[ 第107話 ] それを思い出したのは、奈緒子の家に一通の封筒が届けられた日の夜だ。 「郵便…お母さん?じゃないみたいだし、どっからだ?」 バイトを終えて、くたくたになって帰宅すると玄関に、はたりと落ちていた白い封筒だ。とりあえず裏返してみると… 「日本科学技術大学、写真同好会」 読み上げて、あ、と思い出す。 「あのときの写真…かな?」 カサカサ、封を開き、中身を出してみる。 ぱさり、と奈緒子の手から、中身が滑り落ちた。 「わっ、あ、あー…」 はぁ、とため息をついてかがみながら。それらを拾い上げた。 「あ、猫耳の楓さんだ〜」 予想通り、中身は写真。記憶では2〜3枚だったと思ったが、十数枚ある。 「こんなに撮ったっけ?」 チェシャ猫の仮装をした楓と、アリスの服を着た奈緒子。 「ぶっ、矢部さんだ」 おまけに、ウサギの耳をつけた矢部。思い出して噴出し、くすくす続けて笑う。 「楽しかったなぁ…」 ぼんやり、それから何を思い出したのか、急に顔を赤らめた。 「やっ、お、思い出すな、アレは思い出すな」 日曜日の、夜の事をふと思い出したのだ。 キャンプファイヤーの見える上田の研究室で、二人で過ごした時の事。実はあまり思い出さないようにしていたのだけど。 「もう…あーもう、えっと、写真、そうだ、写真を楓さんに」 顔を赤らめたままで、部屋の奥へと歩いていく。足元に無造作に置いてあるスケルトンの電話機の前にちょこんと座り、受話器を手にとってダイヤルを回した。 バイトが終わった後の短い電話は、恒例となっている。 『はい、椿原です』 「こんばんわ、楓さん」 楓の声は、奈緒子も好きだ。なんだかやわらかくて、心地良い。 『あ、奈緒子さん、こんばんわ。あと、バイトお疲れ様』 「ありがとうございます」 楓はいつも、奈緒子の労をねぎらってくれる。 「あ、楓さん明日って空いてます?」 『明日?んーと…明日は午前中が出番だから、午後は空いてるよ』 にこりと、奈緒子は微笑んだ。 「奇遇ですね、私も明日はバイト、午前中だけなんです。ちょっと会えますか?」 じゃあ、明日の14時に。 そんな言葉を交わして受話器を置いて、奈緒子は再び写真に目を落とした。 「矢部さんにはどうやって渡そうかなぁ…」 とりあえず明日、楓に写真を渡す時に一緒に見せて笑い合おうと思う。 そして翌日、待ち合わせたのは楓指定の小さな喫茶店。 楓は、個人経営の小さな喫茶店が好きらしく、いつも待ち合わせの場所にこういう店を指定してくる。 そういう事にあまり興味の無かった奈緒子には、なんだか新鮮で。 「あ、奈緒子さーん」 葡萄色の屋根に、ベージュの壁。やたらにメルヘンチックな喫茶店の前で、楓が奈緒子に手を振っている。 「こんにちわ、楓さん」 「こんにちわっ。ねえ見てこのお店、童話に出てくるお菓子の家みたいなの」 言われて納得、確かに。 「あ、本当ですねー」 「この間、見つけたの。可愛いお店だなーと思って」 中に入ると、可愛らしいオルゴール曲がBGMに流れている。内装もなかなかメルヘンチックだ。 「手作りケーキセットにしようよ、ご馳走しちゃう」 嬉しそうに楓が言うので、甘える事にした。 「あ、そうだ、これ、この間の写真が届いたんですよ」 「この間…あ、学祭のね」 注文を終えてから、奈緒子は木目のテーブルに写真を広げた。 「あ、奈緒子さんだー、可愛い」 「楓さんの猫耳も可愛いですよ」 くすくす、笑い合いながら写真を眺める。 「あ、これケンおにーちゃんだ、似合うよね」 「ですよね、意外に。あぁでも、ほら、この顔…めちゃめちゃ頭部を気にしてますよ」 「それは禁句だから」 さらにくすくす。 「楓さん、どれがいいです?」 「えー、じゃあ私コレ、ケンおにーちゃん」 と、おもむろにコンコン、と二人が座っている席の窓が鳴った。 窓際の席に座っていたのだ、窓が鳴るという事は、外から誰かが叩いたとか、そういう事になる。 何事かと顔を向けると、そこには金色の髪。 「えぇっ?!」 「あ、きたー」 驚く奈緒子をよそに、楓が立ち上がって手招きする。陽射しにきらきら金色の髪がまぶしい。 「石原さん…呼んでたんですか?」 「うん、昨日あの後電話があって、今日は仕事が午前中だけだからって言うから」 店内に入ってきた石原は入り口で珈琲を頼み、当然のように楓の隣に腰掛けた。 「ちょっと遅れたかのー?」 「ううん、大丈夫。私たちも今来たところだから」 言いながら、楓はさりげなくテーブルの上に広げられた写真の一枚を、同じく出していた自分の手帳に挟み込んだ。 矢部の、写真を。 「ん?何じゃコレ…あ、この間の写真じゃの〜」 「え?あぁ、そうですよ、残念ながら石原さんはいないですけどねぇ」 石原さんも仮装したら良かったのに、なんてからかいながら奈緒子は少しだけ、安心した。 楓の今の行為はおそらく、無意識的な事だろう。 まだ矢部を、想っている… 「あぁ、ホンマじゃ、ワシも仮装したかったのー」 「石原さんだったら何の仮装したい?」 無意識なんだろう、うん。だって今の楓は間違いなく、石原を見ている。 その事が奈緒子には少し、悲しかった。 「んー、そうじゃのぉ…かぼちゃお化けなんてどうじゃろ?」 「きっと似合うね」 はたから見たら、お似合いの二人だ… 「石原さん、警察で矢部さんと会いますよね?」 二人が楽しそうに笑い合っている中、少し呼吸を置いて奈緒子は口を開いた。 「ん?会うよ〜」 「じゃあ、矢部さんの分の写真、渡してもらえませんか?私、会う機会ないし」 テーブルに広げた写真から矢部が映っているものを何枚か手に取り、石原に渡す。 「えーよ。お、うさ耳の兄ぃじゃ」 渡されたそれを見やりながら、石原はいつもの無邪気な笑顔を浮かべる。そして唐突に、テーブルの一枚を手に取った。 「あ、これも兄ぃに渡そか」 奈緒子が意図して含まずにおいた、一枚。 「あ…」 矢部が映っている、隣には、楓。 「あれ?いかんかったかのぉ?」 「え?あぁ、いえ、別に」 折角気を使ったのに、と奈緒子は思う。 そもそも、この男は昔から読めないのだ。何を考えているのか、さっぱり。 ケーキと珈琲が運ばれてきて、しばし沈黙。 ケーキはたっぷりの生クリームに、チーズクリームとふわふわのスポンジが絶品だった。 「楓さん、ご馳走様です。近い内にマジックのショーがあるんで、その時は招待しますね」 「本当?わー、嬉しい」 「ねえちゃん…大丈夫なんか?」 「どういう意味だ、石原…」 少しまどろんだ後、店を後にする三人。奈緒子はそのまま楓とぶらぶら散歩をしたりおしゃべりをしたりするつもりでいたのだが、どうも様子が違う。 楓が石原の隣で、何やら色々話しかけている。 「この間の学祭以来やからねぇ」 石原のその一言に、あぁ、と納得した。科技大での学祭があったのは先週の日曜日。今日は月曜日。 一週間ぶりに会ったと言うのなら、久しぶりのデートという事になる。 「じゃあ私、これで」 先を歩いていた二人の前に、少し早足で出て奈緒子は口を開いた。 「え?」 楓が少し、不思議そうな表情を浮かべる。 「私、上田さんに呼ばれてるんで、今日はこれで」 そっかぁ、と少し残念そうに俯く楓だが、すぐに顔を上げて微笑みを見せてくれた。 「じゃあ、また電話するね」 「ええ、じゃあ、また」 分かれ道を、楓と石原とは逆の方へ進みながら奈緒子はふと、振り返って二人の背中に目をやった。 ああ、うん、仲良さそうに歩いているじゃないか…と。 つづく 超、久しぶりに更新してみました。 えーと… 過去は解決してるよね、じゃあ残すは現在。 ぼちぼち薦めていこうかと思います。 2007年11月11日(今夜はTRICK秋の夜長祭り第1弾) |
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