[ 第18話 ]


「上がり、9時や言うてたな…」
 仕事中、にも関らずついつい気になってしまう。
「矢部さん、何やってるんですか?」
「あ?気にすんな」
 邪険に扱われる菊地はいつも不服そうだが、知った事かと矢部は再び時計に目を遣った。
「そういえば、矢部さん聞きましたか?」
「何をや?」
「連続婦女暴行事件、昨夜も起きたそうですよ」
 ──ガバッ!と勢いよく身を起こした。車の助手席の背もたれを倒していたのだ。
「またあったんかぃ、場所は?」
「亀戸の方だとか」
 菊地は矢部が急に話に興味を示したので、怪訝そうな表情になりながらも自分の得た情報をぽつぽつと答えた。
「やっぱりあれやな、犯行現場はばらばらやな」
「そうですね、同一犯なら車使ってるでしょうね」
「お前にしてはいいとこ気付いたな。ま、捜査本部も気付いとるやろうけどなぁ」
 上着の内ポケットから手帳を出し、何か書き込んでいる矢部を見ながら菊地は首をかしげた。婦女暴行なら捜査一課の仕事、公安の自分たちには関係の無い事なのに…
「矢部さんって、別の事件なのにたまに真剣になりますよね?」
「アホか、俺はいつかて真剣や。刑事やからな」
 被害者は揃って見目良い若い女性。知り合いにそういう女性がいるというだけで、俄然気になるものなのだ。
「やっぱ遅い時間やと心配やな…」
「え?何か言いました?」
「お前に言ったとちゃう」
 ボソッと言った言葉に菊地が反応するが、関係ないと矢部は続ける。
「何か矢部さん、最近僕に冷たくありませんか?」
「別にぃ〜」
「椿原さんの引越しの手伝いとかでもそうですよ!僕を蔑ろにしてませんか?」
 何だか急に不機嫌そうになる菊地を見遣りながら、小さく息をついた。
「そないな事あるわけないやろ、未来の警視総監殿を蔑ろにするなんて」
「あ、その言い方…僕を馬鹿にしてますね?いいんですか?そんな口利いて…」
 ポカッ…。あまりにしつこいので、矢部は菊地の頭を軽く叩いた。
「あ痛っ…何で叩くんですか」
「おふざけや、気にすんな。それよりアレや、お前…課長に頼まれてたヤツどぉなったん?」
「ああ、アレはですね…」
 今日も一日が過ぎていく。仕事、仕事の毎日。まぁ、サボる事もしばしばだが…菊地の報告を聞きながら、ぼんやり思いを巡らせた。
「…で、聞いてます?」
「聞いとる聞いとる、そやったらそのままやったらえぇ」
「全部僕にさせる気ですか?」
「お前が頼まれたんやろ、最後までやりぃ」
 そんな面倒くさい事やってられるかとでも言うように、矢部はふいっと窓の外に目をやった。
「矢部さん…急にやる気なくしますよね」
「うっさいんじゃ、ボケェ!」
 そこまで言って再び菊地の頭をパシッと叩いた後、矢部はそのまま伏せた。菊地の頭も外からは見えないよう押し込む。
「イタタタ!何ですか、突然…」
「奴等の車出てきた、尾行の準備や」
「あ、はい…って、ちょっと手をどけてくださいよ、これじゃ運転できません」
「あぁ、スマンスマン」
 頭を押さえたままだった手をよけると、菊地は姿勢を正してハンドルを握った。
「この頃、この組織の動きは頻繁ですね」
「そぉやなぁ、何ややらかそうとしとるんやろかなぁ?このまま潜っとったら面倒なくてえぇんやけど」
 ぼやく矢部を、菊地がチラリと横目で一瞥した。真面目なのか不真面目なのか、見ていてもさっぱり分からない。いつもいつも自分の事を、扱いづらいだの接しにくいだの、はたまた掴めないなどと言うが、菊地にとっては矢部の方が全然掴めないと思ってしまう。
 こんな人がほんの一時とはいえ自分の上司だなんてと、深く息をついた。
「なんやお前、溜息なんかついて…知っとるか?溜息ついたら幸せ逃げるんやで、お前、もう幸せ逃げてもぉたな」
 ケタケタとおかしそうに笑う矢部を、再び横目で見遣ってから、今度は気付かれないよう小さく息をついた。
「矢部さんもよく溜息ついてますよね。あ、でも矢部さんの場合幸せと言うよりカミが…」
 ──ダシッ…矢部が無言で菊地の顔面に裏拳を放った。
「いっつー…」
「アホな事言うからや、シャンと運転せぇ!ボケェ」
 拳が丁度鼻に当たったようで、菊地は顔をしかめて唸った。かなり痛かったらしい。
「…今のは本気で痛かったです…」
「反省せぇ」
 涙目でハンドルを握る菊地だったが、お構いなしに矢部はじっと前を見据え、ターゲットである車を見つめている。
 全く…いつまで経っても懲りない奴や、と心の中で呟いて、チラリと車内の時計に目を遣った。
 ──19:26。
「あ、あそこに停まりましたよ」
「ん?おぉ」
 菊地の言葉に視線を戻すと、確かに追っていたグレーの車が、小さな古びたビルの前に停車しているのが見える。そして男が一人出てきた。
「あれ、あの男…」
「何や、見覚えあるなぁ」
 色付き眼鏡に黒い帽子を深くかぶった男だ。男がビルに入ると、車はその場を離れた。
「どうしますか?」
「そやなぁ…オレは降りて男の方の様子見るから、お前は車の方追え」
 言いながら車を降り、菊池が返事をする前にドアを静かに閉めた。ぐるっと運転席がわに回ると、菊地が少しだけ窓を開けて小さく言った。
「じゃ、後で連絡します」
「おぉ」
 走り出す車を背にし、矢部は人の流れに身を任せながらビルに近付き、足を止めた。ビルの窓ガラスには色々なテナントの看板が掲げられている。
「会社の事務所が入っとるんやな、あとは…」
 下の階から順々に看板を見ていき、4階にある看板のところで目を大きく見開いた。
「会計事務所…」
 名前は違うが、胸が痛む。楓の父、元光も会計士で、こういう古びたビル内に入っている事務所で働いていた…
 ぼんやりとその看板を眺めていたが、ビルから先ほどの男が出てきたので気を取り直し、徒歩で尾行を開始した。
 正直、一人での尾行は少し苦手だ。ただでさえその洋装はチンピラともとれる程なのに、真面目な目つきで対象を追っているとどうにも怖い人にしか見ないと言う…
 だが心配する事も無く、男はすぐに近くにあった公衆電話で誰かに連絡し、少しすると先ほどの車がきたのでそこに乗り込んでしまった。よく見ると後ろの方に菊地の運転する車もいる。
 手招きしているので矢部も車に乗り込んだ。
「なんかあったか?」
「いえ、都内をグルッと回ってここまで来ただけでした。どこにも寄りませんでしたし」
「そぉか、こっちも似たようなもんや」
 その後は何事も無かったかのように、車は元の、本部の建物内にある駐車場に入ってしまった。
「一体なんだったんでしょうね?」
「特に書類を持っていったわけでもなさそうやしなぁ…」
「あ、でも最近はCD-Rにデータを入れて持ち歩いたりしますから」
「あぁ、そうやな。そやけど、データ送るだけならメールとかでもえーやろ?」
 二人で首をかしげながらも、警視庁に戻る事にした。ふと、矢部は時計に目を遣る。
 ──21:06…
「ちょっと停めぇ」
「あ、はい」
 公園の近くで、車はキッという音を鳴らしながら静かに停車した。
「何かありますか?」
「お、えー場所やな。オレ、ここで帰るわ、あとよろしくな」
「え?ちょっ、報告書は…」
 言い終える前に車を降りてドアを閉めるが、菊地はすぐに窓を開けた。
「矢部さん!」
「えーやんか、こないだお前の報告書書いてやったやろ」
「それとこれとは…」
「同じ事や。オレ、これから野暮用あんねん」
「…分かりましたよ、じゃ」
「おう、じゃぁな」
 まだ何か言いたそうだったが、菊地は溜息をついてから窓を閉め、そのまま車を出した。
「あいつ、最近文句ばっかやな」
 文句を言わせているのは矢部自身でもあるのだが、お構い無しに歩き出した。丁度よくここは、奈緒子と楓が待ち合わせをしているいつもの公園だった。


 つづく


久しぶりの更新…内容が何かおかしいよ。
自分でも分かる、おかしい。
ほんと、ゴメンナサイ。
早く書きたいところに持っていこう…フゥ。
2004年5月7日完成


■ 入口へ ★ 次項へ ■
(前のページに戻る時は、ブラウザの戻るをクリックしてください)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送