[ 第7話 ] 「さっき、何の話をしてたんですか?」 ハイヤーを見送り、自分達も帰ろうとしていた時、菊地がぼそりと訊ねてきた。 「あ?さっき…って、いつやねん?」 矢部は気だるそうに助手席に座り込むと、自分への御土産として菊地に買わせたお菓子をつまみながら答えた。 「さっきはさっきですよ。記念写真撮る前に、椿原さんたちと何か、楽しそうな話をしていませんでしたか?」 あぁ、その事か…矢部はそう呟きながら、横目で菊地を見遣った。運転席できちんとシートベルトを締め、あんなに騒いだのにも関らず、疲れを感じさせない、妙に爽やかな表情。 「ただの世間話や、お前には関係あらへん」 「そうなんですか?」 「そうや…まぁ、それはえーから、はよ車出せぃ」 流石にはしゃぎすぎたと、矢部は目を瞑った。 「ところで矢部さん」 「なんやぁ、まだ何かあるんかぃ」 どっと押し寄せてくる疲れに、菊地がぶつけてくる疑問が煩わしくて仕方ない。 「なんだか機嫌悪いですね、矢部さん。あれですよ、捜査の方は、どうなったんですか?」 「捜査…」 聞かれて、ふと思い出す。そういえばそういう名目で遊びにきたのだったと…すっかり忘れていた事に、思わず苦笑いを浮かべた。 「捜査は…な、ばっちりや」 「え、矢部さんは捜査していたんですか?」 はしゃぎ回っていたようにしか見えなかったと呟く菊地に、それもそうだろうと同感しながら笑う。 「一見ソレと分からないように捜査出来るんは、経験の賜物やな」 「そんなものですか?」 「そんなもんや、えぇ具合に出来たで」 「へぇ…」 信じられなそうに矢部を窺う菊池だったが、どうせこれ以上突っかかっても何も聞けないだろうとでも思ったのだろう、それからは運転に集中していた。 キッとタイヤを軋ませて、車は矢部の住む集合住宅の前に停まった。 「矢部さん、着きましたよ」 余程疲れていたのだろうか、矢部は呼ばれて初めて、自分が寝てしまっていた事に気付く。 「お?おぉ、着いたんか…」 「えぇ、随分とぐっすり眠ってましたよ、矢部さん」 「そぉか?まぁアレや、疲れてたんや」 「そりゃアレだけはしゃいだ上に捜査もしていたとなると、疲れるのも無理ありませんよ。大体が、体力がついてこないでしょう?」 一足先に菊地は車を降り、後部座席から矢部の荷物を取り出した。 「オレはまだ血肉沸き踊る40代や、体力はあるで」 矢部も大きな欠伸をしながら車を降りる。 「血肉沸き踊るって…使い方間違ってません?」 「んな細かいとこまで気にすんな。ほれ、荷物運べ」 自分のコートだけ引っつかみ、矢部はスタスタと歩き出した。 「…人使い荒いなぁ、矢部さんは」 そんな後ろ姿を見ながら、深くため息を着く菊地。仕方ないと、お菓子やら人形やらを両手に抱え、慌てて後を追った。 矢部がさっさとエレベーターで上にあがってしまったので、どうしようか迷った挙句、荷物を持ったまま階段をのぼり始めた。 「僕、一応レベルの高いキャリアなんだけどなぁ…数年で警視総監になるのになぁ…」 矢部の部屋は6階にある。若いとはいえ温室育ちのおぼっちゃまである菊地には、少し辛い。何度も息を付きながらものぼりきると、矢部が部屋の前で腕を組んで立っていた。 「あほやな、お前…」 ポツッと呟く。 「ひどいですよ、矢部さん…」 息を切らし、抱えていた荷物を矢部の足元に無造作に置く。 「ちょっと待てば降りてくるやろ、エレベーター…」 「あ…」 自分らしくない間違いを犯してしまったと、菊地はまたも息をついた。 「しゃぁない奴やな…まぁえーわ、ちょっと待っとれ」 使えない部下を持つと苦労すると頭の中で呟きながら、矢部は菊地をその場に残したまま、部屋の中に入った。 「確か昨日買ぅたのがあったはずや…」 ──ガコン…と冷蔵庫を開け、奥の方から何か取り出し、玄関に戻る。 「ほれ」 膝をついて肩で息をしている菊地の頭に、コツンとそれを当てた。 「は?」 顔を上げる菊地の目に飛び込んできたのは、栄養ドリンクのビン。何やら怪しげなイラストが書かれていて、飲む事すら躊躇われる。 「慣れへん事して疲れたやろ、これやるわ。じゃ、気を付けて帰れよ」 菊地の手にビンを握らせると、コンクリートの廊下に置かれた荷物を抱え、部屋の中へと入ってしまった。 「え、ちょっ、矢部さん?!」 こんな怪しげなモノいらないですよと言う前にドアは閉められ、きわめつけにカチャリと、鍵を閉める音まで聞こえた。 「か、勝手な人だなぁ…」 ドアの外で菊地がそう呟いた事も知らずに、矢部は荷物を部屋に置くと、リビングのソファにドカッと腰掛けた。 「はぁ〜〜〜〜…」 大きく長く息をつき、ポケットから携帯電話を取り出してテーブルの上に置いた。 ──ピロリロ♪ピラリラリ♪ 「おわっ?!」 テーブルに置いたのとほぼ同時だった。軽快なメロディと、カタカタと響くバイブ音。慌てて開くと、そこには今日登録したばかりの女性の名前が表示されている。 「あー、もしもし?」 『ケンおにーちゃん、こんばんわ。元気?』 出ると、すぐに太陽のような明るい声が聞こえた。 「かえちゃん、さっきおぅたばかりやん」 『だってケンおにーちゃん、メールくれるって言ってたのに、まだくれないんだもん。気になっちゃって』 ふと、矢部の表情が和らぐ。 「そやかて、オレ、今部屋に着いたとこやねんで。今送るから」 『うん。あ、来週の事なんだけど…』 「来週?引越しの事か?」 『うん』 「そういや何時頃に行けばえーのか聞いてへんかったなぁ、業者着くの、何時や?」 別のポケットから手帳を取り出し、矢部は言った。 『お昼過ぎ。1時くらい…かな』 「そぉか、じゃぁ早めに行くから、一緒に飯でも食おうか」 『ケンおにーちゃんのおごり?』 「多分な、まぁ、かえちゃんになら何ぼでも奢るよ」 そう言いながら、少し悩む。手伝いには知り合いを連れて行くと言ったが、誰を連れて行こうかと。今のところ一番使い勝手がいいのは菊地なのだが、奴は楓に興味を抱いているから危険だと、慌てて候補から外す。 『やったぁ、ケンおにーちゃんとランチだね』 「そうや…かえちゃん、こっちには知り合いはいないて言ぅとったよなぁ?」 『ん?うん、ケンおにーちゃんしかいないよ』 矢部の頭の中に、とある二人の顔が浮かぶ。 「友達もいないっちゅぅ事やろ?」 『まぁ…ね』 出来うる限り力になりたいとは思う… 「そやったら丁度えーわ、かえちゃんと同じ頃合の年の女の知り合いおるから、一緒に連れてくで。仲良うなれるかもしれへんからな」 長い黒髪の女を思い出す、あんなのでもいないよりはましやろと、ついぞ思う。 『本当?!わぁ、嬉しい。私、人付き合いへただから…ケンおにーちゃんの知り合いの方ならお友達になれるかも』 「大丈夫やって、向こうはずっとずぅーっと不器用な奴やから」 これで手伝いを頼む人間も必然的に決まる。好都合だと矢部は笑った。 『楽しみ…』 「そぉか?ほんだらとりあえず、メール送るから、一旦切るで」 『うん、ごめんね』 「なに謝っとんねん、かえちゃんの為ならなんでもするで」 『嬉しいよ、ありがと、ケンおにーちゃん』 「改まって言われると照れるなぁ…あぁそや、ミカちゃんにもよろしく言っといてや」 『うん、じゃ…おやすみなさい』 「おやすみ…」 電話を切って、メールの作業に移る。だが今しがた話したばかりなので、何を打とうかと矢部は首をひねった。 「しまったなぁ、えーっと"今日はタノシカッタ、またかえちゃんに会えて、オレは嬉しい。あったこうなってきたけど、油断して風邪ひかんようにな"…っと、これでえーかな?」 打ちながら文面を読み、送信ボタンを押す。慣れてないわけではないが、あんなに小さかった女の子が、女性として目の前に現れた事に対する妙な照れから、矢部は苦笑いを浮かべたまま立ち上がって伸びをした。 「いっぱい遊んで疲れたから、今日はよぅ眠れそうや」 携帯電話をベッドの方に放り投げ、服を脱ぎ始めた。もちろん頭部に装着しているモノも外し、洗面台の棚にきちんと収納してきた。 「かえちゃん…か」 懐かしいと何度も思ったが、忘れる事なんて出来ないさと、そのままベッドに身を沈めた。 つづく 今日はUP無理かな?と思ってましたが、ギリギリできました〜 ヨカッタヨカッタ(苦笑) 内容は微妙だけどね、あはは。 あぁでも、菊地が…いじり甲斐があるのですが使い勝手が悪いです。 キャラがまだ少しつかめていない…のかも(笑) 2004年3月18日 |
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