[ 第13話 ] 当時、週に少なくても三度は椿原家を訪れていた。多い時はほぼ毎日。 「矢部、あの件の協力者、見付かったか?」 その日の仕事を終えて帰り支度をはじめた時、先輩である抜沢に突然声をかけられた。 「は…?あの件?」 今日も楓の顔を見に行こうと考えていた矢部は、一瞬何の事だか分からなかった。 「おいっ、お前なぁ…最近たるんでるんじゃねーのか?俺とお前が担当してるエスダブデューの件だよっ!」 「エスダブデュー…あっ、アレはですね、まだ協力者見付かってへんのです」 言われてはっとする。SW…今現在公安五課にてマークしている宗教団体【SAINT-Wolf】の略称だ。SWの団員はこのところ、危険な思想によってあらゆる方面で暴力事件を起こしたりしていて問題となっている為、五課総出で捜査していた。 「まだ一人も確保出来てないのか?お前なぁ…税金泥棒って言われっぜ、しっかりやれよな」 呆れたように抜沢が言った。今日はまだいい方だろう、抜沢は部下や後輩にかなり厳しく、叩かれたりするのは日常茶飯事だ。 「すんません…」 「ったく、仕方ねぇ奴だな。ホラよ」 落ち込む矢部の前に、6枚の紙を渡して寄越した。一番上に『SW関係者』と書かれている。 「え?」 「参考にしろ、一刻も早くこの件片付けて、俺は長期休暇とって沖縄に行きてぇんだからな」 抜原が調べたのだろう、関係者の資料…乱暴でぶっきらぼうな言葉の裏には、いつも優しさがあった。 「あ、ありがとうございますっ!」 「今日はなんか用があんだろ?明日からしっかりやれよ、じゃぁな」 手を振りながら歩いていく抜沢の後姿に一礼し、矢部も荷物を引っつかんで警視庁を後にした。 「あ〜、あかんねんなぁ…」 椿原家に向かうバスの中で資料を見ながら、矢部は小さく呟いた。関係者…と一言でいっても、密接したものでは危険すぎる。かといって、あまり薄い関係でも大した情報を得られない。 抜原から渡された6枚の資料には総勢150人もの名前が連ねられているが、SWとの関係性は実に様々で、あとは自分で考えろと言う事なのだろう。 「どこからあたればえーんかな、これ…」 一番上から片っ端にあたっていくとすれば、かなり時間がかかるだろう。そんな悠長な事は言ってられない、厳選して厳選して、一桁に絞り込もう。そういう結論に達し、名前を見ていく。 【SAINT-Wolf】…直訳すると聖なる狼。この団体は白い狼を聖なる神の使いと称し、暴力的な思想でこの世界を変えようとしているらしい…はっきり言って危険だ。過激派といっても過言ではないだろう。 「教団本部のある地域一帯の郵便配達員、近所の喫茶店のマスター、近所のスーパーの店員、近所の…近所の店関係多いなぁ、情報もっとるか怪しいもんやけど…」 ぶつぶつと呟きながら資料をめくっていく、あまりに熱中しすぎて、危うくバスを降り過ごしそうになった。 「あぁ、あかんあかん、あやうく隣町まで行くとこやった…」 フゥ、と大袈裟に溜息をつき、矢部は先を急いだ。あまり遅い時間になると迷惑になるし、何より幼い楓が寝てしまう…資料を鞄にしまいこみながら駆けた。 暗闇にぼんやりと浮かぶ薄桃色の影。椿原家の庭から突き出た桜は、もう満開だ。 ──ピンポーン…午後8時、少し過ぎ。これくらいならまだギリギリ楓も起きているだろう。すぐに玄関の戸が開かれた。 「あ、こんばんわ」 「あら、矢部くん。今夜はもう来ないかと思っちゃった…でも丁度良かった、楓がぐずってて」 笑顔で迎えてくれたのは楓の母、遥。早々とリビングに通される。 「あ、ほら楓、矢部くんが来たぞ」 リビングのソファでは、パジャマ姿の楓が元光に必死に縋っていたが、この言葉に勢いよく振向く。 「ケンおにーちゃんっ!!」 そのまま体当たりの如く抱きついてきた。 「うおぁっ?!かえちゃん…こんばんわぁ」 小さな体とはいえ、全力でぶつかってくるものだから少し痛い。 「今日はケンおにーちゃん、きてくれないのかと思ったよ?でもかえね、ケンおにーちゃんに会いたかった!」 「ほぉか、嬉しぃなぁ」 キラキラした瞳でこんな事を言われると、抱きしめたくなる。だが壊れそうで恐い、そんな思いから、とりあえず手を伸ばしてくしゃくしゃと髪を撫でるにとどめた。 「矢部くん、楓を寝かしつけてくれないかな?僕はちょっと仕事が残ってて…」 随分前から楓に縋りつかれていたようで、すっかり疲れた面差しの元光が苦笑いを浮かべて言った。まだ仕事着(スーツ)のままだ。 「えーですよ、ほなかえちゃん、ベッド行こ〜?」 「うん」 楓の背中支え、二階への階段を上がる。リビングを出る時に、元光がホッとしたような表情を浮かべたのが視界の隅に入った。 「なぁかえちゃん、かえちゃんの父さん、疲れてるんとちゃう?」 楓の部屋に着いて楓をベッドに入れてから、小さく矢部は口を開いた。 「うん、あのねぇ、おとーさん最近忙しいんだって。かえってくるのも遅いから、かえ、さみしかったんだよ」 「あぁ、そぉなんや」 ぐずってた原因はそれか、と妙に納得する。楓は一人っ子だから、甘えん坊なところがあるのだ。 「でもケンおにーちゃんが毎日きてくれるから、ちょっとはがまんしたんだよ」 「えらいなぁ、ほな今日は、もぉ寝よぉな?」 「うん、おやすみさーい」 笑顔で目をつぶる楓の頭を優しく撫でて、寝入るのを待つ。少ししてかすかな寝息が聞こえてきたので、そっと部屋を後にした。 「かえちゃん寝ましたよぉ」 「あぁ矢部くん、悪いね、助かったよ」 「えーですよ、気にせんでください。そやけど元光さん、連日忙しそうですねぇ」 1階のリビングでは、上着を脱いでネクタイを外しただけの元光が、ノートパソコンに向かって座っていた。 「ん?あぁ、ちょっとね…」 仕事が忙しくて、と続ける元光の向かいに腰を下ろすと、台所の方から遥がやってきた。 「矢部くん、ごはんまだでしょ?おにぎり沢山作ったの、食べてって」 テーブルに大きなお皿を置きながら遥が言う、お皿には大量のおにぎり。 「うわ〜、すごいっすね!頂きます!」 帰りの遅い元光の為に作ったらしい、具も様々。元光もパソコンに向かったまま手を伸ばして、おにぎりを頬張り始めた。 「そういえば、元光さんってどんな仕事してはるんですか?」 椿原家を訪れるようになってからヒト月は過ぎていただろう、ようやくそれに関心を持ち始めた。 「ん?言ってなかったっけ?」 「聞いてないですよ?」 元光がパソコンのディスプレイの影から顔をのぞかせ、苦笑いを浮かべた。 「雇われ会計士なんだ、最近担当になったところがちょっと厄介でね」 「へぇ〜」 よほど空腹だったのか、矢部は五つをあっという間に平らげた。 「じゃぁ自分、そろそろ失礼しますね。元光さん疲れてはるのに。遅くにすんません」 帰る時に幾つか残ったおにぎりを包んでもらい、帰路についた。 「元光さんは会計士なんやなぁ、きっと難しい事も知ってはるんやろなぁ…」 警察の独身寮の、敷っぱなしの布団の上に寝転がりながら一人ぼやく。 「あ、絞込み絞込み」 SWの関係者の書類を慌てて鞄から引っ張り出し、布団に寝転がったまま名前を眺めていった。 沢山の連なる名前を見ていると眩暈がしてくる。畳の上に転がっている赤ボールペンでチェックを入れながら、絞込み作業を続けた。 「…駐車場の警備員、警備員て何か情報得られるんやろか?あかんな、先輩には悪いけど、使えそーにないやん…」 文句もそこそこにざっと資料を見ていくと、6枚目の下の方に見覚えのある漢字を見つけた。 「あれ…?」 つい今しがた聞いた。 「教団の会計士…元光さんの名前やんか」 大きな目を一層大きく見開いて、資料の名前を凝視する。間違いなくそこには椿原元光の名前があって、会計事務所の名前と共に担当と書かれている。 「あ…元光さん、これのせいで最近忙しいんやろか?」 問題ばかり起こしている団体の金銭関係を扱うとなれば、その忙しさたるやかなりのものだろう…いや、それよりも、矢部の頭には別の考えがよぎっていた。 「よし、決まりやっ!元光さんに協力者になってもらお♪」 SWと元光の関係を知った以上、他の協力者を探すなどという面倒な事はしない。というか出来ない。 協力者とは本来、真面目で信頼の置ける人物が好ましいとされている。元光の人柄は、このヒト月の付き合いで見極めている。これ以上ないくらいの真面目な人間で、協力者にはうってつけだ。 翌日、さっそくその事を抜沢に報告した。 「へぇ、関係者ともう既に接触してるってわけか?」 6枚目の資料、椿原元光の名前のところを赤で囲んで、抜原に見せていた。 「えぇまぁ…そやからもっと通って、協力者になってもらおぉ思ぅてるんです」 「ふぅ〜ん…ま、いーんじゃねぇの?SWはまだ大きな動きは見せていないが、多分近い内にまた何かやらかすぜ。早いとこ協力者として取り込んで、情報得ろよ」 バサッと書類をデスクの上に放り投げ、抜沢は大きな欠伸をした。どうやら昨夜は夜更かししたらしい。 「先輩、その資料助かりましたぁ、どーも、ありがとございました」 「気にすんな、自分の為だ」 「まったまたぁ、先輩は照れ屋ですなぁ」 「照れ屋とか言うなっ、気色悪いっ!っつーか矢部、お前…ここは警視庁なんだぞ、標準語を話せ!」 抜沢は矢部の言葉に対して照れくさそうに頭をガシガシとかいてから、乱暴に答えた。ある種の照れ隠しと言えよう。 「えーやないですか、これがオレですて」 「ばっかやろう、気色悪いつってんだろがっ!」 足蹴にされながらも矢部は笑っていた。口も悪いし乱暴だが、良い先輩に恵まれて…自分も将来部下や後輩が出来たら、こういう先輩になりたいと思う… それからは、ほぼ毎日椿原家に通った。 つづく 説明がっ、説明が長いっ!! わっかりづらい内容で申し訳のぉございます… でもいーんだ、矢部の18年前の上司(先輩)である抜沢を出せたから。 もっと頑張ります☆ 2004年4月10日 |
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