[ 第5話 ] 「ついでにべっぴんになったなぁ」 微笑みながら懐かしそうに言う矢部に、楓も懐かしそうに微笑んで、クスクスと声を立てて笑った。 「ケンおにーちゃんは…すっかり、渋くなって」 「…今、おっさんになってって言おうとしたやろ?」 図星だったのか、矢部に言われて楓は慌てて首を左右にふる。 「そんな事ないよ、全然、思ってすらないから」 「ほんまかいな…まぁえーわ。しっかし、何年ぶりや?」 近くにあったベンチにどかっと座り込み、矢部は楓にも座るよう促した。 「えー?何年ぶりだろう?」 「アレや、初めて会うたんは、かえちゃんが小学校上がる前やで。入学のお祝い会にお呼ばれした覚えあるからな」 「あ、そうそう、覚えてるよ。ケンおにーちゃん、おっきなケーキ買ってきてくれたんだよね」 楓は矢部の隣に腰掛け、空を仰ぎながら言った。 「そやな、かえちゃん、素手でケーキ食べよぉとしとったわな。しっかし…幾つなったん?今年大学卒業っちゅーと…」 「もうすぐ誕生日だから、23歳になるかな」 「そぉか、そやったら…18年ぶりっちゅぅ事やな」 「うわ〜、そんなに経つんだ」 指折り数えた矢部は、楓の言葉に同意しつつ、自分も年をとるはずだなぁと小さくため息をついた。 「18年か…」 「うん。でも、ケンおにーちゃん…私って、すぐに分かったの?」 「う゛ぅ〜ん…」 大きな欠伸をしていた矢部に向かって、楓は首をかしげる。その仕草は、18年前のソレとほとんど変わらず、微笑ましいな…と思いながら、矢部は唸り声を上げた。 「ケンおにーちゃん?」 「最初会うた時はなぁ〜、分からへんかった。大きゅうなっとったし、綺麗にもなっとたしな」 「そ、そぉ?」 綺麗と言われて、気恥ずかしそうに、楓は栗色の髪の毛先を、自分の指に絡めた。 「そぉや、驚くくらいかわえ〜お嬢ぉさんになっとるで」 「あはっ、そんなに言われると照れるよ」 「ははは。そやけどなぁ、その…髪の毛の色が、何や、どっかで見たよぉな気がしたんや。そぉそぉないやろ?こんな明るいけど自然な栗色」 「あぁ、うん。染めるにしてもこーゆう色って、あんまり出ないみたいだから」 「そやろ?そんで記憶を探っとるところに、椿原の名前や。この名前もそぉないから、ピンときたわ」 「そぉなんだ」 「そぉや」 素直に再会を喜ぶ楓を見て、矢部はチクリと胸が痛んだ。自分自身も、嬉しい事には違いないが、どうしても、思い出したくない事まで頭をよぎる。、 「すっごい偶然、でも嬉しいな」 「かえちゃん…ずっと東京におったん?」 「ううん。あれから一度、イタリアのおばあちゃんのところに行って、高校から長崎の全寮制のとこに入ったの。大学も長崎なんだけど、この春からはこっちで社会人」 「長崎かぁ、異国情緒溢れる街やな」 「うん、おばあちゃんの知り合いの人が紹介してくれてね。でもやっぱり、東京に住んでたあの頃が一番楽しかったから…」 俯きがちに、楓は淋しそうに微笑んだ。 「仕事は、決まってるん?」 「もちろん!と、言いたい所なんだけど、当分はバイト生活かな。一応、昔住んでた家を人に貸してるから、そのお家賃が入るんだぁ」 「住む場所も決まっとるんやな」 「うん、あ…ちょっと待って」 楓は持っていた鞄から携帯電話と手帳、それからペンを取り出した。 「何や?」 「えーっと…」 手帳にペンを走らせると、ソレを破き、矢部に手渡した。 「はい、コレ」 「ん?」 「この春から住むアパートの住所と、携帯の電話番号。あ、通常の電話は設置料金が高いから、まだつけてないの」 紙には、確かに住所と090から始まる電話番号、おまけにメールのアドレスまで丁寧に書かれている。 「お、おぉ…じゃぁちょっと待ってぇな」 矢部もズボンのポケットから携帯電話を取り出し、色々設定を始める。そして、通話ボタンを押す。 ──ルルルルル、ルルルルル…楓の手のひらの中で、携帯電話が震えながら鳴り出した。 「うわ…は、はいもしもし」 何を思ったのか、楓はついとって耳に当ててしまった。ソレを見ながら矢部は笑う。 「オレやオレや。それ、オレの番号やから…メールも後で送るわ」 「あ、そっか…うん、ありがとう」 照れながら笑う楓に、続けて何か言おうとしたが、その時丁度、菊池とミカが戻ってきた。 「あー、楽しかった。ね、菊池くん」 「え、ええ、そうですね…」 ぐったりと疲れきった菊池とは裏腹に、ミカは満足そうな笑顔を満面に浮かべている。 「お疲れさん、楽しかったようやな」 「楽しかったよ、おじさんと楓も乗ればよかったのに」 「そうですよ、どうして僕らだけで行かせたんですか?」 菊池に至っては、まるで楓と二人きりだった事を非難するような口ぶりで、不機嫌そうに言ってきた。 「感動の再会やねん、二人で積もる話もあったんや」 「再会…?楓、このおじさんと知り合いだったの?」 「うん、小さい頃、よく遊んでもらったの」 楓がミカに経緯を説明していると、菊池が矢部の腕を掴んで少し二人から離れた。 「なんや?機嫌悪そうやな、お前…」 「ずるいですよ、矢部さん。僕も楓さんとお話したかったなぁ」 自己紹介の時の様子といい、今のこの台詞と言い、矢部は苦笑いを浮かべずにはいられなかった。どうやらこの東大出のキャリアは、楓にいたく興味を抱いてしまったらしい。 「名前で呼ぶなんてお前、馴れ馴れしいで」 ──パコン…と頭を軽く小突き、牽制する。コイツとだけは絶対に結ばせたくないと、つい親心のようなモノを胸に浮かべた。 「あ痛っ、いいじゃないですか、別に。年だって近いんですから…」 「駄目や!椿原さんと呼べ」 「分かりましたよ…ちぇっ」 その拗ねようはまるで中学生のようだ。 「ちぇって…お前の生き方ってさぁ…」 ついため息が出る。 「ケンおにーちゃん」 ふと、楓が矢部を呼んだ。 「ん?何やぁ、かえちゃん」 矢部はそれに答える。その横で、菊池は呆気に取られた表情をしている。自分には名前を呼ぶなと言っておきながら…とぶつぶつ言うのが聞こえた。 「うっさいねん、お前…オレとかえちゃんはそーゆぅ仲やからえーんや」 「何ですかソレ、やっぱりずるい…」 「ケンおにーちゃんってば!」 「あぁ、はいはい、何や?」 拗ねている菊池を放って、矢部は楓達の方に駆け寄った。 「ミカがね、今度は四人で、クリッターカントリーにある"ビーバーブラザーズのカヌー体験"に乗ろうって」 楓がそう言うと、ミカが大きな池の、滝になっている方を指差していた。 「お、面白そうやな、行こ行こ。菊池!はよ来い、置いてくで」 よっぽど置いていこうかと思ったが、やはりここは大事なスポンサー、致し方なく矢部は声をかけた。 「行きますよ、行きますから置いてかないでください」 「ほなはよ来いやぁ」 ビーバーブラザーズのカヌー体験は、乗客が16人が自ら漕いで川を探検する…と言うものらしい。矢部はここでも、めいっぱいはしゃいだ。並んで待つ時間も結構あったので、終わった頃には4人ともクタクタで、空腹を訴えていた。 「おなか空いたねぇ」 ミカが汗をふきながら言った。 「ホンマや、おまけにちょっと疲れたなぁ…」 少し歩いたところに、ちょうどいいものを見つけた。"グランマ・サラのキッチン"と言う名のレストランだ。四人ともおなかがペコペコだったので、真っ直ぐカウンターの列に並んだ。 「おぉ?ビーフトマトシチューか…うまそうやな。菊池、オレ、これと、あとドリアとアップルパイや」 「はい、分かりました」 「ミカちゃんとかえちゃんも好きなの頼みぃ、菊池のおごりや」 「え゛、いいんですか?」 矢部の一言に、楓が変な声をあげる。 「えーねん、こいつ、えーとこのボンボンやから」 「矢部さん、そういう言い方やめてくださいよ…一般庶民の食べる物くらい、幾らでも買えますので気にしないで好きなの頼んでください、椿原さん」 ボンボンと呼ばれるのは嫌らしいが、自分で言ってる事も大して変わらないので、矢部はまたも苦笑した。楓も同様に苦笑いを浮かべたが、遠慮なく好きなものを注文する事にしたらしい。 「じゃぁ菊池さん、お言葉に甘えてご馳走になりますね」 「えぇ、もう、じゃんじゃんどうぞ」 「かえちゃん、ミカちゃん。あとは菊池に任せて、オレらは席取っとこーか?」 「あ、そうですね。混んでるからその方が…でも一人で四人分は…」 「流石の僕でも持てませんよ」 「あ、じゃぁ私が一緒に持つよ、菊池くん。楓とおじさんは席の方お願いします」 ミカがそう言ったので、構わず矢部は楓とその場を離れた。菊池は自分の一言が墓穴を掘ったと、ミカの足元で勝手に落ち込んでいる。 「あいつ、頭はえーけどあほやな…」 席を探しながら、矢部はボソリと呟いた。 「そうなの?」 楓が、覗き込むように反応した。これは楓の癖だろう…よく、人の顔を覗き込むように見る。 「そうや、アホやから上司のオレは大変で大変で…って、何やかえちゃん…菊池に興味あるんか?」 ソレはちょっと困ると、矢部は少し焦る。 「興味?う〜ん、菊池さんにというより、今のケンおにーちゃんに、かな。興味があるとすれば」 フワッと笑う楓のその笑顔を見て、矢部はまた胸が痛くなった。親でも何でもない自分が、この子の将来まで心配して、何になるというのだろうと… 「ケンおにーちゃん?」 黙ったまま俯く矢部の顔を、楓はまだ覗き込みようにして窺った。 「菊池は…あほやけど東大出とるし、家も金持ちやねんで。かえちゃんとは年も近いから、案外お似合いかもな」 心にもない事を、ポツリと呟く。楓は一瞬驚いて、それからクスクスと声を立てて笑った。 「うーんと…菊池さんはケンおにーちゃんの言うように立派な人かもしれないけど、私の理想はもっと高いんだよ」 無邪気な笑顔を向けてくる。あの頃と変わらない、天使のような笑顔だ。 「そら、どんだけ高いねん。いきおくれるで」 ケタケタといつも笑みで返すと、楓もおかしそうに笑いながら言った。 「いーもん、その時はケンおにーちゃんに貰ってもらうから」 「あぁ、えー考えや。こんなおっちゃんでえーならいつでも貰たる」 「わーい」 楓がふざけて矢部に腕につかまったところに、丁度、菊池とミカが両手にトレイを持ってやってきた。 「わぁ、おじさんと楓って、仲のいい父娘(おやこ)みたい」 ミカの一言に、菊池は再び拗ねた表情になった。よっぽど楓の事が気になるらしい… 「せめて恋人みたいって言ってよ、ミカ」 ねー、と同意を求める楓の髪をくしゃくしゃと撫でながら、矢部もそうやで、と笑った。菊池の反応をからかう為に。 つづく あぁ長い長い、しかもなんだーコレ!もう…泣けてくる(爆) 本格推理小説読みながら書いてたら恐ろしい文面に…こ、これをUPする気なのか?自分…と思わず口に出してしまった(苦笑) でも今から書き直すのは…もう打ち止めを意味する事になるので、あえてこのままUPします。皆さん、笑ってください…あっはっはっは!(ヤケ) 2004年3月15日 |
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