[ 第19話 ]


 21時、と23分。
「あーもうっ…」
 息を切らして走りながら奈緒子は、何度も腕の時計に目をやった。秒針がグルグル回っていくのが見える。
 嫌な予感はしていた。本来ならば、21時にはバイトの後片付けを終えて、10分ほどであの公園についているはずだったのに。それというのも、バイト先で奈緒子の先輩が小さなヘマをやらかして、それを挽回するためにその場に居た奈緒子が手を貸す羽目になってしまったからなのだ。
「うぁ〜、楓さんもう来てるだろうなぁ…」
 店を出たのがついさっき、走れば5分と少しで付くだろうが、それでも30分は過ぎてしまうだろう。
 実のところ、嫌な予感はずっとあった。それはバイトに行く前に、矢部に会ったその時から。
「何もなきゃいいけど…」
 この頃恐い事件が多いからと心の中で続け、ひた走る。あの、外灯が多めに付けられてるとはいえ薄暗い公園に、楓を一人で居させるのは多分危険だと、思う。自分も女だから、あんなところに夜一人で居るのは恐いと分かる。
「急げ急げ…」
 息を切らして公園内に入る。楓は多分、いつものベンチに座って待っているに違いないと、いつもの場所へ向う。ちらりと時計に目をやると、丁度21時半。
 ベンチについたが楓の姿が見当たらない、辺りを見渡してグルッと回ったその時、突然腕をつかまれた。
「え?」
 目の前に、知らない若い男。口元ににやりとした笑みを浮かべ、奈緒子の腕を強く掴んでいる。
「ちょっ、何ですか?!」
 その手を振り払おうとしたが、男の力に勝てるはずもない。男はまじまじと奈緒子の顔を見つめ、小さく呟いた。
「上玉じゃん」
 何の事か分からなかった。引きずられるように公園の外に連れて行かれ、公園の脇に止まっているエンジンがかかったままの車を見た時に、ハッと青ざめる。
「は、離してくださいっ!」
 男を怒鳴りつけると、その車からもう一人、若い男が降りてきた。
「お、カワイーの見つけてきたじゃん」
「だろ、なかなかの上玉」
 降りてきた男が、奈緒子の頭を押さえて顔をまじまじと見た。
「やめっ、触るなってば!」
 こういう扱いをされるのは、当たり前だが慣れていない。何とか振り払おうと上田がやるのを見て覚えた攻撃を仕掛けてみる。
「えいっ!」
「お?」
 チェックのロングスカートを翻し、男のすねに蹴りを入れる。
「いってぇ、このアマ…だっ?!」
 蹴られた男は表情を変え、奈緒子を殴りつけようと手を掲げたが、ヒュッと何かが目の前をかすってその手を止めた。
「え…?」
「奈緒子さんこっち!!」
 ガコンッとその何かが地面に落ちて、声がした。楓だ。
「楓さ…」
 つかむ手が緩んだ隙に、奈緒子は楓の方に駆け寄る。
「待てよっ、逃がさねーぞ!」
 男の手が伸びて、気が付くとつかまれていた。
「離せってばっ!!」
 恐くて恐くて、ただ必死で振り切って。けれど…
「あっ!」
 奈緒子を助けようと、再び手に持っている物を投げようとした楓の腕を、もう一人の男が掴んだ。
「楓さんっ!!」
 楓の手からそれは落ちて、ガコンッと同じ音が響いた。それは奈緒子が来るのを待っていて、気を利かせてたった今買ってきたばかりの、缶ジュース。
「手間かけさせやがって…」
 男が唸る。
「ちょっ…触るなって!」
 グイッと顎を持たれ、男は奈緒子にしたのと同じように楓の顔を見つめた。
「今日の収穫は二人だぜ、こっちも上玉だ」
 男の声に、ぞっとした。さっきと、そしてこの口ぶりからして、この男二人はきっと、今騒がれている連続婦女暴行事件の犯人…
「楓さん逃げて!」
 両腕をつかまれたまま叫ぶが、楓も腕をつかまれていてそれもままならない。このままじゃ…奈緒子らしくもなく恐怖にかられ、涙ぐんだその時。
「手を離せ」
 聞き覚えのある声が聞こえ、フッと身が軽くなる。男につかまれていた腕が自由になる。
「上田さん!」
「YOU、大丈夫か?」
 そこには上田が立っていた。何をどう嗅ぎつけたのか、奈緒子がいつもバイトを終えた後に楓とここで会っているという事を知って、様子を見に来たのだ。
「ちっ…おい、その女だけでも連れてくぞ!」
 上田に殴られたのか、奈緒子を掴んでいた男は殴られた場所を押さえて車の方に向った。
「上田っ、楓さんを!」
「お、おう!待て!」
 楓は男の手によって口をふさがれたまま、引きずられるように車の中に押し込められようとしている。
「早くしろっ!」
 半ば無理やり、楓は車内に姿を隠す。
「逃がさんぞ!っと?うぉっ?!」
 上田は追おうとした。だが、何かを踏んでそのまま豪快に顔面から転んだ。その間に車は行ってしまう。
「う、上田の馬鹿!なんでそんなとこで転ぶ…」
 コロコロと転がってきた缶ジュースが目に入り、奈緒子は息を飲み込んだ。あぁそうか、コレを踏んだんだ…
 因果なものだ。奈緒子を助ける為に楓が男に向って投げつけた缶を踏んで転んだが為に、その楓を連れて行かれてしまった…
「いつっ…」
「痛がってる場合じゃないだろ!楓さんが…」
 言いかけて、やめた。奈緒子の視界に、上田以外のもう一人の姿が入り込んだから。
「かえちゃんが、どうしたって…?」
 濃いグレーのスーツの前をはだけ、ズボンのポケットに片手を突っ込んだまま、きょとんとした顔の矢部がそこに立っていた。
「矢部さ…」
 言葉が後に続かない。自分が遅れてさえいなければ、こんな事にはならなかったのにと、今更後悔する。
「矢部さん、楓さんが連れ去られたんですよ」
 転んだ時についた砂を払いながら、上田が申し訳なさそうに口を開いた。矢部の表情がさっと青ざめる。
「なん…やて?」
「車は黒のセダン、ナンバーは品川いの…」
 上田がナンバーを言い終えると同時に、矢部は突然車の行き交う道路に飛び出した。
「矢部さんっ?!」
 驚く二人をよそに、一台の車を強引に停めると運転席の男に降りるよう促し、手帳を見せて何か言っていた。
「上田センセー、そん車、どっちに?」
 運転席に滑り込みながら声をかける。
「あ、あっちに…」
 呆然と指し示す奈緒子の手の動きを確認し、ドアを閉めて車を出す。すると車を降ろされた男がこちらに駆け寄ってきた。
「あの人が、車ちょっと貸せって…で、あと、キクチに検問かけるように伝えてくれって」
 突然の事に事情が飲み込めないまま、男は不満そうに口元をゆがめている。車を取られて、これから自分はどうすればいいんだよとでも言いたげだ。
「上田さん、私達も後追いましょう?」
「あ、あぁ…」
 キョロキョロと上田の車を探す奈緒子。そして上田は、財布の中から数枚のお札を出して男に渡した。
「警察に行って事情を話してください」
「はぁ…」
「YOU、俺の次郎号はこっちだ」
「先に言え」
 矢部はもうあの車に追いついただろうか?そして楓はまだ無事だろうか?不安になりながら、奈緒子は次郎号に乗り込む。
「YOU、これで菊池さんに電話」
 運転席の上田が、奈緒子の膝の上にポンッと何かを放った。携帯電話だ。
「あ、はい」
「車の車種とナンバー、向った方角を伝えるんだぞ」
「わかってますってば、それより急げ!」
 携帯電話を片手にギュッと握り締めて、奈緒子は唇をかんだ。無事で居て欲しいと、強く願う。
「YOU、電話、早くかけろよ」
「わかってますよ、番号何番ですか?」
「…短縮23番だ」
 微かに震える手で番号を押し、電話をかける。菊池にその事を伝えると、電話越しでも分かるくらいに驚いていた。
 ──ポンッ…と、突然上田の手が奈緒子の頭の上に置かれた。
「上田…?」
「大丈夫だよ。楓さんは、きっと大丈夫。矢部さんが、必ず追いついて助けるだろうさ」
 そう言って、手をハンドルに戻す。よく見ると、上田の手も僅かに震えている。
「上田さん…震えてるんですか?」
「…悪いか?」
「何で…」
 何で上田が震えているのだろうかと、首をかしげる。
「YOUを助ける事ばかりに目が行ってて、彼女を助けるのが遅れたのは俺のせいだからな」
 続ける上田。その言葉をギュッと噛み締めて、奈緒子は上田のベストの裾をつかんだ。
 大丈夫、大丈夫。私を上田が助けてくれたように、きっと矢部が、彼女を助けてくれる。


 つづく


ひ…久々にUP。
もう、たらたら話を続けずにさっさと次に行きたい感じです。
急展開過ぎるのは個人的に凄く読みづらいのでやりたくなかったんですが、これ以上のばすと書けなくなる…
そんな感じでダメダメ炸裂です。
頑張れ矢部!楓を救え!!(苦笑)
2004年6月7日完成

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