[ 第8話 ] 日が経つのは早い。起き抜けにテレビのニュースを眺めながら、矢部は小さく息をついた。 「金曜日…明日やないか」 ニュースキャスターの席の前に、今日の日付が表示されている。 明日には楓がこっちに引っ越してくるのに、手伝いを頼む連絡をしていなかった事に、今更矢部は気付いたのだ。 「今日中に連絡せんとあかんなぁ…」 大きな欠伸をしながら携帯電話に手を伸ばした。短縮で番号を呼び出そうとしたが、今がまだ朝の7時だと言う事に気付く。 こんな時間にかけたら迷惑やな…仕事が明けた後しよう。そう思い立ち、再びテレビに目を向ける。都内で婦女暴行事件が多発しているというニュースだ。 「物騒な世の中になったもんや…オレがおったら、犯人さっさと捕まえるんやけどな」 捜査本部には本部のやり方がある。おまけに自分は畑違いの公安部の人間だ、口を出す事など、出来やしない。 「かえちゃんにも気ぃつけるよぉ言うとくか」 今はただ、これからのあの子の生活が、平和であるよう願っていよう。 ──ピンポーン…矢部が小さく息をついた時、インターホンが鳴った。 「あ?誰や、こんなはように…」 ぐだぐだとだらけながら、矢部は玄関の方へと歩いていった。もちろん、頭部にはきちんとアレが装着されている。 「誰やぁ〜?」 ガチャリ…と戸を開けると、そこには菊地が立っていた。 「おはようございます、矢部さん」 「なんや、菊地か…」 なんとなく予想はついていたものの、どうにも付き合いづらい奴やと、矢部は小さく溜息をついた。 「あれ?まだ準備してないんですか?」 「上着着るだけや…あぁ、そや。外、どうや…寒いか?コート持ってった方がえぇかな?」 コートがいるかどうか悩む。 「今日も結構暖かいので、いらないんじゃないですか?どうせ一日車の中でしょうし」 「そうか?なら持ってかへんわ、暑いと邪魔なだけやし」 そう言いながら、壁にかけてあった濃いグレーのスーツを赤系統の柄シャツの上から羽織り、携帯電話を引っつかんで玄関に戻った。 「矢部さん、テレビ消さなくていいんですか?」 「あ?あぁ、あかん、忘れとった」 慌ててリビングに戻り、リモコンで電源をオフにする。菊地が小さく、ボケるには早いですよと言ったのを聞き逃す事無く、玄関に戻るといい音を立てて後頭部をはたいた。 「ポカポカ叩かないで下さい、頭いかれたらどうするんですか…僕のこの明晰な頭が!」 「もういかれとるがな、心配いらん。んな事より、はよ行くで…今日はあれやろ?警視庁の方に先に寄ってから捜査やったな?」 「えぇ、そうです」 部屋を出て廊下を歩きながら、ふと思う。警視庁に行くのは面倒だと…仕事自体は嫌いではない、好きでなった職業だから。だがどうにも、縛られるのは好かない。 「誰かに呼ばれとったんか?」 「何言ってるんですか、先日の尾行の際の費用、経費に上げるのに一度警務課に来るよう言われたじゃないですか」 「あぁ、そやったな…面倒やなぁ」 「面倒って言われても…警察は組織ですから」 「わかっとる、えーから車走らせい」 警視庁に着くと、菊地が前をスタスタと歩いていくので、後を追うのが大変だ。菊地が歩いていくと、すれちがう警察関係者…それも違う部署の捜査員ですら、菊地に向かって会釈する。そしてその後に、何とも言えないような表情で矢部を見遣る。 「矢部さん、早く終わらせて、昨日の捜査の続きに行きましょう」 そんな事には気付かない菊地が、いたって爽やかに口を開くのを見て、矢部は苦笑する。 菊地に向けられる視線には二通りある…と矢部は思う。一つは、この青年が数年後にはこの警視庁のトップになるのだという憧れと畏怖。もう一つは、こんな若造が一体どこまでやれるのかという、好奇心と嫉妬のようなもの。 その気持ちも分からなくは無いが、矢部にとってはまだ部下だ。しかもとみに扱いづらい… 「…じゃぁ、これ、お願いします」 ぼんやりとそんな事を思っていた矢部だったが、フッと現状況に意識を戻す。いつの間にか警務部で、菊地が受付にいる婦警に、いつの間に書いたのか…領収書の類と一緒に清算書を提出している。 「こんにちわ、菊地さん」 近くにいた若い婦警が菊地に声をかけ、チラリと矢部を見遣り、足早にすぎていく…そうそう、菊地に向けられる視線にもう一つ追加だ。若い(若くないのもいるが)婦警の中には、この将来有望な青年に好意を持つ者も多数いる。 「矢部さん、清算に少し時間がかかるとの事なので、その間に課長に今日までの経過報告でもしてきましょうか」 「そうやな…あ、いや、あれや」 「は?」 先日のディズニーランドの件が、どうやら菊地の口から課長に伝わっているらしいという昨日聞いた噂を思い出し、矢部は慌てて頭をふった。 「矢部さん?」 「オレ、ちょぉ寄るとこあんねん。そやからお前、一人で報告してきぃ…終わったら車のとこにおんねんから」 「そうですか?わかりました」 スタスタと歩いていく菊地の後ろ姿を見送りながら、小さく息をつく。不意に、またも微妙な視線を感じ、矢部は首の後ろをガシガシとかきながら方向転換をした。 自分に向けられる視線…それは、好奇心と同情心。そんな事は、随分前から気付いている。警察官らしからぬ装いと、恐らくは頭部の…もの。正直言って、疎ましいの一言に尽きる。 「あれ、矢部じゃねーの…久しぶり」 給湯室でコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んでいると、後ろから懐かしい声で呼びかけられた。 「おぉ、井村やないか」 矢部と同年齢と思しき中年男性…ごくごく普通のスーツを着ている。 「相変わらず派手なシャツ着てるな…」 「これはオレのポリシーや、お前は相変わらず普通でつまらんカッコしとるやないか」 井村久志(いむらひさし)、矢部の同期で古い友人でもある、捜査一課の刑事だ。 「なーにがポリシーだよ、抜沢(ぬきさわ)先輩の受け売りだろ」 「それもあるわな」 ははは、と笑いながら、胸がちくりと痛んだ。 「で?こっちにいるの、珍しいんじゃね?」 隣で同じくコーヒーを啜りながら、井村が改めて口を開いた。 「今日はあれや、未来の警視総監殿のお守りや」 「あぁ、あの東大出の?そうとうキワモノだってな」 「機会があったら紹介したるわ、扱いづらいけど一応キャリアやからな」 しばし談笑し、冷たくなったコーヒーを一気に飲み干すと、井村に別れを告げて矢部はその場を離れた。 「あ゛〜、コーヒー飲んだら腹が急に水っぽなったわ…」 一人ぼやきながらトイレに駆け込むと、そこに見覚えのある男がいた。と言うか、見覚えのある髪型の、若い男だ。男性用トイレには、矢部とその男の他は誰もいない。 それもあってか、つい、手を出してしまった。 「元気しとったかっ!」 威勢のいい掛け声と共に、後ろから勢い良くどつく。 「だっ、アリガトーゴザイマ…って、え?!」 どつかれた男はタイルの床に膝を付きそうになるのを懸命に堪えながらも、癖なのか礼を述べつつ慌てて振り返った。 「あっ…」 小さく漏れる声と、満面の笑み。田舎くさい金髪オールバック…こんな髪型をしている人間なんて、警視庁はおろかどこを探したっていないだろう…矢部は嬉しそうに笑みを向けたまま、どついた手を上げて「よぉ」と言った。 「兄ィ〜!久しぶりじゃのぉ!!」 「う…わ、お前、声でかいねん。ちょぉボリューム下げや!」 ペシッと、片耳を防ぎながら額付近を強めに叩いた。 「アリガトーゴザイマスッ!ヘヘッ、兄ィのこれも久しぶりじゃぁ…」 その男…以前矢部の部下だった石原は、自分の頭をさすりながら、本当に嬉しそうに表情を和らげた。 「ホンマやな、刑事部屋で顔合わせても口利けへんからな」 石原は今も警視庁公安5課の刑事ではあるが、いわゆるエース級と呼ばれる部類の捜査員として活動しているため、矢部達のような一般の公安捜査員とは口を利く事が許されていなかった。 それと言うのも、エース級の捜査員が捜査している事由というのが、極秘扱いされているからだ。同じ部課内であっても、理由もなく近付く事すら禁じられている程の管理の徹底振りは痛いものがある。 だがエース級の公安刑事は、その道のプロと見なされている。石原にとっては大出世と言えるから、矢部は少しの間でもその姿を見つけると、心の中でエールを送っていた。 「兄ィ、ワシのう、今…」 ──ドカッ…石原が言い終えるよりも先に、矢部は石原の顔をどついた。毎度の事ながら、痣が残らないのが不思議である。 「だっ、アリガトーゴザイマスッ!って…何でここでどつくんじゃ、兄ィ…ワシ、まだ言い終えちょらんけぇ…」 「石原、お前なぁ、いつからそんな口軽ぅなったんや。もっと自覚を持てぃ」 「あ、そうじゃった…」 照れくさそうに頭をさする石原を見て、少し心配そうに息をつく。 「まぁ、えーわ。久しぶりに口も利けたしな…仕事内容については聞かんけど、無茶せんと頑張り」 「な、なんだか兄ィ…ちょっとの間に妙に優しぃなったんじゃないんかのぉ?ワシ、背中がむずむずして…」 「オレはいつでも優しいやろ、って何言わせるんや、ボケェッ!あんまり長い事おると誤解されるで、さっさと本部で相方と合流せぇ!」 「わ、わかったけぇ!そんじゃぁ兄ィも、元気で頑張ってつかぁさい」 「おう、じゃぁな」 せわしなく駆けて行く背中を見送り、矢部は口元を緩ませた。 「っと…、用足しにきたんやった」 肩を小さく震わせ、矢部は慌ててその行為に移るために所定位置に立った。 用を足しながら、菊地よりは石原の方が楓に紹介しやすいな…とわけのわからない事を思い、クックッと声を立てて笑った。 ──ピロリロ、ピラリロ♪用を足し終えて手を洗っていると、上着のポケットから軽快なメロディが鳴った。 「ん?電話や…」 いそいそと手を拭き、出ると不機嫌そうな声が聞こえた。 『矢部さん?もうとっくに清算終わりましたよ、用事、まだかかりそうですか?』 「おぉ、悪い悪い、すぐ行く」 それだけ言って電話をを切ると、お坊ちゃまはちょっと待つ事すら出来ないのかと大きく息をつき、たらたらと庁内を歩いて菊地の待つ駐車場へ向かった。 つづく うーあぁ…出そうかどうか迷ったけど、登場人物紹介に名前書いちゃったんで出しました。石原達也。TFSとはまた違った設定(もちろんオリジナル設定)で、エース級の公安捜査員… これは本当にいるそうです。その内資料作ります(参考資料のファイルが行方不明/苦笑) あーぁ、おかしいな…ここで上田と奈緒子が出てくる予定だったのに(笑) まぁ、予定は未定と言いますしね。気にしないで先に進めましょう。恐らく次辺り出てくるんじゃないかな。 2004年3月25日 |
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