[ 第28話 ] そこは、刑事事件や突発事故などで親しい人との別れを経験し、傷付いた者たちが暮らす施設だった。 「ご心配には及びませんよ、刑事さん。幼い子も沢山降りますし」 「はぁ…」 あの後、抜沢に怒鳴られたあのすぐ後、矢部は渡された手書きの地図を片手にこの施設を訪れていた。楓を引き連れて。 「抜沢さんから電話も貰ってますし、どうぞこちらに」 抜沢の知り合い。長い髪を一つにまとめた、女性だった。芹沢と名乗る女性は、笑顔で矢部と楓を迎え入れ、応接室へと案内する。 「あ、あの…」 「何か?」 「あの、自分はこれから、事件の事で捜査があって…でも、捜査が明けた後に顔を見に来たいんやけども…」 通常こういう施設では、面会期限というのがあるものだ。 「構いませんよ」 「え?えーんですか?」 「もちろん。多少の制限はもちろんうちにもありますけれど、ここにいる子達は皆、支えが必要なんです。だから、面会は常時受け付けてるんですよ」 途端に、矢部の表情が緩む。 「かえちゃん、しばらくここにおってな?オレ、毎日会いに来るから…」 隣に腰掛けている楓に優しく言うと、コクリと頷く。自分の置かれている状況を、幼いながらも理解しているのだと思うと涙が出そうになる。 「では、正式な手続きとしてこちらの書類に必要事項を記入していただけますか?」 「あ、はい」 渡された紙を手に取り、書いていく。名前、保護者の名前、保護者の職業などなど。一通り書き終えて、用紙を芹沢に渡す。 「椿原、楓ちゃんと仰るんですね。可愛らしい名前」 照れくさそうに微笑む楓を見て、ここならそんなに心配せずとも大丈夫かもしれないと、矢部も微笑んだ。 「じゃぁあの、オレ…あー、自分、捜査があるんで…」 名残惜しそうに立ち上がる矢部を見て、芹沢は微笑んだ。 「ご心配は分かりますが、一刻も早く事件を解決出来るよう、頑張って下さいね」 「あ、ども」 芹沢に手を取られ、楓は矢部を見上げた。 「…」 「あ、かえちゃん…にーちゃんな、これから仕事、頑張ってくるから」 そう言うと、空いた手で矢部の手をギュッと握り、微笑んだ。まるで「きをつけてね」と…そう言っているようで。 「…ありがとぉ」 楓の栗色の髪を、くしゃくしゃと撫でる。離れても、大丈夫。心が繋がっているから… 「じゃぁあの、かえちゃんの事、よろしくお願いします」 「はい」 施設に背を向けて、矢部は歩き出す。大丈夫と思っても、やはり楓を置いていくのが心苦しくて、ふと振り返った。 楓が矢部を見ている。まっすぐに、見ている。その眼差しに、矢部は決意した。絶対に犯人を捕まえる…と。 再び前を向いて歩き出す矢部を、見えなくなるまで楓はただじっと見つめていた。姿が見えなくなると、ぐるっと踵を返して芹沢にしがみついた。保育士がいつも着ているような長いエプロンに顔を隠し、肩を震わせている。 「楓ちゃん、あなた…」 芹沢は、そっと楓の肩を抱いた。 「大丈夫よ、毎日来てくれるって言ってたでしょ?」 優しく声をかける。楓は泣いていた、矢部と離れるのが悲しくて。でも自分の為にしている事なんだと、幼いながらも分かっているから… 「ね?大丈夫よ」 芹沢の優しい声に応えるように、しばらく泣いてから楓は顔をあげたのだ。 「先輩!」 「ん?おぅ、戻ったか」 警視庁に戻ると、抜沢はデスクに書類を広げていた。 「すんません、色々と…すごく良さそうな人がいて、えー施設ですね、あそこ」 「そうか、なら次はこっちだ」 広げられている内の一枚を矢部に渡し、抜沢は意味ありげに笑んだ。 「は…?」 そこにはSWの幹部及び会員の名前がずらりと並んでいる。 「うちの課長が一課に頼み込んで、SWの人間はこっちで当たらせて貰える事になった」 「えぁ?」 きょとんとしている矢部に足に、抜沢は無言で蹴りを入れた。 「あ痛っ?!何しよるんですか…」 「変な声上げてんじゃねーよ、俺らはこれからSWの奴らに聞き込みだっつってんだろが。珍しく課長が動いてくれたんだからよ」 「あ、そーゆう事ですか…でも課長の気持ちもわかりますよ。そうでもしないと、また抜沢先輩、勝手に動きよるでしょ?すると一課との確執も一層…」 ギラッと、抜沢の目が凍てつくようなほど輝き、肘が矢部の後頭部に入った。 「だっ…」 「一言多いんだよ、お前の関西弁聞いてると頭痛くなってくらぁ…」 不機嫌そうに、抜沢はデスクの上に広げられた資料を一まとめにし、丸ごと矢部の手に無理やり持たせた。 「おわっ?!」 「お前はそれ担当、俺はこれ担当」 一方で、三枚ほどの資料をぴらぴらさせて続ける。 「そな殺生な…」 「頑張れ矢部、お前なら出来る。じゃ、俺は俺の道を行くって事で」 両手に資料を積まれふらつく矢部をよそに、歩き出す抜沢。 「ちょっ、先輩!」 「適当なとこで一度上がれよ、チビの様子見に行くんだろ」 空いた方の手をひらひらさせて、バイバイのポーズ。 「あ、はい…って、そうやなくて!」 はぐらかされそうになり、慌てて追うが、結構足が速いようで追いつく事は出来なかった。 「くっ、先輩め…」 眉を顰め、小さく呟く。だか、先ほど言われた言葉を思い出す。 「…しゃぁないか、オレは刑事やねんから」 ビッと前を見据え、矢部は歩き出した。そう、この事件さえ解決すれば、後はずっと楓の側にいてやる事も出来る。それを思えば、これくらいワケないさと自分に言い聞かせながら、資料の上部5枚程を手に取り、警視庁を後にするのだった。 刑事としての誇りを胸に、自分の出来る事をしようという決意の表れだった。 ─── 一週間が過ぎようとしていた。抜沢に渡された詰まれた資料も、残り僅か。一課でも、手がかりはまだ掴めていないようだった。 「おつかれさん」 パコン、と聞きなれた声と共に頭部を軽く叩かれる。 「あ、先輩。お疲れさまっす」 不眠不休の日々が続いている所為か、矢部も抜沢もどこか気だるそうだ。 「あとこれだけか…」 首を回しながら、抜沢は資料に目を遣る。捜査初日は確かに持っていった3枚分しか調べていなかったようだが、その分が終わると流石に多すぎる矢部担当分を、抜沢も調べていた。 上の一枚を手に取る。 「この量なら、頑張れば一日二日で終わりますよ」 「おう、そうだな…」 ん?と、眉を顰める。 「どうかしはりました?」 矢部の問いを無視し、抜沢は別の資料を手に取り、両方を見比べる。 「先輩?」 「これ、順番バラバラだな…」 「は?」 「こんなところに幹部名簿が混じってる」 その言葉に、矢部の脇から覗き込む。 「あ、ホンマですね。って、先輩がぐちゃぐちゃにしたのを無理に一まとめにしよるから」 ドゴッとみぞおちに拳が入り、矢部は口をつぐんだ。 「せ、先輩はホンマに痛いとこついてきはりますね…」 痛みに顔をしかめる矢部をよそに、抜沢はじっとその資料を見ている。 「せん、ぱい?」 「蔵内の名前がある」 ボソリ、一言。 「は?」 「蔵内宣夫だよ、ほら、去年の事件の」 ハッと、矢部の顔が蒼褪めた。去年の事件というのは、それほど大きい事件ではなかった。とある暴力団組員が刺殺された事件で、別件を公安が捜査していた。 蔵内宣夫は、その暴力団の幹部で、次期組長とうたわれた男の右腕と呼ばれていた。 「蔵内って、あの…」 「お前、蔵内と何度か話した事あったよな」 矢部は黙って頷いた。蔵内はその事件とは無関係ではあったが、事件の一端には、少なからず関っていた。酷く頭の切れる男で、矢部の苦手なタイプだった。 「こいつに聞き込みだ、行くぞ」 抜沢が言う。 「先輩も?」 「あぁ、一応刑事は二人一組で動くのが原則だからな。他の小物はともかく、こういう奴はお前一人には任せられねぇ」 矢部の目に映る世界が歪む。嫌な予感がする、椿原夫妻殺害の裏側には、知りたくない真実が隠されているようで、矢部はただ黙って抜沢の後を追った。 つづく 本格推理小説みたいだっ!!(笑) 刑事話って楽しいわ〜、ここぞとばかりに書きたいものをガガガーっと書こうと思います。 続きが気になると言ってくださる方々、もっと気になっててください(笑) 小さい楓と、若い矢部と、矢部の先輩の抜沢。そして新たに出てきた、抜沢の知り合いの芹沢、因縁深い男・蔵内。 嗚呼、ごちゃごちゃしてきた!(楽しくなってきた・笑) 2004年8月5日 |
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