[ 第9話 ]


「矢部さん!遅いですよ〜、どこ行ってたんですか?」
 駐車場では、車の横で菊地が不機嫌そうな表情を浮かべて立っていた。
「野暮用や、野暮用。ほな、捜査行くで〜」
 この日の捜査は、連日の忙しいものとはうって変わって、割りと暇であった。
「矢部さん、この宗教団体も、イカサマなんでしょうかね?」
 運転席で、お洒落なコーヒーカップを片手に持った菊地がボソリと口を開いた。
「宗教団体なんて、どれも似たようなもんやろ。イカサマに決まっとる」
 矢部はと言うと、双眼鏡で真っ白い建物を眺めていて、答えながら過去の事柄を思う。自分が関ってきたそれらは、どれもイカサマだった。
「それもそうですね…あ、矢部さん」
「何や?」
 声を上げる菊地に、何事かと目を向ける。優雅にコーヒーを飲む姿は、刑事には見えない…
「椿原さんが東京に越してくるのって、今日でしたよね」
 というか、車内でコーヒーカップはいかがなものだろう…と思っていた矢部だが、ピクッと反応する。
「そうや。それがどうかしたか?」
「引越しの手伝いとか、男手ある方がいいと思うんですが」
「あぁ、それは心配いらん。オレが行くから」
「あ、そうなんですか。じゃぁ僕も行きます」
「お前は明日は出番やろ」
 来なくていいという牽制の意味もこめて、冷たく投げ捨てるように言う。すると菊地は不機嫌そうに、表情をしかめた。
「でも矢部さんだけじゃ、大変でしょう。有休とります…」
「心配いらん言うたやろ、上田センセーに頼んだから」
 本当はまだご機嫌伺いの電話すらしていないが、菊地が入り込む隙を作らないよう、笑顔でさらっと言ってのけた。
「えぇ〜、なんで上田先生なんですか、僕がいるのに…」
「山田にも用があったからな、それに上田センセーの方がお前より扱いやす…じゃなくて、暇そうやから」
 つい本音が出てしまいそうになり、矢部は慌てて口元を覆う。菊地は首をかしげたまま、チェッと小さく舌打ちして窓の外に視線を向けたので、矢部の言葉の最後の方は聞こえてなかったようだ。
 この日も、マークしていた宗教団体に、これといった大きな動きは無かった。報告書に書く事も、教団の人間がどこかから猫を一匹拾ってきたという事くらいしかなかったくらいだ。
「なんも動きが無いのも、つまらんもんやなぁ…」
 警視庁から家へと帰る道すがら、矢部は空を見上げてボソリと呟いた。普段なら菊地に車で送らせるのだが、当の菊地は今夜は用があるだとかで、さっさと帰ってしまった。
「あ、電話せな…」
 家に着く前に気付き、上着から携帯電話を取り出した。短縮で番号を呼び出し、コール音を聞きながら相手が出るのを待つ。
「おろ?出ぇへんなぁ…もう帰宅されたんやろか?」
 かけた先は、大学の研究室。一度ソレを切り、別の番号を呼び出そうとした…が、その手を止める。
「携帯より…あそこの方がおる確立高そうやな」
 にやりと笑みを浮かべ、別の番号を呼び出す事にした。
 ──ルルルルル、ルル、ガチャ。
『もしもし』
 矢部の予想した通り、電話に出たのは、その家に住む者とは別の人間。
「あ、上田センセーですか?どうも、矢部ですぅ」
『え?あぁ、矢部さんですか。どうも、こんばんわ』
「上田センセー、ご無沙汰しとりますがお元気そうで〜、何よりですわ」
 電話の向こうにいる上田が何とも機嫌の良さそうなのと、自分の予想が当たったのとで、矢部は一層口元を緩ませた。
『矢部さんもお元気そうですね…で、山田に何か用でも?』
「あぁ、実はですね…」
 矢部は本題を切り出そうとした時、電話の向こうが急に騒がしくなってきた。
『──バタンッ…あ〜ぁ、疲れた…って、あっ!上田!また勝手に入って…って、何電話にまで勝手に出てるんだ!
 家の主が帰ってきたようだ。また勝手にと言う事は、いつも不法侵入しているのだろうかと、矢部は声を押し殺しながら笑った。
おぉ、YOU、おかえり…あ、矢部さん?山田が帰ってきたので替わりますね。YOU、矢部さんから電話だぞ
勝手に出るのやめろ、馬鹿上田!あ、もしもし、矢部さん?山田ですけど…珍しいですね、電話してくるなんて。何か急用ですか?』
 紛れも無く、その部屋の主、山田奈緒子の不機嫌そうな声が受話器から聞こえる。
「よぉ山田、上田センセーの研究室にかけても誰も出えへんかったから、こっちなら確実におる思てかけたんや」
『上田さんに用なんですか?だったら携帯にかければいいじゃないですか。大体いつもいるわけじゃないですからね…あっ、上田!洗濯物を勝手にたたむな!
 電話の向こうの光景が目に浮かび、思わずクックッと声を立てて笑った。
「おい、山田、それより明日暇やろ?」
 笑いを堪えながら、本題を切り出す。
『ったく…え?何ですか?』
 奈緒子はまだ不機嫌そうに、上田と何か遣り合っているらしい。
「明日や、明日。どうせ暇やろ?昼飯奢ったるから、ちょぉ頼まれろ」
『はぁ?』
 あまりに不躾な矢部の言葉に、奈緒子が素っ頓狂な声を上げる。きっと首をかしげているに違いない。
「お前、アレやろ?焼肉好きやったよな?食い放題奢ったる。どうや?」
 ゴク。というつばを飲み込む音が聞こえた、これで十分だろう。
『な、何を頼まれればいいんですか?』
「明日な、昼間の11時半くらいに、上田センセー連れてきて欲しいんや」
『それだけでいいんですか?』
「あぁ、どや?」
『本当に矢部さんが奢ってくれるんですか?』
「あぁ、嘘はつかん」
 矢部がそう答えると、奈緒子は黙り込み、ん〜とか言いながら悩んでいるようだった。だがすぐに結論が出たらしい。
『わかりました。明日の11時半ごろですね、どこに行けばいいんですか?』
 菊地よりも断然こっちの方が扱い易いなと思いつつ、矢部は楓から貰ったメモの住所を述べた。
「よし、そんでアレや、お前…あんま変な格好してくるなよ」
 楓に紹介するのに、妙な姿で来られるのはまずいとなぜか思う。
『失敬な…いつも通りの格好で行きますよ』
「そぉか?そんならえーわ、じゃ、明日な」
 そう言って電話を切った頃、丁度矢部の住む集合住宅…というか、賃貸マンションに着いた。
「明日の準備は万全やな。あ、かえちゃんにも電話しとかんとな」
 すぐにはかけず、部屋へと向かう矢部。部屋に着くと、荷物をそこいら辺に置いてソファにドカッと座る。そして携帯電話で番号を呼び出し、通話ボタンを押した。
 ──………、だがおかしな事に、コール音すら聞こえてこない。
「ん?アレ?おかしぃな…」
 ボソッと小さく呟くと、受話器の方から、息を飲むような音が聞こえた。
『え、あれ?ケンおにーちゃん?』
 そして楓の声。
「ん?かえちゃん?!あれ…なんで…」
 どうやら、二人がほぼ同時にお互いの携帯電話に電話をかけていたらしい。
『びっくりしたぁ、ほぼ同時にかけてたんだね』
「そうみたいやな、オレもホンマ、びっくりしたわ」
『どっかで通じ合ってるのかもね』
 本気かどうか分からないが、その楓の言葉に、思わず笑みがこぼれた。
「あぁ、それよりかえちゃん、なんか用があったんとちゃうん?」
『え?あ、そうだった。あのね、明日、11時に東京駅に着くって言っておこうと思って』
「そうなんや、ほな駅まで迎えに行っちゃる。手持ちの荷物も幾つかあるやろ?」
 こんな風に誰かの為に動くのなんて、久しぶりかもしれないと、矢部は自分自身を振り返りながら続けた。
「着いたら電話してぇな」
『うん、ありがとう。ケンおにーちゃんが東京にいてくれて良かった。あ、で、ケンおにーちゃんは?どうして電話くれたの?』
「ん、あぁ…明日のお昼、焼肉の食い放題になったんやけど、かえちゃん焼肉好き?」
『お昼から焼肉かぁ、豪勢だね。大好きだよ、焼肉』
「そうか、そら良かった。それだけ聞いとこう思てな、ほな…明日な」
『うん、本当に色々、どうもありがとう』
「なぁに、気すんな」
 そのまま御互いに「じゃ」と言って電話を切った。そして矢部は大きな欠伸を浮かべながら、冷蔵庫からビールを取り出して飲み出した。


 つづく


今日はちょいと短め。最近夜眠たいから、執筆が上手い事行かない…
眠いのが悪いとは言わないけど、どうしてこんなに急に眠くなるんだろう?
特には気にしないけどさ…
まぁさておき、やっと上田と奈緒子が出てきました、電話だけどね。次こそはきちんと出てくる事でしょう(笑)
やっぱこういうの書くの、楽しいけど難しいわ…
2004年3月27日

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