[ 第14話 ]


「ケンおにーちゃん、私この粗引きハンバーグセットにするね」
「あ?」
 はっと意識を今に戻す。ガスト内のボックス席に身を落ち着けて、向いの席で楓がメニューを広げていた。
「ケンおにーちゃんは?」
「あ、あぁ、オレなぁ…これ」
 適当にメニューを指差し注文をする。はぁ、と小さく息をついて、矢部は楓を見遣った。明るく屈託のないその笑顔を見る限り、過去に囚われてはいないようだ。自分とは大違いだなと、薄く笑み浮かべた。
「ねぇ、ケンおにーちゃん…デザートも頼んでいいかなぁ?」
「ん?何食べたいん?」
「パフェとか…最近食べてないから。メニュー見てたら食べたくなっちゃった」
「パフェかぁ…えーなぁ、オレも食べたなってきた」
 顔を見合わせて笑い、近くを歩いていたウエイトレスに追加の注文をした。
「ねぇねぇねぇ、ケンおにーちゃん」
「ん?」
 運ばれてきたものを口に運びながら、名前を呼ぶ楓に視線を向けた。楓も大きく口を開いて、ハンバーグをパクッと口に含んでいた。
 もぐもぐと口を動かしてから、一呼吸おいてから改めて口を開いた。
「ケンおにーちゃん、結婚はしてないんだね」
 グッと、思わず食べていたものが喉に詰まりそうになった。
「んん、あぁ、まぁなぁ…えー人もおらんし…」
 口篭もる自分を忌々しいと感じながら、無理やり作った笑顔を浮かべて矢部は手元のポテトにフォークを突き刺した。
「ま、結婚なんてせぇへんでも、支障ないしな」
「そうなんだ…でもなんか、ホッとしちゃった」
「あ?オレが結婚してへんからか?」
「うん。だって、ケンおにーちゃんはケンおにーちゃんでしょ?誰かと結婚してるのなんて、想像できないもん」
 嬉しいやらなんやらと複雑な気持ちのまま、矢部は腕を伸ばして楓の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「でもあれやで、いつかはオレも、嫁さん貰うかもしれへんで」
「その時はちゃんと祝福するよ」
「そぉか?そやけど、かえちゃんが嫁に行く方が早いかもしれへんなぁ」
 自分で口にしながら、楓が嫁に行くとなると寂しいなぁなどと苦笑いを浮かべた。
「私?私はまだまだ先の話だと思うよ〜、まだ23歳だもん。結婚願望もないし」
「そぉなん?そないな事言うて、突然男連れてきよるんとちゃう?」
「それはないよ、前にも言ったけど、私理想が高いから」
 はは、と笑いながら、ディズニーランドでの会話を思い出した。そういえばそんな事を言っていたが、あの時は本気には思っていなかった。だが、今こうして聞くと、どうやら結構本気らしい。
「まぁえーわ、かえちゃんが結婚する時は、元光さんの代わりに見定めだる」
 そう言うと、楓は何も言わずに満面の笑みを浮かべた。妙な沈黙に首をかしげる矢部だったが、丁度いい具合に食事も終えたので、デザートのパフェを持ってきてもらう事にした。
「あぁ、そや、かえちゃんに聞きたい事があったんやけど」
「んむ?」
 運ばれたパフェを口いっぱいに含んだ楓が顔を上げた。
「あ、返事は食べ終わってからでもえーよ」
「うん」
「あんな、ちょぉ聞きづらいんやけど…」
「うん?」
 パクッと、またも口にクリームやらを運びながら、楓は真っ直ぐに矢部を見ていた。こうも見られると一層聞きづらい…そう思いながらも、搾り出すように続けた。
「ごりょーしんのお墓…って、東京にあるん?」
 ピタッと楓の動きが止まった。ゆっくりと柄の長いスプーンを皿の上に置いて、一呼吸置いてから、にこりと笑みを向けた。
「お墓は、ないの。お寺にお骨だけ預けてる感じで…お父さん長男じゃないし」
「あ、そうなんや…」
 自分から言い出した話題なのに、息が詰まりそうだ。
「それに…」
「ん?」
「あ、あのね、ほら私…おばあちゃんに引き取られてイタリアに行ったんだけど、あんまりおばあちゃんはお母さんの話、したくないみたいだったから」
「ばーちゃんって、遥さんの方のなんや」
「うん、そう。それでおばあちゃんが亡くなる前に聞いてみたら、お母さんとお父さん、駆け落ち同然に家を出たから断絶状態だったって」
 その話は以前、元光から聞いた事があった。だから元光の親族とは絶縁状態だとか…しかし引き取り手の祖母まで亡くなっているとは思わなかった矢部は、気まずそうに自分の手元のパフェをガガッと口に含んだ。
「あー…と、じゃぁあれや、近い内にその寺行きたいんやけど…」
「ホント?私も近い内に挨拶に行かないとと思ってたから、ケンおにーちゃんに一緒に行ってもらえると嬉しいな♪」
「おぅ、えーで」
 一緒に…一緒に行って、そこでちゃんと笑えるかどうか、矢部は少し不安になったが、それを押し隠したままパフェを食べきった。
「ごちそー様でした」
 楓もほぼ同時に食べ終わったようだ。食後のコーヒーを追加注文し、しばしまどろむ。
「ほな、そろそろ帰ろか?」
「うん、そうだね」
 すっかり暗くなった夜道、楓を送り届けてから矢部は家路についた。
「あ〜、車返してこんとなぁ…」
 丸一日借りっ放しだった覆面パトカーを警視庁に向けて走らせている内に、18年前の事で、忘れていた事まで色々と思い出した。
 元光と遥がかなりの大恋愛をしたというのろけ話や、楓が生まれた時の…いわゆる元光から聞いた思い出話の数々だ。
「あれ?矢部さん!」
 警務に車の鍵を返したところで、突然名前を呼ばれた。しかも聞き覚えのある声だ。 溜息をつきつつ振りかえったそこには、予測した通り、菊地が立っていた。
「よぉ。まだ仕事、終わってへんか?」
「えぇ、まぁ…それより矢部さん、今日は椿原さんの引越し手伝っていたのと違うんですか?」
「そうやで」
 扱いづらいし付き合いづらい奴だと思っていたが、今は妙にこのテンションが有難かった。
「そうって…何故ここにいるんですか?」
「引越しの手伝いも終わったしな、ちょっと様子見に来たんや。どや、進行状況は」
 矢部さんが様子を見に?!と、菊地は大袈裟に驚いた表情を浮かべてから、ハッと壁にかかっている時計に目を向けた。
「あっ…」
 時間を確認し、表情を歪ませる。
「なんや、どないしたんや?」
「矢部さん!今度宿直変わりますから、報告書を書いておいて貰えませんか?!」
 つかみ掛かるかのような勢いで菊地は詰め寄った。
「は?報告書かてお前…何書けっちゅうんや?オレ、今日何があったかなんて知らんで?」
「僕のデスクの上に下書きあるんで、それを元にしていつものでっち上げで構わないので!」
「何言うてるんやお前…」
 呆れたように菊地の手を払い、矢部はチラリと時計に目をやった。そんな遅い時間でもない。
「あ〜、もう時間がない…人と約束してるんですよ、ホントすみませんが、あとお願いしますっ!」
 唖然とする矢部をよそに、菊地はジュワッとでも言うかの勢いで足早に駆けて行ってしまった。
「な…なんやねん、あいつ」
 報告書を代わりに書いてやる義理はないが、恩を売っておくと後々便利なので、仕方無しに矢部は五課の刑事部屋に向かった。
「あれぇ?矢部ちゃん、今日非番じゃなかった?」
 刑事部屋に着くと、同僚が目を丸くして口を開いた。
「野暮用や」
「めっずらしー事もあるもんだ、こりゃ明日は雪かな?」
「失礼なやっちゃなぁ、漸くあったこうなってきたのに、雪なんて降られてたまるかっちゅーの」
 ははは、と笑い合いながら、矢部はとりあえず菊地のデスクに向かった。
「そういえば、未来の警視総監殿、見なかった?」
「用あるとかで帰ったみたいやで、先輩のオレに報告書書かせる気で」
 子守りも大変だねと言いながら、その同僚は部屋を出ていってしまった。トイレにでも行ったのだろう…
「あ〜ぁ、面倒やなぁ…」
 菊地の書いた下書きを見ながら、適当に報告書に文字を連ね、ふと窓の外に目をやった。中途半端に空いたブラインドから、空が見える。重い灰色の雲が勢いよく流れていく…この時期よく見る光景だ。
 ──ガラッ、ガタンッ!
「ん?」
 突然の物音に、その方向へ目を向けた。簡易会議室のドアが乱暴に開かれ、そこから四人の男が出てきた。若い男が一人と中年の男が三人、どれも見知った顔だ。
「あ…」
 若い男が矢部に気付いて小さく声を上げた。
「おい何やってんだ、行くぞ」
「あ、はい」
 先陣を歩く男に怒鳴られながら、若い男は足を速めた。だがその目は今だ、矢部の視線とかち合ったまま。
「石原、今日こそやるぞ」
「はい!」
 他の三人には気付かれないように、小さく小さく会釈して、石原は三人の男たちと共に刑事部屋を出て行った。
「気ぃ付けや…」
 石原を含めて四人ともエース級の公安刑事だ。四人が出て行ってから、矢部は小さく口を開いた。昨日たまたま口を利いたせいか、挨拶すら出来ない事に妙な物悲しさを覚えた。
「ま、えーか…」


 つづく


段々訳がわからなくなってくるんですが…
私に分からないんだから、他の方は一層分からないでしょうなぁ…(笑)
しかも何て言うか…もうTRICK小説ちゃうやん!(こうなるとは思ってたけど/笑)
いーんだ、もう…矢部さんがかっこよければ問題なし!もーまんたいだ!(無問題)
2004年4月12日

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