[ 第12話 ]


 位牌と一緒に写真も飾られている。仲良さげに微笑む二人の男女の間に、明るい栗色の髪の、幼い少女。
「その写真、見覚えあるなぁ…オレが撮ったやつかもしれへんなぁ」
 マグカップのお茶を啜りながら、矢部がぼそりと言った。
「あ、そうかもね。家族三人でって、三脚なかったら撮れないし」
「そやろ?懐かしぃなぁ…」
 遠い目をしながら写真を眺める矢部と、変わらぬ笑みを浮かべる楓を見比べ、奈緒子がおもむろに立ち上がった。
「YOU…どうした?」
「上田さん、帰りましょう!」
「は?」
 突然の事に目を丸くする楓と上田、矢部は何か察しているようだ。
「だってほら!今日…アレあるじゃないですか!帰りましょう!」
「何だよ、アレって…」
「奈緒子さん、帰っちゃうの?」
「アレはアレですよ、さっさと車の用意をおし!」
「お、おう?」
 奈緒子に促されて、上田は訳がわからぬまま部屋を出て次郎号に向かった。
「楓さん、ごめんなさい。ちょっと急用を思い出して…」
「そっか…引越しの手伝い、どうもありがとう。上田先生にも伝えてくれる?」
「うん、もちろん」
 じゃ!と部屋を出たところで、肘を掴まれた。慌てて振り返ると、肘を掴んだのが矢部だというのが分かった。
「矢部さっ…」
「かえちゃんな…小さい頃に両親亡くして、今は一人ぼっちや」
 後ろ手で静かに玄関の戸を閉めて、矢部は小さく言った。
「え…」
「身よりかて、無いも同じやねん。こっちにはオレ以外に知り合いもない」
 つらそうに、唸るようにして呟く矢部。
「矢部さん…」
「オレがかえちゃんと再会出来たんは偶然やけど、力になってやりたいんや。山田、お前かえちゃんと同い年やし…あの子の友達になってくれへんか?」
 眉をひそめたままに矢部が言うので、奈緒子は黙って頷いた。
「そぉか、頼むで」
「矢部さん、アレですよ…私の電話番号、楓さんに教えてあげといてください」
「わかった、サンキューな」
 最後に、いつもと同じ顔で矢部が笑ったので、奈緒子も笑みを浮かべて踵を返した。そして階段の下に待機していた次郎号に乗り込み、大きく息をつく。
「YOU、なんだって急に帰るなんて言い出したんだ?」
 訳も分からぬままに部屋を追い出された上田は少し不機嫌そうにハンドルを回しながら言った。
「矢部さんと楓さん、どうやら久しぶりの再会だったようですよ。積もる話もあるでしょうし、さっさと帰るのが気の利く大人でしょ」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
 次郎号を見送ってから、矢部は再び部屋の中に戻った。そこには、不安そうに立ちすくむ楓の姿。
「どぉしたん?」
「あ…ケンおにーちゃんまで帰っちゃったかと思っちゃった」
 苦笑いを浮かべてペタンと座り込む楓を見て、矢部はふっと微笑む。
「かえちゃんに何も言わんで帰るわけないやろ、山田にちょっと用があってな」
 楓の向かいに腰を下ろしながら、上着の内ポケットから手帳とペンを出し、何か書きはじめた。
「ケンおにーちゃん?」
「ほら、コレ…山田んとこの電話番号や。あいつケータイ持ってへんけど、教えといてくれって頼まれたんや」
「あ、そうなんだ」
 紙を受け取り、楓は嬉しそうに微笑んだ。
「いつでも電話してくれ言うとったで」
「本当?わー、嬉しい〜」
 残りのお茶をグッと飲み干し、矢部は奥の部屋に置かれた位牌の向かいに移動して座り込み、しばらく写真を見つめてから、おもむろに手を合わせて目を閉じた。
「18年…か、こうしてみると早いなぁ」
 目を開けると、横には楓が膝をついて座っていた。顔を見合わせて笑みを交わす。
「長いようで短い年数だよね」
「そやな、ホンマに…そやけどかえちゃんに再会するまでの間は、妙に長く感じたで」
「私はあっという間だったような気がする」
 俯いてどこか遠いところを見ている楓の横顔を見て、矢部は手を伸ばした。栗色の髪をくしゃくしゃと撫でる。
「淋しかったんやな」
 俯いたままコクンと頷くのを見てから、矢部は立ち上がった。
「ケンおにーちゃん、帰るの?」
「ん〜…その前に、晩御飯、食べに行かへんか?」
「行く」
「ファミレスでえーか?焼肉で使ぅてしまて、持ち合わせ少ないんやけど…」
「何でもいいよ、ケンおにーちゃんの奢り♪」
 さっきまでの淋しげな様子とは裏腹に、意気揚々と出かける仕度を始めた楓を見て、矢部は呆れながらも笑みを浮かべた。
「かえちゃん、山田に負けず劣らずゲンキンやな」
「ケンおにーちゃんとご飯食べられるのが嬉しいんだよ」
 嬉しそうに薄水色のジャケットを羽織る楓、そして二人は部屋を出た。
「来る時にガストあったなぁ、ちょっと遠いけど夕飯時やし…歩きでも大丈夫か?」
「平気平気、歩くの慣れてるから」
「そぉか、そら良かった」
 赤らんだ空を眺めながら、二人はてくてくと道を歩き始めた。夜風はまだ少し肌寒く、コートを持ってくれば良かった後悔する一方で、矢部は18年前に思いを巡らせた。

 ─────18年前…
「じゃんけんぽんっ!」
「ぽんっ!」
 めいっぱい大きく開かれた小さな白い手のひらと、日に焼けた大きなチョキの形の手がかち合った。
「あっ…」
「かえちゃんがパーでオレがチョキ…オレの勝ちやな」
「ダメッ!ケンおにーちゃん今遅出しだったよぉ、もう一回!」
 小さな肩を震わせて、楓が怒鳴った。
「あ〜、バレたか」
「ズルしちゃダメなんだよ!」
「ごめんごめん、そやかて、かえちゃんじゃんけん強いんやもん。十回もやってオレ、一勝だけやで?」
 それでもダメ!と楓に怒鳴られながら、矢部は気まずそうに首の後ろをガシガシとかいた。
「ごめんなぁ〜、勘弁したってやぁ〜」
「ん〜…いいよ!ケンおにーちゃん、いつもかえと遊んでくれるから、ゆるしたげる」
「ホンマに?ありがとぉ〜」
 にっこり微笑んだ楓の髪をくしゃくしゃと撫でて笑みを返すと、ガチャリ…という音が玄関の方から聞こえた。そして
「ただいま〜」
 少しくたびれた男の声。いち早く反応したのは楓で、パタパタとそちらに向かって走っていった。矢部も慌てて後を追う。
「おとーさんおかえりなさい」
 靴を脱いで上がってきたところに、楓が抱きつく。
「おぉっと、楓、ただいま…ん?」
 娘をいとおしそうに抱きしめた後に、矢部に気付いた。
「元光さん、おかえりなさい〜」
「やぁ矢部くん、今日も来てたんだね」
 椿原家の主、元光の帰館だ。
「えぇ、まぁ…ホンマはかえちゃんの顔だけ見て帰るつもりやったんやけど、遥(はるか)さんが」
 遥とは、元光の妻であり楓の母親に当たる女性の事だ。
「遥?そういえば靴が無いな」
「おかーさん買い物に行ったんだよ」
「買い物?」
 楓が元光の足に抱きついたまま言ったので、元光は視線を下げ、聞き返した。
「丁度出かける時にオレが来たんで、かえちゃん見ててって言って…そんで夕飯もご馳走になる事に」
 照れくさそうに笑みを向ける矢部を見て、元光も笑って返した。
「矢部くん、一人暮らしでたいした物食ってないだろ?だから俺が遥に言っておいたんだよ、矢部くんが来たら夕食に誘うようにって」
「あ、そぉやったんですか。助かりますよ」
「それに、矢部くんが来ると楓も喜ぶし…普段より行儀良くなるからね」
 ははは、と笑い合い、元光が楓を抱き上げた。
「おとーさん、今日ね、ハンバーグなんだって。おとーさんハンバーグ好きだよね」
「あぁ、大好きだ」
「ケンおにーちゃんは?ハンバーグ好き?」
 元光に抱きかかえられた状態で、顔だけ矢部の方に向けて楓が言った。
「大好きやで。っちゅーか、オレは嫌いなもんないんや」
 すごーい!と尊敬の眼差しを向ける楓の頭を、矢部はまたもくしゃくしゃと撫でた。


 つづく


突然回想に入るのも妙だな…まぁ、細かい事にはこだわりますまい(笑)
しかし、これ始めちゃったからまたもお題が進まないよ(汗)
まぁ、こっちは連載ものだから、時間空けると書けなくなるんだよね…仕方あるまい。
あぁ、楓の両親の死についても書きたいけど、タイミングがつかめない。
明かすのはまだ少し早い…
2004年4月5日

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