人物紹介 ■矢部謙三■ この話の主人公である警視庁公安の刑事。趣味の悪い柄シャツを難なく着こなす中年男で、ヅラである。権威に弱く、下の者にはめっぽう強い。 ■石原達也■ 警視庁公安の刑事。怪しい方言を使い、金髪オールバックで陣内孝則を崇拝し、矢部を兄ぃと慕っている。ごくたまに豹変する。 ■菊池愛介■ 警視庁公安の刑事。東大理V、茶髪。あらゆる毒をなめるだけで判定できるという変わった特技を持っている。矢部の部下。 ■山田奈緒子■ 顔も綺麗で、才能もあるのになぜか売れない奇術師。そしていつもなぜかバイトをクビになってしまう ■上田次郎■ 日本科学技術大学の教授。態度がでかいが割りと臆病、そして単純で惚れ易い。奈緒子の事が気になってはいる。 ■椿原 楓■ この話にのみ出てくるもう一人のヒロイン。 [ プロローグ ] いやに寝苦しい夜だった。矢部はベッドから出ると、フラフラと歩いていき、窓を開けた。 「お、今日は満月やないか…」 金色の丸い月が、東京の明るい夜空にポツンと浮かんでいる。 「綺麗やな…」 白い息を吐きながら、しばし月を眺める。ふと何かを思い立ち、窓を開けたまま、部屋の隅にある棚に手を伸ばした。引出しを漁ると、探し物は簡単に見つかった。 毎年この季節になると、何かが胸をよぎっていく。物悲しいと言うか何と言うか、とにかく一人でいる事が辛く感じる。 「ライターライター…マッチがどっかにあるはずやな」 探し当てた煙草の箱を片手に、今度は隣の部屋の棚を漁りだした。 「見付からへんなぁ、どこやねん…っと、あったあった」 棚の上に無造作に置かれている籠の中から、古びたマッチ箱が出てきた。中身も少しだが残っている。 「よしよし…」 満足そうにそれぞれから中身を取り出し、煙草を咥え、火を着けた。そのまま歩いて、流しの三角コーナーに火の消えたマッチ棒を投げ捨て、開いたままにしてある窓の方へと戻る。 月を見つめながら、深く煙草の煙を吸い込む。ヘビースモーカーとまではいかない、何となく吸いたくなった時に吸う。それが矢部の、煙草に対する気持ちだ。 今度はゆっくりと、煙を吐き出す。夜空の月に向かって。 「あ〜、やっぱ不味いなぁ、煙草は」 環境にも悪いし、こんなもの、正常な人間が吸う物じゃないな…決して自分は正常な人間ではないと言う自嘲と共に、そんな事を思う。 何度か深く吸い込み、吐き出すを繰り返すと、煙草はすぐに短くなった。 「今日はもぉ、眠れそぉにないなぁ…」 壁にかかっている時計をチラリと見た。3時17分…もちろん午前のだ。 「ヘックシュン!」 突然豪快なくしゃみをすると、身を震わせながら窓を閉めた。カーテンも閉める。 「なんや冷えたな…」 鼻をすすりながら、バスルームへと向かった。何もつけていない頭をガシガシとかきながら、着ていたパジャマを脱いで、シャワーを浴び始める。 熱いシャワーで体を温めようとしているのだ。 「全然温かくならんなぁ」 お湯の温度調節を高めにして、浴びつづける事30分。漸く体が温まったのか、フラフラとバスルームを出ると、ほしていたバスタオルを強引に引っつかみ、それで体の水分をふき取った。 「おぉ、眠気がきたな…」 ボソリと呟き、新しい下着とパジャマを身にまとい、早々とベッドに身を沈める。 「明日非番やし、ぐっすり眠れるとえーなぁ」 毛布に包まりながら呟き、目を閉じた。 正直、こんな日は一人では居たくなかった。焦燥感のような物が、胸の奥に住み着いている。こんな気持ちでいる日は、決まって必ずあの夢を見る。 ──薄暗い病室。ベッドに横たわる誰かの手を、矢部は握り締めている。 「よせよ、矢部…」 矢部が握り締める手は、今の矢部と同じくらいの年齢の男の手で、男はかすれた声で、笑顔を向けていた。 「先輩…」 矢部の顔は、涙で濡れている。 「いい年して、大の男が泣いてんじゃねーよ」 男の頭に仰々しく巻かれた包帯に、血が滲んでいる。それを見て矢部は、胸に詰まった物を吐き出すかのように、嗚咽を漏らした。 「せんっぱい…」 「だから、お前のせいじゃねーよ」 かすれた声で笑いながら、男は矢部の手を振り払い、弱々しい動きで、矢部の頭をグシャグシャと撫でた。 「オレの、せいや…先輩がこんなん、なったん、オレのせいや」 涙が止まらない、苦しい。 「お前のせいじゃねーっつってんだろーが、これは俺の不注意だ。気にするな」 「そやけどっ…」 「お前はあの子守っただろ、それでいいんだ。それが俺達の仕事だ」 男は息苦しそうに、唸るようにかすれた声を出した。 「先輩!」 「耳元ででかい声出してんじゃねーよ、お前は地声もでかいから、うるせーだろうが」 ハハッと男が笑ったので、矢部は余計に苦しくなって、大粒の涙をぽろぽろとこぼした。 「あ〜ぁ、煙草吸いたいなぁ…最後に一本だけ、矢部、持ってない?」 「ひ、瀕死の怪我人にそんなん吸わせたら、病院のセンセに、オレが叱られますよ」 「いーじゃねぇか、この世の名残に、一本だけ」 男の手が、力なくベッドに転がるのを見て、矢部は病室の隅にある台に置かれていた、男のコートのポケットを漁った。煙草とライターが出てくる。 「一本だけ、っすからね」 一言だけ呟き、取り出した煙草に火をつけ、男の口元に持っていった。 「サンキュー」 煙草を咥え、男は深く息を吸った。鼻から白い煙を出したので、矢部は口から煙草を外した。 「悪いな、もう…腕を上げる力が出なくてよ」 フッと微笑み、男は目を閉じる。 「先輩…今まで、オレの面倒見てくれて、色々教えてくれて、どうも、ありがとうございました」 たどたどしい標準語でそう言うと、男は目を開けて笑った。 「お前、いつまで経っても標準語下手だな。もういっそ、関西弁で通せよ」 「そう…っすね」 再び目を閉じて、男はもう、起きる事はなかった。矢部の目から、また涙が零れ落ちた。 「先輩…お疲れ様でした」 出ている腕を布団の中に入れながら、矢部は小さく呟いた。初めて、親しい人を失った瞬間だった。 「はっ?!」 ガバッと体を起こし、矢部は時計に目をやった。8時24分…明るいからまだ午前中というのはわかる。 そのまま視線を自分の手元の移して気付く、小さく震えている事に。冷や汗まで出てきた。 「な、何であん時の夢なんか見んねん。あー、夢見わっるいなぁ…」 ブンブンと頭をふり、拳をギュッと握り締めた。 「だるっ、気分悪っ!もう一眠りや!」 もう一度頭を振って、矢部は布団の中にもぐりこんだ。 「…」 5分、10分。 「…」 寝返りを打つ。20分、30分。 「っあー!眠れん!くそっ」 イライラと起き上がり、矢部はクローゼットから派手な柄シャツを取り出し、着替え始めた。 「くっそー、今日は一日遊びたおしちゃるっ!」 ダークグレーのスーツに袖を通し、枕もとに置いてあった携帯電話に出を伸ばした。イライラと、登録してある番号を呼び出し、通話ボタンを押す。 耳にあてると、コール音が聞こえ始めた。 つづく いやいやいや、あー… UPしちゃいましたね〜、それもTFSと同様に連載形式です。しかもコメント付きだ!(笑) これの更新ペースはその時の気分によって早かったり遅かったりです。 読んでくださっている方…期待しないで待っててください(笑) 2004年3月6日 |
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