[ 第24話 ]


 その言葉に、フッと口元が緩む。
「別にオレがどうかなった訳ちゃうからな、心配する必要ないで」
『そりゃ良かったけんのぉ、心配で仕事も手につかんかったけぇ、ほっとしたぁ』
 後ろで、早く終わらせろというような声が聞こえる。
「もうえーから、仕事に戻りぃ」
『そうじゃの、とりあえず確認出来たけぇ、仕事に専念するじゃぁ』
 何かを言う間もなく、通話が途切れる。あいつも大変な時なのに、こっちの心配ばかりして…損な奴だ。そんな事を思いながら、携帯電話を懐に仕舞う。矢部のマンションはもう間近だ。
「今の、ケンおにーちゃんの仕事仲間の人?」
 楓がぼそりと口を開いた。
「ん?そうやな、前の…菊池がくるまでオレの下におった奴や」
「どんな、人?」
「んん、どんなて…ん〜、変わった奴や」
 なぜそんな事を聞いてくるのだろうかと首をひねりながら、答える。結構説明し辛い奴だったんだなぁと、心の中で思いながら。
「変わった人なんだ」
「かなり変わっとるな」
 クスリ、と、楓が小さく笑った。
「どないした?」
「おにーちゃんも、少ーし変わってるよね」
 言葉に詰まる。変わってない、むしろ全くもって普通だとは言い切れず、思わず苦笑いを浮かべる。
「そうやな、少〜しだけ変わっとるかもしれへんなぁ」
 クスクスと続けて笑う。あぁ、これが、楓の笑顔だ。笑顔が戻って、ホッとする。そしてそのまま、車は矢部のマンションの、まん前に停車。
「あれ?ここ?」
「そうやで、ここがオレの住まいや」
 決して豪勢ではないが、そこそこのマンション。男の一人暮らしにしちゃいい方じゃないかと自負する。
 楓をまず下ろしてから、駐車場に車を乗り入れて矢部も慌てて降りる。
「こっちやで」
 部屋は9階。何となく辺りを見渡して、楓をエレベーターに誘う。
「おにーちゃんの部屋は9階なんだね」
「そうやで、結構眺めもえーんや」
 エレベーターは順調に上へと上がり、静かに扉が開く。楓の肩を抱いて、矢部は自分の部屋へと向った。鍵を開け、戸を開ける。
「あ、かえちゃん、ちょっとここで待っとってな。少しごちゃごちゃしとるから、片してくるわ」
「あ、うん」
 玄関に楓を座らせて一人奥に進む。グルッとリビングを見渡して、小さく溜息。コンビニ弁当の空き箱やビールの空き缶が無造作に、そこら中に置かれている。
「眩暈してきたわ」
 ボソリと小さく呟いて、とりあえず窓を開ける。穏やかな、夏特有の風が気持ちいい…矢部はおもむろにシャツの袖をまくり、ごみを片付け始めた。
 約30分後。やっとの事で何とかごみをごみ袋に詰め込み、余計な物を片付け終えて玄関に戻ると、楓はそこで矢部の革靴を熱心に磨いていた。
「かえちゃん、何してん?」
 声をかけるとハッと顔を上げ、照れくさそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「暇だったから、つい」
 えへ、と小さく舌を出しながら、持っていた靴をコトンと床に置く。ピカピカの、革靴。
「かえちゃんもよぉ変わっとるがな、ま、えーけど…」
 立ち上がり、靴を脱いで上がる楓を促し、部屋へと向う。
「あー、まだちょぉごちゃついとるけど、気にせんでな」
「ん、お邪魔しまーす」
 リビングに入ると、楓は先ほど矢部がしたのと同じように部屋をぐるりと見渡した。そして、ニコリ微笑む。
「あー、とりあえずそこ、ソファにでも座りぃ」
 矢部はと言うと、楓に座るよう言ってからドタドタと寝室の方へと行き、少ししてから戻ってきた。手には、派手で趣味の悪い柄シャツを数枚。
「これ、サイズはまぁもちろん合わんけど、まぁ、とりあえずって事で。好きなん選んでえーし」
 そのカラフルなシャツを見て、一瞬驚いた顔をしてから楓はコクンと頷いた。すぐに笑顔になって。
「じゃ、アレや。その間、何か食べるもん作っとくから」
 もう23時、矢部自身空腹だった。
「うん、ありがとう」
 楓の笑顔を確認してから、矢部は背を向けてダイニングの方へと足を向けた。冷蔵庫を開けて中を確認する…大した食材はないが、一人暮らしが長いからそこそこの物は作れるだろうと自信気に笑み、中身を適当に取り出す。
 ハム、パプリカ、しめじ、そしておもむろに棚を開いて取り出すはパスタ。ケチャップも用意する。どうやらスパゲティを作る事にしたらしい。
「ケンおにーちゃん、私、何か手伝おうか?」
 手際よく材料を切っていると、楓が横から顔を覗かせた。
「えーよ、かえちゃんはお客さんやから、座って待って…」
 手を止め楓を見遣り、言葉を失う。
「ん?」
 趣味の悪い派手な柄シャツを、まぁ無難に着こなす矢部にとって少し驚いた事。それは、その趣味の悪い派手な柄シャツが、結構よく似合ってる楓。
「あー…びっくりした」
「え?な、何?」
 首をかしげる楓をもう一度見遣り、矢部は笑った。
「意外によぉ似合ーとるやないか、それ。そのシャツ」
 薄いベージュの生地に、蘇芳色と桜色の小さな花が描かれ、唐茶色の茎が伸び、葉を広げている柄のシャツ。ところどころに大きな蝶々が薄く舞っている。矢部にはかなり派手だが、楓だと少し大人しいくらいの、色鮮やかなシャツ。
「そぉ?照れちゃうな〜」
 だぼだぼのシャツの袖口から、白く細い腕が伸びる。楓が動くと、だぼだぼの部分がフワフワと揺らいで、なんだか儚く見える。
「とりあえず、かえちゃんはお客さんなんやから、座って待っとって」
「お手伝いくらい出来るもん」
 ぷぅ、と頬を膨らませるその様は、小さな子供のようで、矢部は思わず微笑んでいた。
「おにーちゃん?」
「あ、そ…か。そやったら、食器の用意だけしといてもらおーか。そっちの棚に入っとるから、適当に」
 我に帰り、慌てて言葉を連ねる。楓は一度首を傾げてから、くるりと踵を返して棚の方へと向った。シャツが、ふわふわ揺れる。
 最初に再会した時も思ったが、楓は綺麗になった。普段は太陽のような眩しい笑顔でいるが、その影に、儚く脆そうな芯が垣間見える。過去の痛手に、囚われた心の。自分はいつもそれを、ずっと奥の方に押し隠しているが、楓は違う。
 ふとした時に、零れ落ちていく。
「おにーちゃんっ、このお皿でいい?」
 白い、大きなお皿を顔の前で持ち、矢部に見せる。安かったから、たまたま二枚一組で買ったお皿だ。
「えーよ、こっちに持ってきて〜、盛るから」
 じゅっ…と、フライパンの上で、茹でて水切りしたパスタを具と一緒に炒めると、香ばしい匂い。
「美味しそう、おにーちゃん、料理上手なんだね」
「一人が長いからな〜って、何言わすん」
「そこまでは聞いてないってば」
 くすくすおかしそうに笑いながら、楓は皿をガス台の横に置き、矢部の手元を眺めた。
「それもそーやな…っと、はい、出来た」
 フライパンを傾けて、お皿に均等に盛る。ケチャップの赤が白いお皿によく映える。
「完成、彩り綺麗だね」
「そうやな、じゃ、向こうに運んで食べようか」
「うん」
 ───ピラリラリン♪
 リビングのテーブルにお皿を置いた時、どこかで軽快な電子音が響いた。ピクッと楓が反応する。
「ん?なんや?オレのケータイとはちゃう音やけど…」
「あ、私のだ…」
 慌てて楓が自分の鞄の中を漁ると、シルバーの携帯電話の着信ライトがキラキラ光っている。
「誰やねん、こんな遅うに…」
 不機嫌そうになる矢部をよそに、楓は通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
 ふっと、楓の目が丸くなり、嬉しそうに細まった。
「奈緒子さん…」
 口に出す名前を聞いて、矢部も少しは機嫌が直る。
「うん、ありがとう。え?今?」
 楓の答える感じから、事情聴取も終わったのだろうと思わせる。
「今はケンおにーちゃんの家、そう。うん、うん、どうもありがとう」
 一体どういう会話をしてるのだろうか?気にはなるが、矢部はそっとその場を離れ、隣の部屋から救急箱を持って戻ってきた。
 その頃には楓は電話を終えて、テーブルの前にちょこんと座っていた。
「山田、何て?」
「今事情聴取が終わったところだって。で、私の事、心配してくれて」
「そーなんや…ま、とりあえず腹ごしらえでもしよか」
 目の前には二つのお皿。
「うん、お腹ペコペコ」
 テーブルをはさんで向かい合わせになり、お互いに両手を合わせ、食事に取り掛かる。大した材料がなかった割りにはいい出来だと、矢部は満足げに笑う。 楓も、美味しいと素直に感想を述べ、笑った。
「食べ終わったら、ケガの手当てしよな」
 食べながら、矢部がボソリといった。


 つづく


無意味に長い気がする。
まぁさておき、石原も微妙に絡ませる事にした今日この頃。
過去の事件も、きちんと絡まった糸をほどかなくては…一層長くなりそうな気配が漂ってます。
しかも今回、なんか変だ…

2004年6月25日

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