[ 第6話 ]


「どう見たって親子にしか見えませんよ!」
 菊池が怒った口調になるのを見て、矢部は待ってましたと言わんばかりにケラケラと笑う。
「えーやないか、年の差カップルや」
「それもいいね」
 矢部の言葉に同意するミカ。それ以上突っかかってこない菊池を一瞥し、根性のない奴やなぁと矢部は心の中で呟く。それからまぁえぇわと続け、アツアツのシチューを口に運んだ。
「あちっ…むぐ、うん、美味い…」
「うん、とっても美味しい。楽しいね、ミカ」
「ホント、最後に日本でいい思い出になったよ〜」
 菊池の隣で、ミカが嬉しそうに笑った。初対面の時より、ずっと印象がよぉなったなぁと矢部は思わずにいられない。楓の友人であると言う事も多少は関係しているのだが…
「ミカちゃんは、いつ日本発つん?」
「あ、おじさん楓に聞いたんだ…あのねぇ、来週の火曜日」
「そぉか…で、かえちゃんはいつこっちに越してくるん?」
「私は卒業式の後、来週の金曜日」
「ふぅん…卒業式はそしたら、来週の水曜日かいな?」
「「あたり!」」
 ミカと楓が声を揃えて答えたので、菊池も思わず微笑んだ。
「はは、仲のえー証拠やな。そやけどミカちゃん、海外留学するんやって、言葉は大丈夫なん?」
「もっちろん、あたし一応英文科だもん。成績もいいんだから」
「は〜、凄いなぁ、まぁ、頑張ってきぃや」
 人は見かけによらないと、半ば失礼な事を思いながら、矢部は早々とアップルパイを口に運び始めた。
「ありがとう、おじさん。あ、菊地くんから聞いたんだけど、おじさんと菊地くんは東京に住んでるんだよね?」
「おぉ、そうやで」
 ちらりと菊地の方に目を遣ると、気まずそうな顔をしている。もしかすると余計な事まで聞かれるままに答えたのかもしれない…後で問いただしたるわ、と面白い暇つぶしを思い付きながら、ミカの方に視線を戻した。
「じゃぁ楓の事、よろしくお願いします。こっちに知り合いは全然いないって言ってたからちょっと心配してたけど、昔お世話になったっていうおじさんがいるんならあたし、安心です」
 にこっと笑うミカの顔を見つめつつ、そのまま楓の方を向くと、楓は淋しそうな…でも嬉しそうな表情で笑っていた。
「もちろんや、ミカちゃん…アレやな、かえちゃんに負けんくらいえー子やな」
 友達想いなんやなぁと続けて、つい楓にしたのと同じように、手を伸ばしてミカの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「あはは〜、何かおじさんの手、安心する〜」
「あっ、すまんすまん、つい癖でやってもーた」
 慌ててパッと手を離したが、ミカが嬉しそうに笑っているので、矢部はホッとした。楓はともかく、最近じゃぁすぐにセクハラだなんだと言われるので、コミュニケーションもままならないなと思っていたのを思い出す。
 そのまま四人で過ごす一日は和やかに過ぎていき、夜のパレードを見終えた後、ミカと楓のお土産代まで菊地が払い(もちろん矢部も自分用に色々買わせた)、最後に都内のホテルまで送る為のハイヤーを手配させた。
「何か…菊地さんに悪いかも…」
 楓がぼそっと呟く。
「大丈夫やって、あいつの金銭感覚はオレらと随分かけ離れとるから」
 少し離れた位置でハイヤーの会社に電話をかける菊地を後目に、三人は会話を続ける。
「あたし、おっきなミッキーまで買ってもらっちゃった…」
 ミカはミカで、照れくさそうに微笑む。
「あぁ、そうや、かえちゃん…」
 大きなミッキーマウスのぬいぐるみを抱えるミカを見て、矢部はふと思いついた。
「なーに?」
「引越しの作業やねんけど、一人で大丈夫か?何やったら、知り合いつれて手伝いに行くで…重い物とか、かえちゃんだけや運べへんやろ?」
「あ、助かるよ、ケンおにーちゃん。業者さんも安く済ませたら、長崎から物を運んで貰うだけになっちゃって、どうしようか悩んでたんだぁ」
 喜ぶ楓。言ってみて良かったと思いながら、矢部は微笑んだ。
「良かったじゃん、楓」
「うん、流石ケンおにーちゃん、色々と気が利いて、しかも優しい」
「そないに誉めたかて、もぉ何も出ぇへんで」
 笑い合う所へ、菊地が駆けてきた。
「なんだか楽しそうですね…ところでハイヤー、10分くらいで来るそうなんで、最後に写真でも撮りませんか?」
 どこからか調達してきたらしい…カメラを片手に持ったドナルドの着ぐるみを身にまとったカメラマンが、大きく手を振っている。
「あっ、カメラ持ってきてたのに、楽しくてすっかり忘れてた…」
 ミカが唖然と叫んだので、楓もはっとして苦笑を浮かべた。
「お前にしては気が利ぃとるやないか、えぇ考えや」
 そういう訳で、ハイヤーが来るまでの10分間を大いに活用し、沢山の写真を撮った。菊地が財力にかまけてミッキーやらミニーやら、ディズニーキャラの着ぐるみを身にまとった人気者を集めてくるので、正直この一日で、矢部自身も含めて一番テンションが上がったというのは言うまでもないだろう…
 10分が過ぎてハイヤーが到着し、いよいよ最後となった時、突然ミカが涙をポロポロとこぼしはじめた。
「どうしたの?ミカ…」
 心配そうに駆け寄る楓、隣にいた菊地も戸惑っている。
「どうしたんやぁ?」
 矢部も楓の癖が移ったかのように、ミカの顔を覗き込んだ。
「菊地くん、あたしの事ちょっと迷惑がってたね、ごめんね。でもあたし、楽しかった…」
 クスンクスンと泣きながらも笑顔を浮かべようとするミカは、可愛かった。
「えっ、あっ、いや…その、迷惑なんて…」
「いいよ、無理しなくても。あたし、本当に楽しかったから、日本で最後にいい思い出できて嬉しいし…」
 そんなミカが健気に思えて、矢部は菊地の腕を掴んで二人からちょっと離れた。
「おい、菊地。ミカちゃん、お前の事好きみたいやから、最後やねんでほっぺにチューでもしたれ」
「え゛?!それはちょっと…」
「えーやんか、上田センセーかて言うとったで、キッスは生物特有のコミュニケーションやって」
「いや、でもそれとこれとは…」
「冷たい奴ゃな〜、ほんならせめて、ギューしたれい」
 自分ならチューくらい幾らでもしてやるのにと思いながら、別の提案を思い浮かべる矢部。
「ぎゅぅ?」
「ギューや、きつーく抱きしめたれ」
「え…」
「え…やない、はよせぃっ!しばくぞ!」
「わ、わかりましたよ、それくらいなら…」
 泣きやまないミカが少しは気にかかったのか、二人の元に戻ると菊地はそっとミカを抱きしめた。
「き、菊地くん?」
「えっと…別れは再び出会う為のプロローグとか言うじゃないですか、日本に帰ってきたら、また四人でどこかに遊びに行きましょう」
 矢部にこう言えと言われた事を、ぎこちなく、たどたどしく言うと、ミカは菊地の腕の中で嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと…」
「そうだよ、ミカ、これが最後じゃないんだから」
「うん…」
 そのまま数秒ほど菊地はミカを抱きしめていたが、離れると珍しく少しだが顔を赤らめて、爽やかな笑顔を浮かべた。
 ハイヤーのところまで見送ると、乗り込む前にミカが矢部の耳元で小さくありがとうと呟いた。
「あぁ、別にオレは何もしてへんよ。色々頑張りぃ」
「うん」
 バイバイと手を振る二人に、矢部と菊地も同じように手を振り返す。ハイヤーの中でも、ミカはまだ泣いていた。
「ミカ、大丈夫?こんなに泣き虫なのに、向こうでやっていける?」
 ミカの隣で、楓は優しく声をかける。
「大丈夫、だよ。あたしは楓ほど泣き虫じゃないもん」
 涙を拭いながらいつものようににっこりとミカが微笑むので、ホッとしたように言い返す。
「え〜、私、そんなに泣き虫かなぁ?」
「泣き虫だよ…それよりさ、良かったね」
「え、何が?」
 すっかり泣き止んだミカが、悪戯っぽく微笑む。
「おじさんと再会できて、さ」
「あぁ、ケンおにーちゃんの事?」
「そう。あたし思い出したんだ、楓さ、あのおじさんの事…」
 ホテルにハイヤーが到着する頃に、ミカが楓の耳元である事を囁いた。


 つづく


今日はまぁ、ボチボチな長さですね。でも内容は相変わらず矢部三昧(笑)
菊地がいじり甲斐があってちょっと楽しい…
何か、今日思ったんですが(思ってばっかりだ/汗)、これって…恐ろしく長くなりそうな気配がぷんぷん漂ってるんですけど…
う〜む、皆様には最後までお付き合いして頂ければ良いのですが…
2004年3月16日

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