[ 第38話 ]


「あっ、先輩!」
 感じ慣れた気配を察して振り向くと、そこには抜沢が立っていた。ここは待ち合わせた場所より離れているのに…
「よう、どうだ」
「どうもこうも、やっぱり怪しいんは蔵内しかおらんですよ。他の聞き込みなんて誰か別の奴に任して、がっちり蔵内をマークしませんか?」
 せっつく矢部をよそに、抜沢は静かに懐から煙草の箱を取り出した。
「あ、どぞ」
 サッと、ライターを抜沢の前に火を点して、矢部は少し苦笑いを浮かべた。いつの間にこんな癖がついたのだろうか…多分、抜沢の下についてからだ。
「おぅ」
 矢部の苦笑に気づかなかったのか、抜沢は煙草に火を点し、煙をくゆらす。その仕草はかっこいいのだが、それよりも気になる点があった。
「先輩、あの…?」
 何となく、抜沢に一番似合わないもの。
「あ?」
「何か…ケーキの匂いがしよるんですけど」
 パチパチッと、抜沢は目をしばたく。一瞬、かなり珍しいものを見てしまったような気がした矢部だが、次の抜沢の言葉には呆気に取られるしかなかった。
「さっき食ってきたからだな、ケーキ」
「…あの、先輩?」
 仕事サボって、ケーキ?
「んな事ぁどうでもいいんだよ」
 それより、と、疑問の表情の矢部も見ずに抜沢は続ける。
「蔵内が本ホシなのは分かりきった事だが、今アイツをマークしてたって無駄だ」
「そ、そのココロは?」
「アイツはもう一仕事終えてる、だろ?」
 その自信に満ちた目つきに、思わず身震いする。そうだ、確かにそうなのだ。矢部と出会ってしまった事で、蔵内にとって、教団にとって危険な人物になってしまった椿原夫妻は当にこの世を去ってしまっている。
 他ならぬ、彼らの手によって。
 だからこそ、蔵内はもう何かをする必要はないのだ。
「さっすが…公安長いだけありますね」
「実力だよ実力。お前とはココの出来が違うんだ」
 トントン、と自らの額の辺りを静かに叩き、にやりと笑む。
「そっすか」
「俺を誰だと思ってるんだよ、天下の抜沢様だぜ」
「自分で様付け…」
「いーからっ、行くぞ」
 さすがに自分で様付けはやばいと思ったようで、それを誤魔化すかのように矢部の頭部を一発豪快叩いて抜沢は踵を返した。
「あいたっ?!」
 照れ隠しにも程がある…抜沢には聞こえないよう、小さく小さくつぶやいて、あわててその後を追った。
「で、どこ行くんすか?」
「聞き込みの続きに決まってるだろ。主犯が蔵内なのは分かってるんだ、あとは直接手を下した奴を探さないと」
「あ、そやね」
 なるほどと頷き、抜沢の斜め後ろを歩く。
「そやけど、手を下したんは一体誰なんやろか…先輩はもう何か掴んどるんですか?」
「まさか。いくら天才の俺でもそこまではまだだ、だが絶対に仕留めてやる、蔵内のやろう…」
 煙草の吸い口をギリギリ噛み締める抜沢。矢部もまた、椿原夫妻の為、楓の為にこの事件を早く終わらせるんだと、自らに改めて強く誓う。
「分かるか、矢部」
 唐突に、抜沢が口を開く。
「はぇ?」
 色々と思いを巡らせていた時で、またも変な声を上げてしまう矢部。思わずフッと表情を緩ませる抜沢は、すぐにいつもの顔になって後頭部を斜め下からはたいた。
「話を聞けよ」
「あっ、すんません…で、何が分かる言うんですか?」
「…聞いてんじゃねーか」
「まぁ、一応は」
 テレテレと頭をかく矢部を冷たい眼差しで一瞥する抜沢。
「まぁ、とにかく、俺が言いたいのはだなぁ、蔵内の性格の事だよ」
「性格、ですか?そんなんは何となく分かりよりますよ。こう、なんか女たらしっぽい…」
「ちげーよ、タコッ」
「タコ…」
「見た目の性格じゃなくて、隠してる部分だよ。人間みんな、そういう面があんだろ。蔵内の場合は、やたらにむかつく」
 イライラと、いつの間にか短くなった煙草をそのまま手放し、落ちると地面に踏みつけた。
「あー、先輩、ポイ捨てはあきませんよ」
「お前、うるせーよ、まずは話を聞け」
「そやけどポイ捨てはアウトっすよ、仮にも警察官なんやから」
 ぱこっと、煙草を拾おうとする矢部を叩き、抜沢は徐に手を伸ばしてその煙草を拾い、懐から取り出したアルミの携帯灰皿にそれをしまいこんだ。
「先輩、持っとるんやったら最初からそれに入れたらえーのに…」
「いいか、蔵内は芯まで腐った奴なんだ、あの笑顔にだまされちゃぁいけねえんだ」
 携帯灰皿を元の場所にしまいこみ、矢部の一言を無視しながら続けた。
「それは分かりますよ、いくらオレかて」
「あいつむかつくよな、本当」
 どうやら抜沢にとって、蔵内のようなタイプは本当に嫌いらしい。性格的に合わないのだろう。
「はぁ、確かに」
「でだ、前の事件の時の事を思い出してみろよ、手口が似てるような気はしねぇか?」
「前、の事件。そう言われてみると、そんな気もせぇへん事もないですね」
「あの時は、土原が手を下したんだ。分かるか?蔵内が最も慕い、いつも近くにいた土原だ」
 んー、と、矢部は首を捻る。
「それは先輩、つまり今回も、直接手を下した人物は蔵内が最も慕って、いつも近くにいる人物っちゅー事ですか?」
「形的にはな、そんな気がする。けど気になるのは、あの事件の後の蔵内の動きだ。自分の慕う人間が自首する事になった経緯が俺には見えねぇ」
「ああ、確かに」
「暴力団組員にしては、おかしいと思うんだ。あーゆう場合だったら、蔵内が土原の罪をかぶってもおかしくない。それだけ蔵内は土原を慕っていたわけだし」
 土原が自首してきた時、蔵内は警視庁の前まで同行していた。その時の事を、矢部はよく覚えている。泣き出しそうな表情で、でも目だけは爛々と輝いていて…もっともらしそうに土原と、警視庁に向かって一礼していた。
「土原が何か言うたんでしょぉかね?」
 ぼそりとつぶやく。
「それだ」
「え?」
 矢部の言葉に、抜沢が大きな反応を見せた。
「土原だ、アイツに会いに行ってみよう。何か分かるかも知れねぇ」
「え、でも聞き込みの続きは…」
 くるりと踵を返す抜沢の後を、慌てて追いかける。
「そんなんは他の奴に任せときゃいいよ」
 先ほどの、矢部が言ったのと同じ言葉。
「先輩…横暴ですて」
「何か言ったか?」
「な、なんもですわ」
 これから一体抜沢が何をしようとしているのか、この時の矢部にはまだ何も分からなかった。その後、二人が向かったのは、都外にある刑務所。手続きなど何も踏まえずにまっすぐ土原に会いに来たのだ。
「先輩、土原の刑期は何年でしたっけ?」
 刑務所内の長い廊下を歩きながら、矢部は小さく聞いた。
「あ?そんなの覚えてねーよ」
「あ、そっすか」
 刑務所の係の者に案内されて、長い廊下を進んでいく。本来ならば色々と面倒な手続きを踏まなくてはいけないのだが、担当者がたまたま抜沢の大学時代の後輩という事で無茶を押し通したのだ。
「先輩、相変わらず強引っすね」
 ぼそりと呟く矢部に苦笑いを浮かべ、係の者は抜沢と矢部の前を歩く。矢部は何となく、この係の者に共感めいたものを感じた。
「じゃ、抜沢さん、終わったら呼んで下さい」
 一つの扉の前で立ち止まると、彼はそう言って会釈し、扉を開けて抜沢と矢部が中に入るのを見届けた。


 つづく


ちょっと書けないので短めー
過去の話が一番難しいYO!!
がうー!

2004年10月10日


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