[ 第1話 ]


 何度もコール音が鳴るが、電話をかけた相手はなかなか出ない。それもそのはず、今日は相手も非番で、今はまだ午前九時を少し過ぎた頃…まだ寝ているのだろう。
「はよ出んかい、あんのボケは…」
 ルルルルー、ルルルルー、ルルルルー…矢部は苛々しながらも、辛抱強く、相手が出るのを待っている。
「出ぇへんなぁ…」
 ルルルルー、ルルルルー、ルルルッ、ガチャ…30回以上ものコール音の途中で、それは途切れた。
『…ふぁぃ…』
 寝ぼけた声。
「菊池!お前なぁ、せめて留守電の設定しとけて、前にも言ぅたやないか!」
 出るのに時間がかかった事に対する苛々は、一瞬で、相手が出た事に対する喜びに掻き消された。
『矢部…さん?何なんですか、こんな朝早くに…』
 むにゃむにゃと解読できない言葉を続ける菊地に、矢部はにやりと笑みを浮かべた。実際にはどうか知らないが、大きな天蓋つきのベッドで寝返りをうつその姿を思い浮かべたのだ。
「朝早いやと?もう…九時半になるとこやで、捜査や捜査!張り込み行くで!」
『捜査…ですか?そんな事言って、この間みたいに浅草花屋敷で一日中ジェットコースターばっかりに乗るんじゃないでしょうねぇ…そもそも今日は僕、非番ですよ…』
 ふわぁぁ…と、大きな欠伸をする菊池に、矢部はまたもにやりと笑った。
「何言うとるんや、国家の危機に繋がる重大事件の捜査やで、休みなんか返上したれ!それに今日は、東京ネズミーランドや」
 携帯電話に怒鳴りつけながら、矢部は洗面台へと移動し、横の棚を空け、頭に装着する物に手を伸ばした。
『ネズミーランド?そんなの東京には存在しませんよ?いや、東京以外にもありえません』
「うっさい、えーからはよ迎えに来いや!10分以内に来んと、シバキ倒すぞ!」
 そう言うと返事も聞かずに電話を切り、スーツのポケットにしまい込んだ。
「20分くらいで着くやろな」
 満足げな笑みを浮かべ、顔を洗ってから頭にその物を装着し始める。何度も鏡でチェックして、不自然じゃないか確認し、鏡に映る自分にウインクを飛ばす。
「よしよし、今日もナチュラルやな」
 それから丁度15分後に、菊池が到着してインターホンを鳴らした。
「矢部さん、勘弁してくださいよ…僕、今日は一日惰眠を貪ろうと決めてたのに…」
「遅いで、五分遅刻や。罰として今日の経費はお前のポケットマネーから出せよ、シバキ倒すのは勘弁しちゃるから」
 いつもの濃紺のスーツに、ダッフルコートと黒いリュックを背負った菊池は、参ったと両手を上げ、ガックリとうな垂れた。
「…今日もキマッてますね」
 チラリと、矢部の頭部に目をやって菊地は呟いた。矢部はその視線には気付いていないようだ。
「何がや?」
「あ〜…そのシャツ、ですよ」
 頭部に装着している物の事を言っているのだが、直接口にすると殴られると言う事を少しは学習したようで、菊池はフッと視線をシャツの方に移して答えた。
 まぁ、コレも事実に変わりはない。この上なく趣味の悪い柄シャツを、どうしてこんなにも簡単に着こなしているのか…大きな疑問の一つでもあった。
「お?そぉか?えーやろ、コレ高かったんやでぇ〜」
 菊池の考えている事になどはさっぱり気付かない矢部は、カーキ色のコートをバサッと羽織り、早々と住まいを後にした。
「あ、それで矢部さん、張り込みの場所なんですけど…」
 菊地は真っ黒の、綺麗なスタイルの車の運転席に乗り込むと、助手席でシートベルトを締める矢部に、恐る恐る訊ねた。
「千葉にあるのに東京ネズミーランドや、ほな、レッツラゴゥ!」
「それって…TDL、東京ディズニーランド…ですよね?」
「そうぉとも言うな、はよ行くで!」
「あぁ、はいはい」
 はいは一回や!と軽くはたかれて、菊池は苦笑いを浮かべたままアクセルを踏んだ。車体は流れるように公道へと出る。
「あ?何や車、変わってへんか?」
 最初の信号待ちの際に、矢部はやっと異変に気が付いた。
「先日の張り込みに使った時に、矢部さんがシートにお菓子こぼしたんで、買い替えさせました」
「ほぉか…って、お前、相変わらず金にモノ言わせて強引な事すんなぁ。あんま警務課困らせたらアカンでぇ」
 呆れる矢部に苦笑を浮かべた顔を向け、菊池は誰のせいかを遠まわしに言うかのように口を開いた。
「矢部さんほど困らせてはいないと思うんですけどね、アハハ」
「何やお前、オレに喧嘩売っとるんか?ん?いつオレが困らせたっちゅーねん。ちゃんと前向いて運転せぃっ」
「あいたっ?!」
 ──パコンッと再び頭をはたかれて、菊池は渋々と口をつぐんだ。その後、TDLに着くまでの間、矢部はずっと上機嫌で菊池には理解できない歌を歌っていた。
「到着っ!」
 着くなり矢部は、珍しくきちんと列に並び、開園を待った。
「ちょっと矢部さん、車、まだ入れてないんですが…」
 その様子を、菊池は車内から見ている。警備員が誘導の為駆けてきた。
「オレが並んでる間にはよ停めてこい!」
「…本当に人使い荒いなぁ」
 ため息をつきながら、警備員の指示に従い、車を駐車スペースに停める。並んでいる矢部の元に駆け寄りながら、菊池は首をかしげた。
 菊池は矢部に対し、三つの疑問を抱いている…一つ目は、周知の事実である頭の秘密。バレバレなのに、どうして隠す事に固執しているのかと言う事。二つ目は、趣味の悪い柄シャツを着こなしている事。およそ刑事らしくない、むしろ暴力団関係者と言っても疑う人はいないだろうと言うくらい似合っている。
 そして三つ目…これが最大の疑問である。なぜ矢部のような、仕事をサボってばかりいるような人間が、警察官の中でもエリートばかりが集まる公安の、しかも五課の刑事でいられるのか…という事。
「何やねん、人の顔じろじろ見よってからに」
 あんまりじっと矢部を見ていた為、見られていた本人は無邪気に首をひねった。
「あぁ、いえ、何でもありません」
 慌てて視線を逸らす。
「変な奴やな…」
 どっちが…と心の中で言い返しながら、菊池はふと我にかえり、矢部を見遣った。
「あの、矢部さん?」
「なんや?」
 ランドの開園時間になり、少しずつ列が前に進みだした。
「今日の張り込みって、何をマークするんですか?」
 菊池がそう口にした瞬間、矢部は斜め後ろからその後頭部をバシンとはたいた。
「だっ?!な、何するんですか?!」
「アホかお前、そーゆう事を声に出して言うな!」
 あくまで小声で、矢部はもう一度、今度は軽めに菊地の頭をはたいた
「な、何でですか?」
「しょーもない奴やな、お前…ホンマに警察大学校出とるんか?」
「出てますよ、それも首席で!」
「ホンマかいな、信じられへんわ…」
 頭が痛い…とでも言うように、矢部は自分の頭部に手をやった。
「東大も首席で出てますよ、僕」
「それはもう、えーっちゅうに…」
 自慢気に胸を張る菊池だったが、矢部はやれやれとため息をついて、前を歩く人の後に続き、列を進んだ。
「で、どうしてですか?」
 スーツのズボンのポケットに手を突っ込み歩く矢部に、今度は小声で訊ねる。
「なんやお前、警務公安講習受けた時に教えてもらわなかったかいな」
「え〜っと…?」
「こーあんはある種の秘密組織やから、自分らがそうである事は、なるべく知られたらあかんねん」
 コソッと小さく言うと、矢部は前に向き直った。
「あぁ、そういえば習いました」
「習ったんなら気を付けんかい」
「はい、すみません…」
 丁度自分たちの番になったので、券売所で菊池が金を出して買った入場券を手に、二人は混雑するランド内に足を踏み入れた。
「ひっさしぶりや、ネズミーランド」
 嬉しそうにはしゃぐ矢部。捜査だというのに、なぜこんなに楽しそうなのか、菊池は首をひねった。
「あ、矢部さん、それでさっきの事なんですけど…」
「何や?」
「何をマークすればいいんですか?」
 ヒソッと耳元で囁くと、矢部はにやりと笑みを浮かべ、黙って歩き出した。
「矢部さん?」
 根が純粋な菊池は、矢部の捜査という言葉を信じきっている。それがおかしくて、矢部はクックと笑いながらアトラクションに乗る為に並ぶ人の列に加わった。


 つづく


あらぁ〜、随分中途半端なところで切れましたねぇ(笑)
しかも前話…プロローグと書いてありますが、普通に第1話で、これは第2話になってますね。
今日、ふと思い出しました。私の最も苦手なジャンル…恋愛小説です(爆)気付くの遅っ!!
それでこんなん書いてるんですから、驚きです。
でもまぁ、まだそれっぽいの出てきてませんがね…そろそろ、かな?
2004年3月9日

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