[ 第17話 ] それからは早かった。バイトが上がれば少しの時間を利用して公園で楓と他愛のないお喋りをして、次のバイトへ向かう。 それが楽しみで、奈緒子はバイト中も自然と笑みを浮かべていたから、クビになるような事もなかった。 「YOU…最近なんだか楽しそうだな」 池田荘に何となく立ち寄った上田は、奈緒子のその雰囲気を感じ取り不思議そうに尋ねた。 「え、そうですか?」 「あぁ、なんだかいつも笑ってる」 「そうですか?ん〜、何でだろう…」 カチャカチャと洗い物をしながら応対する。 「バイトで何か楽しい事でもあるのか?」 そう聞かれて、驚いたように振向いた。 「そっか、アレだ…」 「あ?何だ、アレって?」 一人納得する奈緒子を見ながら、不機嫌そうに眉を顰める上田。 「ふふふ〜、秘密ですよ」 「なんだよそれ…変な奴だな」 「上田さんに言われたくはありません…って、いや、それより今日は何しに来たんですか?」 突然突っ込まれて、不機嫌そうだった上田は急に気まずそうな表情になった。 「最近、顔を見ないから餓死でもしてるんじゃないかと思って見にきたんだよ…」 この期に及んで言い訳がましい事を言う。 「ご心配には及びませんよっ」 そう言い放つ奈緒子を眺め、仕方なさそうに立ち上がった。どうやら帰る事にしたらしい。 「帰るんですか?」 「…あぁ、餓死の心配はなさそうだからな」 「あ…」 ──ルルル…、玄関で靴を履く上田に何か言おうとした奈緒子だったが、電話のコールに遮られた。 「っと…じゃ、さよなら!」 冷たくあしらい受話器に手を伸ばす奈緒子。それが癪に障ったのか、上田は素早く奈緒子より先に受話器を取った。靴をもう履いていたのでそのままだ。 「もしもし」 「あっ、何やってんだ馬鹿!靴!」 そのあまりの速さに、奈緒子は呆れるやらおかしいやらで、上田の足を思い切り叩いた。 「おぉぅっ?!何するんだ、痛いじゃないか!」 「人んちの電話になぜお前が当然のように出るんだよっ!あと靴!」 パシッと受話器を奪い取り、再び上田の足を叩きながら耳に押し当てた。 「も、もしもし?」 『あ、奈緒子さん?』 楓からだ。 「楓さん、すみません、今の気にしないでくださいね!」 『違う人の声だったからびっくりしちゃった』 「ほんと、ごめんなさい…さっさと帰れ、馬鹿上田!」 奈緒子に諌められて、上田は仕方なく玄関の方に向かった。無理やり脱がされた靴を手に持っている。 『うえだ…?上田先生の事?』 「え?あぁ、ええ、まぁ…でも今帰りましたんで」 ──カチャリ…というドアの閉まる音と、上田がいなくなった事を確認してから奈緒子は続けた。 「近くまで来たから寄ったとか何とか言って…もう、正直うざいんですよ、あのでかいの」 何かを懸命に誤魔化すような奈緒子の口ぶりに、楓は笑う。 『奈緒子さん、上田先生と仲、良いよね』 「そんなっ!全然良くないですよ、むしろ悪いくらいで!」 クスクスと笑う楓に、なんだか見透かされているような気がして、奈緒子は必死で否定した。 『そうなんだ…あ、そうそう、あのね、明日は夜勤になるから言っておこうかなって思って』 「あ、そうなんですか。夜勤って、何時くらいからですか?」 ほとんど毎日会っているので、会えない日は少し淋しくなる。 『んーと…15時から21時までなの』 「あ、それなら私の夜のバイトと同じくらいですね」 フッと時計に目を向けながら奈緒子は続けた。 「バイト先はちょっと離れてますけど」 今はもうすぐ22時になるところだ… 『そうなの?じゃ、終わった後にでもちょこっと話しできるかなぁ…?』 「私は全然構いませんよ?」 『そぉ?じゃ、えっと…バイトが終わったらいつもの公園で』 「えぇ、いつもの公園で」 一通りの話を終えて受話器を置き、小さく息をついた。 「何かいいなぁ、こういう遣り取りって…えへへ」 女友達。そう呼べる知り合いが出来て、奈緒子は心底嬉しかった。 「明日のバイトも頑張ろうっと♪」 多分今のバイトがクビになってしまったら、こうして楓とお喋りする時間もなくなってしまうだろう…そういう事もあって、自然と笑えているのかもしれない。 そして翌日… 「あれ…?」 昼間のバイトを終えて、夜のバイト先…居酒屋に向かおうとした時、見覚えのある姿を見つけた。楓のバイト先の店を覗いたり、辺りをキョロキョロと見渡している中年の男性… 「あの不自然な頭は…矢部さん?」 突然クルッと踵を返したので、見ていた奈緒子と視線がかちあってしまった。 「よぉ、また会ぉたな」 気まずそうな苦笑いで片手を上げる矢部。いっそ無視して行こうかと思っていたが、声をかけられたらそんなわけにも行かない。 「どうも…何やってるんですか?」 「ん、あぁ…あれや、仕事でちょっと近くに来たから、様子見にきただけや」 首の後ろをカリカリかきながら、矢部は挙動不審にそう答えた。それで奈緒子はピンと来た。 「矢部さん、楓さんが気になるんですね?」 にやぁっと笑みを浮かべて問う。 「そや…なんやねん、その顔はっ!」 答えてから、矢部は照れくさそうに奈緒子の額を叩いた。 「にゃっ…今日は楓さん、これから出勤だから店覗いたってまだいませんよ」 額をさすりながら、奈緒子は言った。 「あぁ、そーなんか…お前は今帰りか?」 「いーえ、これからこの間の居酒屋でバイトです」 「ふぅん…まぁ頑張りぃ」 「言われなくても…あ、楓さん、今日の上がりは夜の9時だそうですよ」 「おぉ…って何でお前が知っとんねんっ」 楓の姿を探していたさっきの矢部の様子があまりに優しげだったものだから、奈緒子はついでという意味で教えたのだ。だが矢部はなぜか妙に驚いている。 「私達、オトモダチですから」 にやりと返すと、矢部もにやっと笑みを浮かべた。 「矢部さん?」 「かえちゃんと仲良ぉしてくれて、ありがとぉな」 「え?あ、いえ…私も楓さんと仲良くなれて嬉しいんで…」 言いながらも照れくさくなって、最後の方は小声になる奈緒子。そんな奈緒子に、矢部は腕を伸ばして髪をくしゃくしゃと撫でた。 「ちょっ、髪乱れるんでやめてくださいよっ!」 「あ?悪い悪い、ま、とりあえず行かんでえーのか?バイト」 「え?あ、やばい…じゃ!」 「おぅ」 うっかり話し込むところだったと、奈緒子は慌てて踵を返した走り出した。 「遅刻厳禁!」 そう叫びながら走る奈緒子の後ろ姿を、矢部は苦笑いを浮かべたまま見送っていた。 「相変わらず変な奴やな…」 自分の事は棚に上げ、矢部はさもおかしそうに口元を緩めながらボソリと呟いた。それからフッと空を見上げ、辺りを見渡してから歩き出した。 矢部がその場を去った数分後、楓がバイト先に向かうべく同じ場所を通った。当然の事ながら、気付くはずが無い… 「夜勤初めてだけど、頑張らなくちゃ」 楓は一人、小さく小さく、ほんの少し不安そうに呟いた。 つづく うにゃー…何だよ、この展開は。 さっぱらけーです(←最近よく使う/苦笑)あぁもう、本当にどうなるんだろう… 思うように進められるのだろうか、ドキドキドキ(笑) 2004年4月19日 |
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