[ 第3話 ]


「どうか、しましたか?」
 ベンチに戻ると、栗色の髪の女性が不思議そうに首を傾げて言った。
「気にせんでえーよぉ、ほな…行こかぁ」
 もとより今日は遊ぶ為にここに来たのだと、矢部は嬉しそうに微笑み答えた。思いがけず、若い女性二人と行動を共に出来るのが嬉しいようだ。
「そうですか」
「あ、そういや、自己紹介しとらんかったなぁ。オレ、矢部ゆーねん。ほんでこっちは菊池」
 はっとし、矢部は言う。つられて菊池もはっとしたようだ、慌てて体制を整え、いつもの爽やかな笑顔で口を開いた。
「菊池愛介、東大を出ています!」
 そのあまりに自身満々な言い方に、矢部は思わず苦笑い。二人の女性も、クスリと声を立てて笑った。
「あたし、砂木(すなき)ミカです」
 プラチナブロンドヘアの女性が言う、そして次に栗色の髪の女性…
「私は、椿原楓(つばきはら かえで)です。じゃぁ今日は、一日宜しくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるその様子に、菊池はぽ〜っとしている。だが矢部は、何かに気付いて首をかしげた。
「椿原?」
 名前を聞き返す。
「えぇ、何か?」
「え?あぁ、いや、なんでもないねん。まぁ、行こか」
 菊地に荷物を持たせて、矢部は小脇に濡れた上着を抱え、歩き出した。
「あの、矢部さん…この荷物、ロッカーに入れておきませんか?」
 菊池が駆け寄りながら言う、やっぱり重いらしい。
「あ?そやな、えーよ、ここで待っとるから…はよ入れてこい」
「はい」
「ごめんなぁ、もうちょっと待ってぇな」
 どこかへ走っていく菊池を見送りながら、二人の女性に笑顔を向ける。
「あぁ、はい、大丈夫です。ね、ミカ」
「うん、大丈夫」
「ほぉか?えー子やらなぁ、顔もかわえぇしなぁ」
 持っていたお菓子を彼女達に進めながら、上機嫌だ。だが矢部はなぜか苦しそうに、何度も息をつく。
「あれ?どうかしましたか?」
 笑顔でありながらも、何度も息をつく矢部に何かを感じとり、楓が顔を覗き込んできた。
「おぉ?あー、ちょっと物思いに耽っとったんや…あれ?ミカちゃんはどこ行ったん?」
 顔を上げると、そこに楓しかいなかった。どうやら食べそびれた三段アイスを改めて買いに行ったらしい。
「あの子、アイス好きだから」
「そぉなんや、はは」
 ぶつかった時も、アイスの心配ばかりしていたなぁと続けて言うと、楓もクスクスと笑った。
「あー、なぁ。えっと…椿原、ちゃんは、その髪、染めとんの?」
「え?あぁ、よく言われるんですけど、コレ、地毛なんです」
「明るい色やなぁ」
「私が生まれる前に亡くなってるんですけど、祖父がイタリアの人で」
「へー、そやったらクォーターいうやつやねんな」
「えぇ」
 ふっと会話が途切れる。二人がほぼ同時に、お菓子を口に運んだからだ。
「あ、おいしい、コレ」
「ホンマやなぁ…」
 再び会話が途切れる。次に沈黙を破ったのは、またも楓の方だった。
「矢部さんは、関西の方なんですか?こちらには観光か何かで?」
「生まれは大阪や、実家も向こうにあんねん。そやけどもう随分帰ってへんなぁ…オレ、こっちで仕事してんねん」
「あ、そうなんですか。じゃぁさっきの…菊地さん?は、同僚の方なんですか?」
「同僚っちゅぅより部下やな、まだ付き合い短いけど…なんで?」
 楓は、矢部に何らかの興味を抱いているようだった。
「ちょっとうろ覚えなんですけど、小さい頃、関西弁を話す方によく遊んでもらったんです、私。だから懐かしくなっちゃって…口調も矢部さんに似てたような気がしたものだから」
「そぉなんや」
 微笑みを向けながら、確信した。そして続ける。
「オレも昔な、よぉ遊んであげた子いんねん。明るい栗色の髪の、ちまっこい可愛ぇ子やった」
「え…?」
 楓が何か言おうと口を開きかけたが、菊池が戻ってきたので、それを聞く事がこの時は出来なかった。
「すみません、遅くなっちゃって…ロッカー空いてなくて。あれ?もう一人の方は?」
 走ってきたようで、菊池は軽く息を切らしている。それとコートを着ていない、矢部同様、暑かったのか置いてきたらしい。
「ミカちゃんも遅いなぁ?」
「ええ…」
 三人で辺りを見渡すと、少し離れたところから、ミカが歩いてくるのが見えた。
「ミカ?」
 楓が駆け寄ったので、矢部と菊池も後に続いた。
「お昼はいいっておじさん言ったけど、せめてコレでもって思って」
 ミカは両手に四つのアイスを危なげに持っていた、どれも二段になっている。
「あぁあぁ、危ないなぁ…えーのに別に。大丈夫かぁ?」
 それぞれミカの手からアイスを受け取る。
「ミカ、本当にアイス好きね」
「これでも3段は諦めたんだから〜」
 そんな遣り取りをしながら、四人は歩き始めた。
「今日、天気えぇから、アイスも美味いなぁ」
「そうですね」
 気が付けば、ミカが菊池を気に入ったようで、二人並んで矢部の前を歩いていた。矢部の隣には、楓。
「なんや、あの二人、えぇ雰囲気やな」
 菊池は困っているようだが、矢部は可笑しそうに楓に囁いた。
「ふふっ、そうですね。ミカは面食いだから…」
「やっぱ若い娘はオレみたいなおっちゃんより、若くて顔もそこそこの、東大出のキャリアの方がえぇんやろうなぁ」
「そんな事ないですよ、矢部さんも素敵だと思います」
 無邪気な楓の笑顔。矢部はアイスに豪快にかぶりつき、少し時間を置いてから口を開いた。
「ホンマに、えぇ子やな。椿原、ちゃんは」
 さっきから矢部は、楓の事をずっと苗字で呼んでいた。ミカの事はミカちゃんと呼ぶのに。それで楓は、首をかしげた。
「あの、矢部さん…下のお名前、何て仰るんですか?」
「下の名前?オレの…?」
「えぇ」
 若くて可愛い女の子と、こうして遊べるのは嬉しい事の筈なのに、矢部の表情は少し曇りがちだった。けれど、笑顔のまま答える。
「謙三や、矢部謙三」
 楓がはっとした。二度と会う事は無いと思っていただけに、矢部は少し辛かった。
「矢部、謙三?謙三、けんぞー…けん、ケンおにーちゃん…」
 小さく呟く楓の表情は、心底驚いているように見えた。
「懐かしーなぁ、そぉ呼ばれるん」
「えっ、本当に、ケンおにーちゃん?!」
 楓は驚きのあまり、声を上げた。結構大きな声だったので、前を歩いていた菊池とミカ、それに周りを歩く人達が、矢部と楓に目を向けた。
「どうしたんですか?」
「なになに?」
 菊池とミカが不思議そうに寄って来た。
「菊池、お前ら二人、アレ乗ってきたらどうや?」
 矢部は二人の問いには答えず、あるアトラクションを指差しながら言った。
「え?」
「面白そう!行こうよ、菊池くん!」
 矢部が指差したのは、ウエスタンランドの"蒸気船マークトウェイン号"だ。きょとんとする菊池だったが、なぜか妙にノリ気のミカに引っ張られて行ってしまった。
「え?ちょっ、えっ、えっ…」
「楽しんでこーい」
 他人事のように手を振る矢部の横で、楓は呆然と立っていた。
「どないした?変な顔しよって」
「え?あ、あの…本当に、ケンおにーちゃん…?」
 信じられないというように、楓は矢部の顔を窺いながら、口を開いた。そんな様子を見ながら、矢部は優しく微笑む。
「大きゅぅなったなぁ、かえちゃん」
「うわー、本当にケンおにーちゃんだぁ!」
 楓の事をかえちゃんと呼ぶ矢部に、楓は本当に嬉しそうに、両手を口元に持ってきて声を上げた。
 歓喜の声、とでも言うのだろうか。その声に、矢部はつられたように、一層嬉しそうに微笑んだ。


 つづく


はい、はい、はい。凄いですね、上田と奈緒子が今までのところ一切出てこない!(笑)
そして矢部と楓…知り合いでしたぁ〜
この次でどういう知り合いなのか分かります。回想シーンとか交えて…ね。
そして明らかになっていく(と思われる)矢部の過去!
あ〜、書いてて楽しいなぁ(笑)
2004年3月12日

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