小屋の中を見渡した。
「石原さんは…」
 と、言いかけた時、後ろから首に何か巻きつけられた。
「えっ?な、何?!」
 驚いて振向くと、姿の見当たらなかった石原がそこに立っていて、奈緒子の首に巻かれたのはスカーフのような物だった。
「姉ちゃん、首に痣できちょる」
「え…」
 言われて、ふと気付く。ずっと痛かった…壁にかけられていた鏡に目をやって驚く。思っていたよりずっと赤い、そして少し青味がかった痣がそこにある。
「湖から上がる時にワシ気付いたんじゃけど、さっきより濃ゆぅなっちょる。それ巻いちょったらえーよ」
「あ、そうですね。どーも…」
 しばらくは消えないだろう…石原にしてはなかなか気が利いている。だがそのセンスはイマイチだ。
「山田さん、コレどうぞ」
 近くにあった椅子に腰掛けた時、菊池がタオルを寄越してくれた。濡れた髪を拭く為のものだろう、皆同じようなタオルを手にしている。
「ありがとうございます」
 タオルを受け取り髪を拭いていると、奥の部屋から管理人の男性が出てきた。
「顔色悪いよ、君。大丈夫?」
 男性は奈緒子の顔を見るなりそう言って、大きなマグカップを寄越した。受け取ると、温かい飲み物が入っているようで、湯気で中身を確認する事は出来なかった。
「大丈夫です。すみません、ご迷惑をおかけして…」
「いや、それはいいけど…あの人が警察って事は、君らもそうなのかい?」
 マグカップの中身を口に含むと、それがココアだと言う事が分かった。
「いえ、私とそこで寝てるでかいのは違うんですけど、こっちの二人は」
「ふぅーん…ま、少し休んでいくといい」
「はい、ありがとうございます」
 この遣り取りが済むと、男性は懐中電灯を持って小屋の外に行ってしまった。どうやら湖畔一帯の見回りがあるらしい。奈緒子はココアを飲みながら、畳の座敷に横たわる上田に近寄った。ぐっすり眠っているようにも見える。
「明日、一応病院行った方がいぃんちゃうか?」
 今まで黙っていた矢部が、ふと口を開いた。目を向けると、タオルですっぽりと頭を覆い隠している。
「そうですね」
 答えながら、窓の外に目をやる。真っ赤な夕日が山の向こうへと沈もうとしているのが見える、湖も赤い。
「姉ちゃん、どぉしたんじゃ?」
 いつもとは違う、静かな雰囲気の奈緒子。
「妖術使いも、まだ生きてるんですよね」
 矢部は、奈緒子が何を考えているのか、すぐに察した。
「また逃げられてしもうたし、きっと生きてるやろな」
 菊池は矢部の言葉に、申し訳なさそうに下を向いてしまった。
「ねぇ菊地さん、妖術使いは、気が付いたらいなくなっていたって、言ってましたよね?」
「あ、えぇそうです。館が揺れて、何事だろうかとよそ見した後にはもう…」
「きっと、崩れるような仕掛けが施されていたんでしょうね。あの屋敷は…黒津分家の人間の持ち物だったんだから、妖術使いがそれを知っていてもおかしくない」
 外を見たまま、奈緒子は続けた。
「妖術使いや黒津分家の生き残りたちはまだ、黒門島に固執してる」
「何でそぉ思うんや?」
「だって…見てくださいよ」
 矢部に問われて、奈緒子は窓の向こうの赤く染まる湖を指差した。
「この湖は、不思議な程あの海に似てる…」
「黒門島の、海か」
 その指先の湖を眺め、矢部も頷いた。
「確かによぉ似とるけんのぉ」
 石原も呟いた。少しして、奈緒子は視線を上田に戻した。これで終わった訳ではない…妖術使いが生きている限り、黒津分家の者達が島に固執している限り、この戦いは続くだろう。
 そしてまた、大切な人を巻き込んでしまう事になるのだ…
「何ぼーっとした顔しとんじゃい」
 ペチッ、と、矢部が奈緒子の額を叩いた。大して痛くは無いので、奈緒子はそのままの表情で矢部に向き合う。
「矢部さん…ちょっと話があるんですけど、いいですか?」
「何やねん?」
「外で…いいですか?」
 奈緒子がそう言うと、矢部は無言で小屋を出た。奈緒子もそれに続く。
「何や?」
 東の空には、もうちらほらと星が瞬いているのが見える。そして昼間よりずっと寒い。矢部は両手で腕を抱くようにし、寒さをしのいでいるようだ。
「私…どうしたら良いんでしょうね」
「何がや?」
「私が…留まりつづけている限り、妖術使いはまた私を狙ってくると思うんです。そしたら、また上田さんとか、矢部さん達に迷惑が」
 そこまで言いかけた奈緒子の頭を、矢部はグシャグシャと乱暴に撫でた。
「お前、世界一の手品師目指しとるんやろ?せやったら、あんなイカサマに惑わされてどないすんねん」
 叱咤激励とでも言うのだろうか、矢部はいつもの口調でそう言った。
「そうなんですけど…」
「迷惑なんてな、人間誰でも誰かにかけてるもんや。悩んだかて、しゃぁないねん」
 矢部はどこか遠くを見つめながら、さぶいさぶいと小さく呟いた。
「私…」
「まだ何かあるんか?」
「言わなくちゃいけない事があるんです」
「はよ言え」
 露出している腕をさすりながら口を開く矢部に目を向けて、奈緒子は一呼吸起き、続けた。
「夢を…見たんです」
「夢ぐらい誰でも見るやろ」
「そうじゃないんです。新幹線の中で…」
「変な寝言言ってたな、そういや」
「上田さんが、地下室に倒れている夢だったんです」
 その言葉に、矢部は視線を奈緒子に戻した。
「江戸爆破の夢ちゃうんか?」
 コクンと頷く。
「あの洋館の外観と、地下室で妖術使いに、痺れ薬を打たれる上田さんの、夢を…」
 それはつまり、奈緒子が、不思議な力を持っているという事実。矢部は顔をしかめて、黙っていた。
「だから洋館を見た時、恐くなって…」
「予知夢…か?」
「多分」
「でもそれぐらいは、たまにあるやろ。正夢とか…」
「それだけじゃないんです」
「何がやねん」
「隠し部屋でも、急に気持ち悪くなって…」
「上田センセーの夢を?」
 黙って頷くと、矢部はまた視線をどこか遠くに移した。しばしの時間が流れる、風が冷たい。
「矢部さん…」
「寒いな、小屋に戻ろう」
 矢部は突然踵を返し、小屋の方へと歩き出した。
「矢部さん?!」
 奈緒子が驚いて呼びかけると、足を止めた。だが何も言わない。
「矢部…さん?」
「何やっちゅぅねん」
「え?」
 矢部は小さく呟いた。
「それはただ、お前の勘が恐ろしく鋭いっちゅぅだけの事やろ」
 奈緒子は、矢部が何を言おうとしているのか意図がつかめず、ただその場に立ちすくむ。
「お前は自分が思った道を歩いてればいいんや、勘が鋭い言うんはえー事やねんで、何かあったら活用したらいぃやろ」
「で、でも…」
「いつでも上田センセーがついてるやないけ。それに…オレらも、何かあったらまた助けてやるから」
 投げ捨てるように呟くと、矢部はさっさと小屋に戻ってしまった。外に残された奈緒子は一人、自分の頬を静かに伝い落ちる涙を、拭って顔をあげた。

つづく
 
   


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