[ 第22話 ] 随分長い時間、楓は矢部の懐に顔を埋めて、声を押し殺して泣いていた。矢部はただ黙って、楓の髪をなで続けていた。 「えーと、矢部さんだっけ?」 少しした頃、先ほどの制服警官がコーヒーの入った紙コップを持って部屋に入ってきた。それを矢部に手渡しながら続ける。 「随分なついてるんだね」 泣き疲れたようで、いつの間にか眠ってしまった楓を見遣る。 「あ、ども。元光さ…椿原さんちに、よぉお邪魔してたんで」 「そう。あぁ、そうだ。今しがた公安さんの方から連絡がきてね、この事件、捜査一課と公安さんの合同捜査になるってさ」 「え?!」 「驚くよね、普通。この二つって仲悪いから」 自分のコーヒーをすすりながら苦笑いを浮かべる制服警官に、矢部も思わず苦笑いを見せる。それから自分の膝の上で静かに眠る楓に目を遣った。 「じゃぁこの事件は…」 小さく呟く。 その後の合同捜査会議には矢部も参加した。被害者の知人でもあるのだから、当然といえば当然だろう。その会議の報告会で聞くところによると、どうやら椿原の家は荒らされていて、SW関係の帳簿やら書類やらがごっそり持ち去られているという。 この事から、この犯行はSWの誰かが幹部に言われて行ったものではないかという見解に達していた。矢部ももちろん、同感である。 「おい、ぼーっとしてんじゃねぇぞ」 突然後ろから、罵声とも取れる怒鳴り声と同時に後頭部を叩かれた。 「だっ?!」 慌てて振り返ると、そこには抜沢の姿。 「抜沢先輩…先輩もこの件に?」 「ったりめーだろ。SWは俺らがずっとマークしてたんだ、尻尾を掴む大チャンスじゃねーか」 そう言う割りにはどこか面倒くさそうに、書類を丸めて筒状にし、それで自分の肩を叩いている。 「そうっしたね」 ぎこちなく笑いながら、矢部は自分の資料をぐっと掴む。 「時に矢部」 「あ、なんですか?」 ポン、ポンっと、単調に自分の肩を叩きながら、抜沢は口を開いた。 「お前が言ってたちまい女の子ってのは、どうした?」 「あ、かえちゃんは、泣きつかれて寝入ったんで、生活安全課の方にまだ」 「そうか…」 「先輩?」 どこか遠くの方を眺めて息をつく抜沢に、何か違和感を感じた。 「矢部よ〜…この捜査から、外れた方がいいんじゃねぇの?」 「え…なんで、ですか?」 突然、思いがけない事を言われ、戸惑う。 「私情はさんじまってるだろ、そんなんでまともな捜査が出来んのか?」 痛いところをつかれ、押し黙ってしまう。それは矢部自身も考えていたから。答えられずにいると、今度は資料を丸めたもので頭部をパコンと叩かれた。 「とりあえず、そのガキに会わせろよ」 「え?な、なんで先輩が?いや、それよりガキ言うのやめて下さいって」 「その子、現場にいたんだろ?犯人見てるかもしれないじゃねーか」 「でも、そういうのは捜査一課の方の…」 「知るか、俺は俺のやり方で捜査すんだよ。文句言うな」 「…はい」 こうなっては誰にも押さえられないと分かっている。小さく息をついてから、矢部は仕方無しに歩き出した。生活安全課の、楓のいる部屋へと向って。 「ところでよー」 「なんすか?」 「ちまいって、どんくらいちまいんだ?」 「え?えーと…5?あ、6歳か、6歳の女の子です」 「んじゃぁ小学校1年生か」 「こないだ入学したばっかしですわ」 ガチャッと部屋のドアノブを回して開けると、すぐに矢部の足元に衝撃が来た。 「わ?!」 そこには、楓の姿。いつの間にか起きていたようで、ドアのところで矢部の事を待っていたらしい。 「か…かえちゃん」 一言も発さず、ただ矢部の足にしがみついている。まだ混乱しているのだろうかと首をかしげながら、矢部は楓を抱え上げた。 「本当にちいせぇな」 隣で抜沢がボソリと呟いた。それによって、抜沢の存在に気付いた楓が怯えた顔を向ける。 「かえちゃん、こわないで?このおっちゃん、にーちゃんの先輩なんや」 「おいコラ、なんでお前がにーちゃんで俺がおっちゃんなんだよ」 楓の緊張を解くための言葉だったのだが、抜原は文句を言いながら矢部を足蹴にし、それから楓の顔を覗き込むようにして続けた。 「よう嬢ちゃん、調子はどうだい?」 まるでチンピラに喧嘩でも売るような口調で、その事から、小さな子供への接し方を知らないのだろうかと矢部はついぞ思った。楓がそれをどう受け止めたのかは分からないが、矢部の肩越しに、少しだけ頭を下げて会釈する。 「…このガキ、人見知り激しいのか?」 ボソッと口を開く抜沢を呆れたように見遣り、矢部が答える。 「先輩、ガキ言うのやめてくださいて、かえちゃんが怖がりますから」 そして続ける。 「それにこの子、そんなに人見知りする方ちゃいますよ?初めてオレと会ぉた時かて、ニコニコしてはりましたし」 「んじゃぁ何でこんなに愛想ねーんだよ」 それは矢部にも不思議だった。まぁ、仕方がないというのは分かっているのだが… 「かえちゃん?」 黙ったままの楓に、優しく声をかける。 「お?」 抜沢が声をあげた。楓が、抜沢に向って手を差し出したのだ。細く白い、小さな腕に戸惑いながら、抜沢はその手を握った。いわゆる握手と言われるものだ。 そして楓は、笑ったのだ。今にも泣き出しそうな、ぎこちないその笑顔に、なぜか矢部の方が涙ぐむ。 「嬢ちゃん、強いな。でも無理して笑わなくて大丈夫だぞ」 握った手を離し、楓の髪をくしゃくしゃと撫でながら抜沢が言う。矢部が見た事もないような、それはそれは優しい顔で。 「せ、先輩…優しいときしょいすね」 ──バシィッッ!! あまりに驚いたせいで、つい口が滑ってしまった。有無を言わせぬ抜沢の鉄槌が矢部に及ぶ。 「きしょいってなんだよ、ヤキいれんぞコラ」 続けて蹴りが入る。驚く楓を落とさないように慌てて下ろし、矢部は苦笑いを浮かべた。 「す、すんませんっ!先輩にも優しいとこあんねんなぁ〜って思て」 「俺はいつも優しいじゃねぇかっ、人聞きの悪い事言うんじゃねぇ」 と、突然クックッという、喉を鳴らす音が聞こえ、抜沢と矢部はその音のする方に目を向けた。 「かえ…ちゃん?」 さっきの泣き出しそうな笑顔じゃなくて、その少女の、本当の笑顔。おかしそうに口元を両手で覆って、喉を鳴らして笑っている。 「普通に笑えば可愛いもんだな」 矢部に蹴りを入れるのに飽きたのかどうか分からないが、抜沢は再び腕を伸ばし、楓の髪をくしゃくしゃと少し乱暴に撫でた。 「先輩、そんなんしたらかえちゃんの髪が痛むやないですかっ!」 そして何を勘違いしたか、矢部は引き離すように楓を自分の方に抱き寄せる。 「なんだよ、溺愛してるな、お前…」 「別にえーやないですか」 矢部にとって、楓の笑顔は心のよりどころだった。 「ところでよ」 だからかもしれない。無事だったという事だけに囚われて、気が付かなかった。 「何すか?」 屈んで楓を抱きしめていた矢部を無理やり立たせ、抜沢が耳元で小さく言った。 「その子、今日にでも病院に連れて行けよ」 楓には聞こえないように。 「え…?」 「気付いてんだろ。さっきから、全然喋ってねぇじゃねーか」 言われて初めて、矢部は気付いた。抜原は蒼褪めた矢部に続けて言う。 「よくあるだろ。親しい人間を失って、一時的に喋れなくなるってやつが」 「あ…」 足元の楓に目をやると、その視線に気付いて笑顔をこちらに向けた。少し口を開き、何かを言おうとしている。 「かえちゃん…あんなぁ、このおっちゃんに、自己紹介、したってやぁ?」 僅かに震えながら、声をかける。楓はきょとんとした顔で、一度口を開いたが、何かを言う事はなかった。 「今日の捜査は俺一人でやっとくから、ちゃんと連れて行けよ」 捨て台詞のような抜沢の言葉に、矢部は黙って頷き、楓の小さな手を握り締めた。小さな小さな、壊れそうなその身体を、力いっぱい抱きしめたいと思いながら。 つづく 何でこんなに微妙なんだろう? でも回想、書くの楽しいんですけど。回想と言うより、過去の話、かな。 悲しいけど前向きな話って好きだ…書くの難しいけど。 そして抜沢さん…現在の矢部に似てますね。矢部の原点の人ですから(笑) そして何気に口調が、俺のユッキーさんに似てるんだが…(笑) 2004年6月12日完成 |
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