[ 第108話 ] 「どっか行きたいとこ、ある?」 ネクタイを少し緩めながら、石原は隣を歩く楓に声をかけた。 「え?」 けれど、楓は少し上の空だったらしく、何?と慌てて顔を向けていた。 「今日じゃ。どっか、行きたいとこ、ある?」 そんな様子を、気にも留めないように石原は、ゆっくりと問う。優しげに。 「えーっと…石原さんの家!」 「家?そじゃけど、警察の独身寮じゃぁ、おもろないと思うんじゃけどなぁ」 くぃっと僅かに首をかしげながら、石原。 「…駄目?」 上目遣いに、僅かに申し訳なさそうな楓の表情に、あぁ、とついぞ思う。何かを感じ取ったようだ。 「そしたら、行こかぁ」 「うん」 一度目を合わせ、微笑み合い、歩き出す。向かう先が決まったからか、石原はポケットに入れていた手を出すとおもむろに楓の手をとった。 「あ…」 「ん?あ、こーゆぅんは嫌?」 「え、あ、いえ…嫌じゃないです」 「そんならよかった」 手をつなぎ、目的の場所へ。少し楓は、頬を赤らめていた。 「でもあれじゃのー」 てくてくと歩きながら、石原がポツリと呟くと楓が、顔を上げた。 「石原さん?」 「楓ちゃん、いつまでたっても敬語っぽい口調じゃのぉ」 はっとする楓、空いた方の手を口元に当てて、そういえば…と自らも思う。 「ご、ごめんなさい、なんだか、意識するとうまく話せなくって…」 「うんにゃぁ、無理せんでもえーんじゃ、ちょっと気になっただけじゃし」 「ごめんなさい…」 「あぁ、謝らんで、ね」 石原の住む独身寮に着くと、着替えるから、と楓を居間に残したまま風呂場の脱衣所の方へ消えた。 「…っはぁ、緊張しちゃった」 独りになった楓は、一人呟く。 どうしたものかと、窓際にぺたりと座り込んでぼんやり、空を見上げた。 あ、晴れてきたなぁ… 石原と一緒にいるのは、楽しい。付き合い始めてからまだ僅かにしか会っていないけれど、それでもそれなりに楽しい。 とはいえ、恋人同士らしい事は特にコレと言って何も。 「…私、魅力ないのかな?」 それを求めているわけではないのだが、抱き締めたりとかキスしたりとか、そういうのは付き合うのならば当然の行為だと思っていた。 今まで、恋愛経験が全く無いわけではないのだ。 「すまんのぉ、待たせてしもうて」 かちゃり、と脱衣所のドアが開き、スーツを脱いだ石原が無邪気な笑顔で出てきた。 季節は秋。袖の長さが肘くらいまであるクリーム色のTシャツに、ジーンズ。 「あ、いえ、大丈夫です」 答えながら、楓は実感する。敬語っぽい、確かに。 それに気付いたのか、石原はくっくと笑いながら流しの方へと向かった。楓も慌てて立ち上がり後をついていく。 「珈琲でよか?つぅてもインスタントじゃけど」 「私、淹れます。あ。淹れるー」 意識して言い返すのを見て、石原はまた笑った。 「おもろいの〜」 マグカップを二つ出し、インスタント珈琲の入ったビンを楓に渡しながらその頭をそっと撫でて。 「ほんなら、ワシはお湯を沸かすから」 「うん」 ビンを受け取りながら、照れくさそうに笑う。 キュ、ジャー…石原はヤカンに水を入れ、コンロにおいて火をかけた。楓は、受け取ったビンにスプーンを差し入れ粉をマグカップに入れる。 「あ、お砂糖はある?」 「楓ちゃんは砂糖いるんじゃねぇ」 「えーと…うん、ブラックは飲めなくて」 「女の子じゃねぇ」 ことん、とカップの横に砂糖が入っているらしいビンが置かれた。 「あ、クッキーでも焼いてくればよかったな〜、石原さん、甘いものは好き?」 「ん?あぁ、お茶うけ?クッキーは好きじゃぁ」 お湯が沸くと、危ないからとお湯は石原の手によってマグカップに注がれた。 「熱いから、気ぃつけてね」 流しを離れ、畳の床に腰を下ろそうとすると石原がそれを止めた。 「忘れちょった…えーと」 ぱたぱたと続きになっている部屋の奥に向かい、戻ってきた手にはビニール袋。 「石原さん?」 「楓ちゃん用に買ってきたんじゃぁ」 オレンジ色の、正方形のクッションが袋から取り出された。それを床に置いて、そこに座るように促す。 なかなか気の利く男だ。 「私用…?ありがとう」 ちょこん、と腰を下ろすと、石原も隣に腰を下ろした。 「あ、たばこ、吸うてもえーかの?」 「うん」 テーブルには、小さな黒い灰皿。楓はふーふーと、珈琲に息を吹きかけながら石原の様子を見た。 目を伏せ気味に、火をつけたタバコを咥える石原は、いつもの無邪気な子供のような印象が無くて少しどきりとした。 「ふぁっ、にがっ?!」 冷めたかな?と珈琲に口をつけた瞬間、楓は声を上げた。 「ん?」 珈琲が、苦い…どうやら石原とカップを間違えたようだ。 「苦い…」 涙目になっている楓に戸惑いながら、石原は自分の持っていたカップに口をつけて納得した。 「あはは、逆じゃぁ、ほれ交換」 「わ、わらわないでくださ、い…珈琲だけは、ブラックじゃ飲めなくて」 ぷくーと膨れながら、カップを交換してそっとそれに口をつける。ほんわり甘口。 「子供みたいじゃ」 石原も、交換したカップに口をつけた。 甘い珈琲。やっと一息ついた… 「石原さんって、たまに意地悪だわ」 「そぉかの?そんな事はないと思うんじゃけどのー」 んー、と、ブラックの珈琲を口に含んで首をかしげ、煙草の灰を灰皿に落とす石原。 「たまに、ですけどね」 意地悪と言うか、すぐにからかってくるんだ、この人… 「ワシほど優しい男もおらんと思うんじゃけどのー」 「…優しい時は優しいですよ」 「そか」 「…うん」 ぎこちなく交わす言葉…楓は少し、この沈黙に耐え切れず珈琲を飲むことに専念し始めた。 石原はと云うと、楓がそんな風に思っているとはつゆ知らず、窓の外をぼんやりと眺めている。 「楓ちゃん」 もうほとんど無くなったカップをぐいっと傾けて最後の一口を飲み干した頃、石原が唐突に声をかけた。 「ん、はい?」 顔を向けると、にこにこと笑顔でおいでおいでと手招いている。 「なんで…何?」 また敬語が出そうになったのをなんとか誤魔化し、テーブルを挟んで向かいにすわっている石原の隣へと場所を移した。 「どうしたの?」 「うん、ちょっとね」 一瞬の事だった、様な気がする。 「え?」 石原の手が伸びたかと思うと、ふわっと。 「い…石原さ、ん」 肩に当てられた手に引き寄せられて、楓は石原の胸の中にいた。 「やっぱり女の子の肩は小さいのぉ」 その言葉に、ドキンと我にかえる。 わ、うわ、だ、抱き締められてる?! つづく 1年も経ってるとかありえない… と、ちょっとびっくりしたので続きを書いてみました。 ちょっと無理やり終わらせようかなとか(-_-;) でもきちんと書きたいですね。 時間が出来たので、これからまた少しずつ更新していきたいです。 2008年11月3日 |
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