[ 第16話 ]


 三日後の事だ。奈緒子は、昼間のバイト先の近くで楓に会った。
「あ…れ?楓さん?」
 目の前を横切る明るい栗色の髪に、思わず声をかけた。
「え?あ、奈緒子さん!」
 聞くと、すぐ近くの店でバイトする事が決まったという事だった。
「へぇ…この近くなんですか」
「そう、すぐ近く。ね、奈緒子さん、バイト上がるの何時?」
 声をかけてきたのが奈緒子だと分かると、楓は嬉しそうに奈緒子の手を取って笑顔を浮かべた。
「え?あっと、今日は午後三時までですけど…」
「あと一時間ね。そうしたら、終わったらちょっとお話できないかな?」
 楓が何を考えているのか読み取れなかったが、矢部にも頼まれていたしと、奈緒子はギクシャクしながら頷いた。
「ん、うん…」
「良かった。じゃぁえっと…、あ、あそこの公園で待ってるね」
「あ、はい、わかりました」
 ドギマギしながら答える奈緒子に手を振って、楓は公園の方に駆けていった。
「なんだろ…何か、緊張する」
 楓の背中を見送ってから、奈緒子は慌てて仕事に戻った。そして一時間と十五分後…
「うわわ、十五分も伸びちゃった…楓さん、まだ待ってくれてるかな」
 慌てて公園へと駆けていく。園内をキョロキョロ見渡すと、木陰のベンチで揺れる栗色の髪の毛を発見した。近寄ると、ハードカバーの本を真面目な面差しで読みふける楓だと確認できた。
「かえ…」
 声をかけようとして、少し躊躇った。文学少女…と言いたくなるような整った顔立ちに、少し気後れする。
 しばらくぼんやりと眺めていたが、不意に楓が顔を上げ、目が合った。
「奈緒子さん」
「あ、か、楓さん…ごめんなさい、遅くなって」
「ううん、いいの。これ読んでたし」
 楓が掲げたのは、なんと上田の本だった。
「か、楓さん、それ…」
「この間、上田先生がくれた本。結構面白いのね、奈緒子さんも出てくるけど…これってフィクションでしょ?」
 思いがけない楓の反応に、奈緒子は目を丸くした。
「フィク…?」
「だってほら、こんな口調の人っていないでしょ?奈緒子さんの口調も違うし」
「そ、そうなんですよ、上田さんって虚言壁があるから」
 今までにないまともな反応に嬉しくなって、促されるまま楓の横に腰掛けた。
「ふふ…あ、そうだ。はい、これ」
 楓は小さな鞄の中から缶ジュースを二本取出し、片方を奈緒子に手渡した。
「あ、ありがとうございます。頂きます」
 カシュッ、とほぼ同時にプルタブを開け、口をつける。今日も天気がよく、木陰のベンチは居心地が良かった。
「奈緒子さんと上田先生って、ケンおにーちゃんとは付き合い長いの?」
 おもむろに楓が口を開いた。
「付き合い…そんな長くもないですよ、3…4年くらい、かな?」
「へぇ…」
 淋しそうな横顔にドキリとしてしまう。
「か、楓さんは?矢部さんとはどの位の付き合いだったんですか?」
「私?私は…本当のところ一年くらいかな」
「結構短いんですね」
「ん、でも、凄く沢山遊んでもらったから…」
 何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのかもしれない…ついそう思ってしまう程、楓は淋しそうに微笑んでいた。
「ご、ごめんなさい」
 だからだろう、気付いたら訳も分からず謝っていた。
「え?何で奈緒子さんが謝るの?」
「え?あ、何でだろう…?」
 そんな奈緒子を見て、クスクスと声を立てて笑い出した。やっぱり笑った方がかわいいな、と思いつつ奈緒子も笑う。
「私にとってケンおにーちゃんとの思い出は、両親との思い出と同じくらい大切なの。だから例え一年位でも、とても長い時間だったの」
「へぇ…楓さんのご両親って、いつ頃?」
 位牌も目にしているし、これ位なら聞いても構わないかな?と、少し遠慮気味に尋ねる。
「…18年、前かな。二人揃って事故で」
 ハッと息を飲む。矢部と楓の遣り取りを奈緒子は思い出した…18年前なら、矢部と楓の付き合いの一年間の間という事ではないか。
「そ、そうなんですか。私も小さい頃に父を亡くしてるんで、ちょっと似てますね」
 話題を変えるために言った事だったが、あまり効果はないようだ。奈緒子自身、少し胸が痛む。
「奈緒子さんもお父さんを…お母さんは?」
「あ、母は長野で書道教室を」
 むしろ楓の方が気を利かせて話題を切り換えるように口を開いた。
「長野が実家?」
「そうなんです」
「じゃぁ奈緒子さんは、こっちで一人暮らし…」
「ええ、私、こう見えてもマジシャンなんですよ」
「マジシャン?凄い!良かったら何か見せてくれる?」
 キラキラと目を輝かせる楓に、奈緒子は満面の笑みを見せながらパッと消しゴムを取り出し、そのカバーでいつか上田に見せた瞬間移動の手品をして見せた。
「今日はあまり用意がないんでこれくらいしか出来ませんが…」
 一通り遣り終えて、照れくさそうに口を開く奈緒子を見て、楓は力いっぱい拍手した。パチパチという音が公園内に響く。
「凄いのね、楽しかった!」
「そ、そうですか?えへへへ」
「じゃぁ奈緒子さんは、プロのマジシャンを目指して東京に出てきたのね。凄いなぁ、ちゃんと夢があって」
 コクンと缶を傾けてジュースを飲みながら、楓が言った。
「そんな…亡くなった父がマジシャンで、私はただ、父みたいなマジシャンになれたらなぁって思って…」
 大いに照れる奈緒子に、楓は笑みを向けた。
「奈緒子さんのお父さんもマジシャンなんだ。でも、そういうのって凄くいいと思う。私はまだやりたい事が決まっていないから」
 そう言って微笑む楓を見て、奈緒子は何故だか敵わないと感じた。別に何かに対して対抗意識を抱いているわけではないのだが、やりたい事が決まっていないといいつつ頼る当てもない東京に出てきた楓に、何か直向な強さを感じたのだ。
 実際、奈緒子も頼る当てのない東京に一人出てきたという点では同じなのに、おかしな話だ。やりたい事は見付かっていないが、きっと夢はあるのだろう…楓を見ていると、そういう風に感じられる。
「奈緒子さん?」
「え?」
 缶ジュースを見つめながら考えを巡らせていた事に気付いた、声をかけられてハッとする。
「どうかした?」
「あ、ううん、なんでもないの」
 そう…と、安心したように微笑む楓を見て、自然に笑える楓を羨ましくも思った。
「ん?」
「楓さんって、笑顔がかわいいですね」
「え…?」
 あまりに突拍子もない事を言われて、楓はパッと頬を赤らめた。
「な、奈緒子さんの手品してる時の笑顔の方がかわいいと思ったけど、私は」
 言われて奈緒子は首をかしげた。
「私、笑えてました?」
 笑うのは苦手だ…、だから笑顔がかわいかったといわれても、奈緒子にはピンと来なかった。
「え?えぇ、とても楽しそうに…」
「…笑えて、たんだ」
 何だか妙に気恥ずかしくなり、奈緒子は楓から視線をずらした。
「…照れてます?奈緒子さん」
「え、て、照れてなんかないですよ」
 図星なものだから慌てて否定するが、あまり効果はない。それでも楓はそれ以上は突っ込んではこなかった。
 ん〜…と伸びをして、はらりと落ちてきた葉っぱを一枚掴み取った。
「楓さん?」
「奈緒子さん、またこうやって、お話してもらえます?」
「え?えぇ、まぁ…楓さんさえ良ければ」
 矢部に言われたからだけではなく、楓と仲良くなりたいと、奈緒子は今始めて思った。
「良かった、これからもよろしくお願いしますね」
 キュッと手を握り締められて、奈緒子も照れくさそうに握り返して微笑んだ。そして腕の時計に目を遣る…
「あっ!!」
 突然奈緒子が声を上げたので、楓は驚いて手を離した。
「な、奈緒子さん?」
「ごめんなさい、楓さん!私、夜のバイトがあるんで…」
「あ、そっか…うん」
 ペコペコと頭を頭を下げて、奈緒子は慌てて立ち上がった。急がないと遅刻してしまう…
「じゃ、あの、またお話しましょうね!」
「気を付けて」
「ありがとうございます。じゃ、私行きますね」
 知らず知らずの内に微笑みを投げかけながら、奈緒子は公園を駆けていった。そこには楓一人、奈緒子の背中を見送っていた。
「やっぱりいい人だなぁ、奈緒子さん…ケンおにーちゃんの知り合いはいい人が沢山いるね♪」
 楓はフワリと笑みを浮かべ、奈緒子の姿が見えなくなると、読み途中の本を再び開いて読み出した。


 つづく


奈緒子と楓の遣り取り…あぁ難しい。
難しいよ〜(泣)
次は…どういう風にしようかな…(まだ決まってない)
日記連載以上に行き当たりばったりですな(笑)

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