[ 第10話 ]


 翌朝、いつもよりは少し遅めに起きて、矢部は東京駅に向かった。楓を迎えに行くために。
 改札口を抜ける楓の姿を見つける事はすぐに出来た。明るい栗色の髪はかなり目立つし、薄水色のジャケットと薄い青紫のスカートで、一際春らしい装いをしていたから。
「かえちゃん」
「あ、ケンおにーちゃん」
 呼びかけると、春の陽射しのような眩しい笑顔で駆けてくる。
「荷物、これだけか?」
 楓の手から、小さな旅行鞄を受け取る。そんなに重くはない。
「あ、ありがと…他のは全部業者さんに頼んだから、これだけ」
「そぉか?じゃぁ、行こか?」
「うん」
 二人並んで、駐車場に向かう。そこには、うまい事言って借りてきた警視庁の覆面パトカーが一台。
「これ、ケンおにーちゃんの車?」
「いや、借り物やねん。かえちゃん助手席乗りぃ」
「あ、うん」
 矢部は運転席に乗り込み、シートベルトを締める。同じく楓も助手席でシートベルトを締めた。それを確認してから、発車させる。
「なぁ、かえちゃん…こないだ言うとった事なんやけど」
「え?何?」
 楓は突然声をかけられた事に少し驚いて、前を向いてハンドルを握る矢部の横顔に目を向けた。
「こないだ、ランドで言うとったやろ?前住んでた家の事…人に貸しとるって」
「あぁ、うん、今は人に貸してるの」
「じゃぁ、あの桜の木も、まだあるんやな」
「うん、たぶん。不動産屋さんの方で、契約書に外観は変えずにっていう項目付けてくれてたみたいだし」
 赤信号で車を停車させた時に、ふと思いをはせる。
「そぉなんや…今度、一緒に見に行こか?」
 楓と知り合ったきっかけが、あの桜の木だった…そう思いながら、楓に笑みを向ける。
「うん」
 嬉しそうに微笑みを返す楓。そうこうしている内に、車は楓のこれからの住まいとなるアパートの前に着いた。そこには見覚えのある人間が二人立っていた、かなりの身長差の男女。
「あ、あの人達がケンおにーちゃんのお友達?」
「あぁ、そや」
 車を降りて、二人に駆け寄る。
「あ、矢部さん」
 奈緒子が、待っていたと言わんばかりの表情で口を開いた。その隣には、少し不機嫌そうな上田がいる。とりあえずはご機嫌伺いや!と、矢部は奈緒子を無視して上田に顔を向けた。
「やぁ〜、上田センセー、どぉもこんにちわ!今日はお忙しい中ご足労頂きまして、わざわざどぉも、ありがとうございますぅ」
「あぁ、矢部さん。どうも…で、今日は何の用なんですか?」
 両手をすり合わせながら、矢部は満面の笑みで答える。
「いやぁ、センセーにはいつもお世話になっとりますからね。今日は焼肉を奢らせて頂こうかと思いまして」
「ほぉ、矢部さんが…ですか?でもそれなら夜でも良かったんじゃ?」
「そぉ思っとったんですけどね、夜はちょっと都合がつきませんで…申し訳ないとは思うたんですけど、昼間にさせて頂きましたぁ」
 そうですか…と、半ば諦めたように呟く上田だったが、ふと、矢部の斜め後ろに立っている楓に気付き、驚いたような表情になった。
「あ、そうそう…紹介せんとな。かえちゃん、こちら、お世話になっとる上田センセー。大学の教授をされていて、本も出しとるんやで」
 楓を自分の前にひっぱり、まず上田を紹介する。
「はじめまして、椿原楓です」
 慌てて頭を下げる楓、顔をあげた時、にこりと可愛らしい笑みを上田に投げかけた。
「あ、ど、どうも…上田次郎です。あぁそうだ、名刺代わりと言ってはなんですが…」
 上田はどこから出したのか、自分の本の『どんと来い、超常現象3』と『なぜベストを尽くさないのか』を楓に渡した。
「どうもありがとうございます…あ、これ、本屋さんで見た事あります。ご高名な先生だったんですね」
 素直に礼を述べる楓だったが、矢部は楓の後ろで唖然としていた。
「センセー、それ…いつも持ち歩いとるんですか?」
「上田…それ、いつも持ち歩いてるのか…」
 呆れながら尋ねると、上田の隣に立っていた奈緒子と発言がかぶった。目を見合わせて、お互い苦笑する。
「ケンおにーちゃん?」
「あぁ、そうや…そんでセンセーの隣におるのが、山田や」
「え?あ、や、山田奈緒子と申します」
 今度は奈緒子が慌てて頭を下げる。すると、楓は嬉しそうに微笑みを向けて、よろしくお願いしますと言った。
「あー…山田、お前、年幾つやった?」
「え?23ですけど…」
「おぉ、ビンゴや。この子な俺の知り合いの子やねん、お前と同い年や」
「あ、そうなんですか」
 首を傾げる奈緒子だが、楓の可愛らしい笑顔を見ていると、疑問も消えてゆく。
「長崎から今日こっちに来てな、このアパートに住むんや。仲良ぅしたってな」
「はぁ…」
 立ち話もなんだからと、早々と焼肉屋に移動する事になった。
「えっと…椿原さん、今日こっちに来たって矢部さん言ってましたけど…」
 焼肉屋は近くにあるという事で、四人はテクテクと歩いていた。
「そうなんです、お昼過ぎに荷物が届くので、ケンおにーちゃんが引越しの手伝いしてくれるって」
「け、ケンおにーちゃん?」
 矢部と上田のすぐ後ろで、楓と奈緒子が並んで歩いている。
「あ、すごい小さい頃によく遊んでもらってたから…やっぱりこの呼び方、変かな?」
「え?や、いえ…聞きなれなかっただけですから」
 あまり、というか同姓の友人は全然いない奈緒子だったが、楓とは、なんだか仲良くなれそうな気がしていた。
「あの、山田さん…下のお名前で呼ばせてもらってもいいですか?」
「え、下の名前…ですか?ど、どうぞ」
「じゃぁ…えと…奈緒子さん」
「あ、はい。じゃ、私も…楓さん」
 お互いに下の名前で呼び合うと、照れくさそうに笑みを交わした。そんな遣り取りを横目で見遣り、矢部は嬉しそうに微笑む。
「矢部さん、もしかして、山田と彼女…椿原さんでしたっけ?を、会わせる為に今日私を呼んだんですか?」
 妙に機嫌のいい矢部に、上田が小声で問う。
「いやいや、センセーにいつものお礼をする方が本来の目的で、山田はおまけですよ。ついでついで」
 矢部も小声で返す。
「そうですか?まぁ…どっちでもいいんですが。あぁ、そうそう、引越しとか言ってましたねぇ?」
「えぇ、かえちゃんの荷物が昼過ぎ…1時ごろに着くっちゅぅ事で、自分、その手伝いをする約束してましてねぇ」
「矢部さん一人で、手伝うんですか?菊地さんは?」
「いや、それがですね、菊地は今日は生憎、出番でして」
 上田がほぉ…と息をつくのを見て、矢部はにやりと笑みを浮かべた。
「幾ら一人暮らしとはいえ、家具とかもあるでしょう?」
「まぁ、自分も男ですからね、なんとか一人で運びますよ。いくらなんでも、かえちゃんにそんな事させられへんし」
 困ったなぁ、仕方ないしなぁという表情の矢部を見て、上田は何かを決心したように、口を開いた。
「良かったら、お手伝いしましょうか?」
「ホンマですか?!いやぁ、助かりますわ!さすがセンセー、お優しい!」
 すぐさま満面の笑みを浮かべる矢部。やっぱり菊地より、断然扱いやすいなぁと思いながら、軽快な足取りで焼肉屋に向かった。
 焼肉屋は丁度お昼という事もあってかなり込んでいたが、受付の女性が上田のファンだとかで、割りと早く席に案内された。
「さすがセンセー…顔が利きますなぁ」
「いやぁ、ははは。それほどの者です」
 席に着くなり、奈緒子がすぐに立ち上がって肉を取りに行った。ここはバイキング形式になっている。
「YOU、俺に白米を持ってきてくれ」
「自分で行け」
 戻ってきた奈緒子に声をかける上田だったが、奈緒子は肉を焼くのに忙しいと、思い切り無視。
「あ、自分が行きますよぉ。かえちゃんは?」
「え?あ、私は自分で持ってくるよ〜」
「ほな一緒に行こか」
 矢部と楓が席を立つ、上田は奈緒子が焼き始めた肉を凝視していた。
「ねぇ、上田さん…」
「なんだ?」
 上田が肉を狙っていると察したのか、奈緒子はしっかりと箸で炭焼きの網の上に置いた肉を押さえながら、チラリと並んで歩く矢部と楓に目を遣りながら口を開いた。
「楓さんって、矢部さんの知り合いって言ってましたけど、どういう知り合いなんでしょうね?」
「おいYOU、いくらなんでも、それ、全部一人で食う気じゃないだろうな…少しくらいくれよ」
 上田は奈緒子から投げかけられた事よりも、肉の方が気になっているようだ。
「自分が食べる分くらい自分で持ってくればいいじゃないですか!って、話聞いてたか?上田…」
「聞いてたよ、俺はYOUと違って賢いからな」
「関係ないだろっ!で…どう思います?」
 焼けた肉を素早く口に運び、奈緒子は改めて同じような疑問を問い掛ける。
「さぁな、矢部さんに直接聞いてみればいいじゃないか」
「聞けないからこうして話してるんじゃないですか」
 もぐもぐと口を動かしながら、奈緒子は箸で矢部がいる方を指差した。つられてそちらに顔を向ける上田。
「ただの知り合い…なんじゃないのか?」
 一見すれば、仲の良い父娘のように見えると続けながら、上田は諦めて野菜に手を伸ばした。
「もしかして、矢部さんの隠し子だったりして」
「それはないだろう、第一似てない」
「まぁ、確かに…でも、矢部さんが誰かの為に何かをしたりするのって、そうそう見られないですよね」
 あぁ、そういえばそうかもしれない…上田は野菜ばかりをパクパクと口に運びながら、ぼんやりと矢部と楓の姿を追った。
 父娘と言うにはどこか、何かが違うような気がしてくる。何と言うか、年の離れた妹を見るような優しい矢部の眼差しは、見ていて新鮮だった。


 つづく


う〜あ〜、何か変だ。何かおかしい。内容とか、文体とか、あと色々(笑)
そしてこんな何かがおかしいものをそのままUPしようとしてる自分が恐い。
本当、もう…駄目駄目です。
矢部さん視点が続いてたから、急に上田視点になるのが変だー(絶叫)
ラストと途中途中は決まってるのに、そこに行き着くまでが遠い…フウ
2004年4月2日

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