[ 第37話 ]


「けどまぁ、よく笑ってられるもんだよな」
 道を歩いていると、唐突に隣で抜沢がつぶやいた。
「え?」
 何の事かと、矢部は首をひねりながら、続ける。
「何がですか?」
「ちびだよ、お前の溺愛してる」
「あぁ、かえちゃんですか…」
 確かに、言われてみればそうかもしれない。突然に両親を亡くし、今は見知らぬ場所で、ひとりぼっち。実際は大勢の人間の中にいるのだが、その表現は間違っていないだろう。
「それはあの子の、強みやと思います」
 うつむいて、矢部は答える。小さな楓の笑顔に救われ続けている自らを思いながら。
「笑う事で、自分や周りの人間の心を、癒してるってか」
 抜沢は続ける。
「だが、あんなに小せー身なりで、あそこまで強く生きる必要はない。もっと…」
 まだまだ、親に甘えたい盛りだ。強みとは言っても、時には誤魔化しにしか過ぎない事もある。言い淀みながら抜沢は、どこか遠くの方をぼんやりと眺めた。
「もっと?」
「いや、なんでもねぇよ」
 抜沢が何を言わんとしたのか、何となくだが矢部には分かった。頑張りすぎる必要はないと、もっと自分をさらけ出せばいいという意味なのだろう。抜沢の優しさを感じ、矢部はくすぐったそうに小さく笑った。
「矢部」
 少し歩いたところで、抜沢が口を開いた。
「あ、はい?」
「お前、この後の聞き込み一人で行けよ」
「え?」
 気だるそうに、抜沢は民家のブロック塀によしかかり、懐から取り出した煙草に火を点した。
「俺ぁちょっと野暮用を思い出した」
「そりゃまぁ、えーですけど…」
「じゃぁ行けよ、サボるなよ」
 足で矢部の靴の踵を軽く蹴りながら、抜沢が急かしたてる。
「あたっ、踝まで蹴らんでくださいよ、めっさ痛いんで」
「うっせー、文句言わずにさっさと行け」
 機嫌が悪いのかどうか、イマイチ分からず矢部はその場を後にした。ちらりと後ろを見やった時、抜沢は財布の中身をのぞいていた。
 野暮用…?
「なんなんやろ?」
 その時は何も知らなかったが、後で芹沢から連絡があり、抜沢が施設に行ったのだという事を聞いた。

 施設の門のところで、抜沢はぼんやりと佇んでいたという。
「珍しいわね、ここに来るなんて」
 芹沢が気づいて声をかけると、気まずそうに苦笑して持っていた大きな箱を押し付けた。
「やるよ、手土産だ」
「え?」
「ガキ共と食えよ、一番でかいの買ってきたから」
 どうやらそれは、ケーキが入っているようだった。
「…楓ちゃんの様子を見に来たのかしら?」
「いや、あー…似たようなもんだ」
 丁度昼寝の最中で、芹沢に促されて抜沢は保護者ルームという部屋に案内された。多数の子供たちが、訪れた保護者と束の間のコミュニケーションをする部屋だ。
「様子は、どうだ」
「何が?」
「…ちびだよ」
「名前で呼んだらいいのに。楓ちゃんの事でしょう?」
「分かってるんなら聞くなよ」
 ケーキを切り分けて、芹沢は室内にいる人間たちにそれを配った。
「で、どうなんだよ」
 抜沢のついたテーブルにも、小さく切り分けられたケーキが二つ。
「何が?」
 そのケーキを、より小さくフォークですくい口に運びながら、芹沢は笑う。
「だから、分かってるくせに聞くっ」
「冗談よ」
 くすくすと抜沢のイラついた言葉をさえぎりながら、抜沢の口に無理やりフォークを押し込んだ。
「ぐっ…」
「元気よ、楓ちゃん」
 押し込まれたケーキをむぐむぐとかみ締め、抜沢は芹沢を小さく小突いた。
「そうじゃ、なくて」
 ゴクン、と飲み込み続ける。
「口利けなかっただろ、まだそうなのか?」
「あぁ、その事。そうね、まだ…」
「…そうか」
「ええ」
 目を伏せて、心配そうな表情を隠す抜沢。
「優しいのね、いつになく」
「何が」
「あぁ、優しいのは昔から、だったわね。そのくせ意地悪な振りして…変わってない」
 自分の目の前の皿の上のケーキのフォークを突き刺し、押し黙ったまま抜沢は芹沢の言葉を聞いた。
「久しぶりに会えて、良かったわ。変わらないあなたに会えて…」
 そんな遣り取りが行われている事など、別の場所で一人聞き込みを続ける矢部には知る由も無かった。
「んな事よりよ、ちび、今寝てるんだろ?俺ぁそろそろ仕事に戻るよ、よろしく言っといてくれや」
 残りを一気に口に詰め込み、一緒に用意されていた容赦で流し込んで席を立つ。
「あら、顔、見ていけばいいのに」
「いいよ、様子を聞きにきただけだからな」
「そう…気をつけてね」
 去り際に、抜沢は気がついた。楓が昼寝をしているという部屋の窓のとこに、ちょこちょこ動いて見える、栗色の髪。
「…起きたみたいだぜ、ちび」
「え?あら、本当だわ」
 ちょこんと覗かせた頭に、芹沢も気づく。その二つの眼は、窓の外をきょろきょろと見ている。
「…お前を探してるんじゃねーのか?」
「違うわ」
「あ?」
「あの子が探してるのは、私じゃないの」
 あぁ、そうか。抜沢にも分かった。あの目が探しているのは…
「あぁ、矢部か」
「そう、いつもよ。ふと、思い出したかのように辺りに目を見張るのよ」
「よっぽど懐いてんだな」
「今はもう、身寄りの無い子だから…」
「頼る相手がアイツしかいないってか」
「そうなるわね」
 ふと、その二つの眼が抜沢を捕らえた。
「…なるべく、気をつけてやってくれ」
 ぱちぱちと目をしばたいて、わずかに微笑んだように見えた。
「もちろんよ」
「一応、事件現場に居合わせてるからな。近い内にこっちからも誰か警備に当たらせる」
「分かった」
 パンッ…と、背広を一度はたき、背を向ける。
「ねえ」
 背中に声がぶつかる。
「あんだよ」
 振り向く事無く、抜沢は口を開いた。
「…ありがとう」
「なんだよ」
「気にしないで」
 芹沢の言葉に、二・三歩進んで立ち止まり、抜沢はゆっくりと振り向き、口を開いた。
「由美」
 芹沢の、名を一言。門のところで背中を見送っていた芹沢は、少し驚いたような表情を浮かべていた。
「な…に?」
「…悪かったな、色々」
 それだけ言い、足早にその場を後にした。向かうは矢部が今聞き込みに訪れている人物の元。そこで待ち合わせをしているから。


 つづく


芹沢さんの名前は由美さんです、なぜか相当迷いましたが。
久々に書いたので何かどこかおかしいです、ごめんなさい。
早く調子を戻しましょう。
抜沢さんのイメージ俳優である西岡徳馬さん、なんと現在57歳です。矢部さんが44歳として…13歳の年の差ですか、上司としては丁度いいですが、実際実写で見るとなると微妙ですね。
にゃ──
2004年19月3日

■ 入口へ ★ 次項へ ■
(前のページに戻る時は、ブラウザの戻るをクリックしてください)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送