[ 第2話 ]


「ちょっと矢部さん、黙ってないで教えてくださいよ…仕事にならないじゃないですか」
 菊池が慌てて後をついてくる。
「まぁ待てや、まずこれに乗ってからや」
 矢部はアトラクションを顎でしゃくり、再び口をつぐんだ。並んだアトラクションは、入場口からも近い、アドベンチャーワールドの名物"カリブの海賊"だ。
「カリブの海賊…あの、矢部さん、こういう事を聞くのもアレなんですけど」
「何や?」
「本当に捜査なんですか?」
 先ほど注意されたので、今度は注意して小さく口に出す菊池。
「当たり前やないか、それ以外で来る意味もないやろ。オレかて平日に男二人で来たないわ、こんな夢の国」
 そう言いながらも、矢部の口ぶりはどこまでも楽しそうだ。
「本当…ですか?」
 その矢部の様子に、菊池は怪訝そうに呟く。
「今、何かゆぅたか?」
「あ、いえ、なんでもないです。あ、ほら、列、動き出しました」
「お、ホンマやな」
 きっとまた叩かれる…そう咄嗟に判断し、なんとか誤魔化す菊池だが、矢部はそれに気付いていて、気付かぬふりをしているのだからタチが悪い。
「菊池、お前こっち側座りぃ」
「あ、はい」
 自分たちに順番が回ってきたので、矢部は意気揚々とアトラクションの乗り物に乗り、大いに楽しんだ。
 水しぶきにビビリながらも乗り物を降り、しばし休憩する事に…
「あぁ〜、おもろかったなぁ。しかしアレやな、はしゃいだら何や…腹空いてきたなぁ…」
 近くのベンチに腰掛けながら矢部が言うと、菊池はすぐに辺りをキョロキョロと見渡し、あるモノを見つけた。
「あそこにキャンディーワゴンとパークサイドワゴンが居ますけど…何か買ってきましょうか?」
「お、えーもん見つけたなぁ…そやな、オレ、朝飯も食ぅてへんねん。チュロスとお菓子、テキトーに見繕ってきぃや」
「はい、分かりました」
 パタパタと駆けていく菊池の後姿を眺めながらも、矢部の中で、薄暗い焦燥感は未だ消えていない…
「なんやねん、ホンマ…折角遊びに来てるんやけどなぁ…」
 大きくため息をつく。そのまま視線を空へと移し、矢部は小さく「あ」と言った。
 目に映ったのは、青空に白い線を描く飛行機…
「天気えーねんなぁ、何や、暑なってきた…」
 一人でぶつぶつ呟きながら、コートを脱ぐ。そろそろこのコートも、役目を一段落させる季節やなぁなどと思いを巡らしながら、矢部は菊池が居ると思われるワゴンの方へと目を向けなおした。
 パークサイドワゴンでのチュロスの購入を終え、キャンディーワゴンで何かを物色しているようだ。
「えらい時間かかっとるやないけ…」
 何やら困っているようだ。菊池はふと、矢部の方に視線を向けた。その様子で何事か分かる…選びかねているのだろう。仕方がないと思いつつ、矢部は立ち上がってワゴンの方に向かって歩いた。
「何やっとんねん、遅いでぇ」
「あ、矢部さん…なんか、種類がありすぎてどれにしたらいいのか…」
「あっほやなぁ…そんなん、コレとコレとコレでえーやないか」
 悩む菊地を余所に、矢部は適当に幾つか見繕い、カゴに入れてレジの女性スタッフにそれを渡した。菊池はきょとんとしている。
「はよ支払いせぇ」
「あっ、あ、はい」
 菊池が支払いを終えるのを見計らい、今度は持っている紙袋を取り上げ、中に入っているお菓子やチュロスをつまみ始めた。
「あぁ、おもろい味や」
「ここの名物ですからね、チュロスは」
 菊池も、嫌がる矢部の手からなんとか一つ取り出し、口に運ぶ。小脇にコートを抱え、片手にはお菓子などの入った紙袋、そして辛うじて空いている手でお菓子をつまむ矢部。もちろんちゃんと前を向いて歩いている訳が無い。はしゃぐ姿はまるで幼い子供のようで、菊池が気付いた時にはもう遅かった。
 ──ベチョ…その場の空気が、瞬時にして凍りつく。
「あ…」
 菊池の間の抜けた声と
「は…?」
 現状が理解できず眉をひそめる矢部の声と
「やっちゃった…」
 矢部の真横で、可愛らしい顔を歪ませる、見知らぬ女性の声が見事にハモッた。
「あ〜ん、せっかく3段にしてもらったのにぃ…」
 まずこの沈黙を崩したのは、先の女性だった。今時の若い者、という表現がピタリ当てはまる、髪をシルバーブロンドに染め上げた、ギャル風な日本人女性。
「お、おまっ…そないな事より先に言う事があるやろっ!」
 状況を把握した矢部は、理性にかまけて怒鳴り声を上げた。それも当然といえば当然、女性の持っていた三色のカラフルなアイスクリームが、矢部のスーツの上着に、べったりと…
「や、矢部さん落ち着いて…」
「やだ、こわぁ〜い」
「何がこわ〜いやっ、ふざけるのも大概にせぇよ!」
 大人を完全にナメきっている女性のその態度に、矢部の怒りボルテージがグングン上がっていく。が、その時
「ミカ!何やってるの?!もう…ごめんなさい、私の連れが」
 少し離れたところから、別の女性が駆け寄ってきた。
「あ、そっかぁ、ごめんなさぁ〜い」
 ミカと呼ばれたギャル風女性はすぐに謝ったが、矢部の目は、突如現れた女性から離せずにいた。
 ギャル風女性ミカとはむしろ正反対のタイプ。染めてはいるのだろうが、派手さを感じさせない明るい栗色の髪が、癖っ毛なのか、所々ちょっぴりはねている。女子大生という名称の当てはまる、可愛らしい女性だ。
「上着、脱いでください」
 女性が矢部の荷物を替わりに持つと、有無を言わせず上着を脱がさせた。
「え?あ…?」
「かえで?」
 矢部と共に、ミカも不思議そうに首をかしげた。
「すぐ洗えばシミにはならないと思うんです、だから…」
 ちょっと待ってて下さいと丁寧に頭を下げ、女性は水呑場へと走っていってしまった。残された三人は数秒の沈黙の後、顔を見合わせ苦笑い。
「あの…ごめんなさい」
「いや、えーよもう…オレもちょっと余所見してたしなぁ」
 ミカが改めて丁寧に謝罪したので、ピークギリギリまで上っていた怒りのボルテージが、まだ戻ってこない女性の見事な対処の事もあり急速に下がっていった。
 いい年して大人気なかったとすら思い始めている。
「とりあえず、座って待ってましょうか?」
 いつの間にか、矢部が持っていた荷物が先の女性から、菊池の腕に移っていた。それが重いのか、菊池は一人でスタスタとベンチの方へ歩いていく。
「そうやな、行こか?」
「あ、はい」
 それに矢部とミカが続く。ミカが歩きながら、チラチラと矢部の頭部を見ている事に矢部自身が気付き、苦笑した。
「菊池」
「え?なんですか?」
 ベンチに荷物を置く菊池に、声をかける。このままここにいれば、きっとミカは矢部の頭部についての話題をふってくるだろう…
「オレ、ちょっと様子見てくるわ」
 菊池の返答を待たずに、矢部は水呑場の方へと向かって歩き出した。
「え?ちょっ…矢部さん?」
 後ろから戸惑う声が聞こえるが、とりあえず無視して足を速める。いつまでたっても、髪について何か言われるのは慣れない。むしろ、苛々する。今日だけはそんな気分になりたくないと、大きくため息をついた。
「どや?落ちそうかいな?」
 水呑場で女性を見つけ、矢部は後ろから声をかけた。
「あ、すみません。まだ…」
 女性は驚いて振向いたが、すぐに笑顔に戻った。
「あぁ、えーよ、ゆっくりでえぇから。っちゅぅか、汚したんはあんたやないしな」
「まぁ、それもそうなんですけど…ごめんなさい、ホントに。あの子、ちょっとおっちょこちょいなところあって」
「それはもうえぇって…ところであんたら、大学生かなんか?今日平日やろ、ガッコは?」
 なぜか気になって、矢部はちょっと訊ねてみた。仕事柄なのかどうか、問いただすような口調だ。
「えぇ、今年卒業なんですけどね。今はほとんど休みみたいな感じで…今日は彼女と遊べる最後の日だから」
 女性は、キュッと蛇口を閉め、濡れた上着を持って立ち上がった。付いていたアイスは綺麗に落ちたようだ。
「最後?」
「あの子…大学のサークルの後輩なんですけど、卒業式の前に海外に留学に行っちゃうんです」
「ほぉ〜ん…」
 言い終わると、女性は突然、上着を豪快にはたいた。あたりに水しぶきが飛び散る。
「う…わっ?!」
「え?あ、ごめんなさい!水気はらおうと思ってつい…水かかりました?」
「い、いや、びっくりしただけやねんから、大丈夫や」
 咄嗟の事で、矢部は半ば無意識的に手で頭を押さえていた。
「あれ?頭、どうかしました?」
「は?あ、いやいやいや、それはえーねん。気にせんといて」
 首をかしげる女性に、矢部は慌てて何かを否定するように手を揺らして答えた。怪しい事この上ない。
「はぁ…」
「えーと…あれや、上着、もう綺麗やろ?」
「え?あぁ、アイスは綺麗に落ちました。今日は天気もいいし、すぐ乾くと思います」
「そぉやな、ども…」
 水気を飛ばしたとはいえ、まだ濡れた上着を矢部は女性から受け取った。少しひんやりしている。
 矢部と女性は、お互い顔を見合わせると、ごく自然に笑顔を交わし、菊池とミカの待つベンチへと向かい歩き始めた。
「あ、矢部さん」
 戻ると、菊池はホッとしたような表情で笑みを見せた。どうやらミカとは会話が弾まなかったらしい。
 そのミカは立ち上がると、改めて矢部に頭を下げた。
「あの、おじさんのそのスーツ…結構高いものですよね?本当にごめんなさい、お詫びに今日、お昼ご馳走させてください!」
 ペこっと頭を下げるミカ。
「そうですね、それなら、お二人さえ良ければ、一緒に回りませんか?」
 驚く矢部と菊地をヨソに、矢部の隣で女性も言った。
「え、えっと…矢部さんどうしますか?捜査の方…」
 ──バシッ…菊池の後頭部を勢いよくはたき、矢部はにかっと笑った。
「そうやな、こっちも男二人でなんやおもろなかったんで、丁度良かったわ、四人で回ろうやないか。あ、そやけど昼飯は気にせんでえーよ、スーツかて、えぇもんはちょっとくらい汚れたって全然大丈夫やから。あ、ちょっと待ってなぁ」
「や、矢部さん?!」
 矢部は女性二人にそう告げると、菊池を連れて少し場所を離れた。
「アホかお前、そーゆぅ事言うなて、さっきゆーたばかりやんけ」
「でも矢部さん、本当に捜査の方は…」
「その辺はオレがウマイ事やるから、大丈夫やって。それにスーツの男二人は目立つやろ、あの子らと一緒やったら、それもカバー出来る」
「あ、そっか…それもそうですね」
 納得した菊池と共に、矢部は二人の待つベンチへと戻った。


 つづく


うーむ、ちょっと長くなったな…
しかも微妙!文章も微妙、内容も微妙。この話、微妙だらけや!(笑)
しっかーし、やっと本題に突入してきた感じで…
今後の展開が…難しいです(死)
2004年3月11日


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