[ 第39話 ] その狭い部屋の中央には、カウンターのようなテーブルがあって、部屋を真ん中で区切るように硬化プラスチックが付けられていた。 「ああ、あんた達か」 そしてテーブルの向こう側に腰掛けているのが、土原。予想以上に穏やかな表情を浮かべて、抜沢と矢部を見ている。 「いよう大将、調子はどうだい」 抜沢はいつもの調子で声をかけ、片手をあげる。矢部はその傍らで、わずかに頭を下げる。 「はっ、ムショ暮らしに調子も何もないさ」 自嘲気味にだが、土原の浮かべる笑顔は妙にすがすがしい。 「そうもそうだな」 抜沢は笑いながら、土原の向かいのパイプ椅子に腰掛けた。椅子は一つしか用意されていなかったので、矢部はその傍らに立つ。 「刑務官も気が利かねぇな、椅子をもう一つ用意するよう俺から言おうか?」 ふっと、立っている矢部に土原が目を向けるが、それを抜沢は断った。 「いいんだ、気にするな。こいつは立ってる方が様になるから」 「またそないな事を…」 「はは、変わらないなぁ、あんたら」 犯罪者ではあるものの、土原は蔵内よりも好感が持てる…矢部は何となくそう思いながら、抜沢の一言を待った。 「で、今日は何の用だい、抜沢の旦那」 「土原よぉ、お前、刑期は何年だった?」 「おかしな事を聞くぜ」 「忘れちまったんだからしょうがねぇだろう」 全くだと、矢部は苦笑いを浮かべる。 「昔っから変わってないねぇ、旦那は。俺の刑期は35年さ、もうすぐ一年終わるがね」 「じゃあまだまだムショ暮らしが続くってわけだ」 「そういう事になるな」 会話を続ける二人を、矢部はぼんやりと見つめる。去年の取調べの時も、ほとんど抜沢が吐かせたようなものだった。 「おい、矢部、ぼーっとしてねぇで手帳にでも書き込んでおけよ」 突然声をかけられ、はっとしてあわてて懐に手を突っ込んだ。 「ところでアレだ、土原」 「あん?」 きらっと、抜沢の目が光る。 「組の奴らとの付き合いはまだあるのかい」 「あたりきよ、俺ぁ人望があったんだ。月に一度は誰か彼か顔を見せにくる」 へぇ、と、意外そうな表情を浮かべる抜沢をみて、土原は笑った。 「旦那も知ってるだろ、俺は身内にゃ優しいんだ」 「そういやそうだった」 そしてそのまま続ける。 「蔵内も来るかい?アンタを一番慕ってただろ」 と、土原の表情が変わったような気がした。なにがどうとかまでは、矢部には読み取れなかったのだが、確かに。 「どうした、ん?」 土原は、何も答えない。 「土原、どうした。答えろよ」 フッと、表情を緩める土原。 「あいつには、来るなと言ってあるんだ」 意外な言葉が返ってくる。思わず矢部は身じろいでしまったが、抜沢は至って変わらず、にやりと笑んだ。 「来るなって?何でまた。お前も一番信頼してた奴だろ?」 室内の空気が少しずつ、冷たくなっていくような気がした。無意識的に肩をさする矢部を気にも止めずに、抜沢は続ける。 「警視庁に自首してくる時だって付いてきてたじゃねぇか、一体全体、どういう風の吹き回しだい」 抜沢の口調は、どうにもからかうようなものが含まれていて、土原も思わずといった風に苦笑いを浮かべた。 「なんだい、旦那。俺をムショにぶち込んだ後でまで取り調べかい?」 クッと自嘲気味に笑う。 「いやいや、笑い事じゃねぇんだよ」 唐突に抜沢の声のトーンが変わり、土原は目を細め、視線を抜沢から矢部に移した。何かに気付いたようだ。 「…は、そういう訳かい」 矢部は何も言えずに土原から目を逸らすが、それで確信したらしい。土原は自分の目を覆うように手のひらを当て、深く息をついた。 「知ってる事を吐いてくれよ、土原」 頼むよと続けるが、口調は強請的だ。 「俺が…そう簡単に口を割る男だと思うかい」 目元を覆ったまま、土原は言う。 「さぁな、だが口を割らせるのが俺の仕事だ」 ククッと、土原は今度はおかしそうに笑った。 「あんたにかかっちゃ、どんなワルも赤ん坊みてぇなもんだな」 「おいおい、まるで俺の方が悪人みてーな言い方するな」 「紙一重だろ」 土原は、大物だった。だからこそ抜沢に対してこんな口が利けるのだと、状況に反して矢部はおかしかった。それに何だか現実感がない。 まるで、自分一人だけは別のところにいて、この光景はテレビ画面に映し出されるドラマのような…そんな気がしていた。 「言いやがるな」 にやりと笑んだ抜沢の一言に、はっと現実に引き戻される。 「大体そういう言い方するところから見て、土原、お前やっぱり何か知ってんだな」 やれやれと、土原は両手を少しあげて、お手上げだとでも言うように再度笑う。 「どうだろうな。知ってるにしろ、正式な取調べでもないのに喋るほど口は軽くないぜ。こんな簡略な面会で口を割らすつもりかい、旦那」 土原はどうやら、抜沢と矢部がこの面会に対して正式な手続きを取っていない事を知っているようだった。単純に、抜沢の性格を見越しての事かもしれないが。 だが抜沢は、気にせずに続ける。 「関係ないね、俺が刑事で、お前は俺の捜査対象だ。場所がどこだろうと正式な手続きを取ってなかろうと、そんな事は一切、関係ない」 矢部はまたもクラリとした、それはいろんな意味でだ。またなんつー横暴な事を…それでも言ってる事に間違いはないのだから、見習うべきか否か。そんな事を思いながら、ちらりと土原の表情を伺ってみると、笑っていた。 口元に笑みを浮かべている…という表現の方が正しいかもしれない。 「あいつ…」 そうして静かに、口を開いたのだ。 「ん?」 「あいつ、蔵内…何かしでかしたのか?」 大きく息をついて、抜沢は席を立った。 「先輩?」 蔵内が何をしたか、説明はしないんですかと言う様な表情で矢部は抜沢を見遣るが、抜沢は土原に背を向けて、出入り口のドアの取っ手に手をかけた。 「旦那?」 土原も不思議そうに声をかける。 「先ぱ…」 「去年」 矢部の言葉を遮るように、ドアの取っ手に手をかけたままで抜沢は口を開く。 「お前が殺したのは、お前の身内とも呼べる、同じ組の奴だったな」 唐突に、話し始める。 「あ、あぁ…」 「動機は確か、そいつが余所の組に情報を売ってた裏切り者で、組長のガキを傷つけようとしていたから…だったよな」 「そうだ。おやっさんの、お嬢さんを手篭めにして次代になろうと画策していた、から」 組長の娘は、まだ16歳の少女だった…そしてその男の事を、苦手としていたらしかった。 「丁度、その場面に出くわして、衝動的にやった…と言っていたっけな」 それはつまり、土原は少女を守るために、自ら手を下したという事。 「でも先輩、確か、そのずっと前から殺害の計画を立てていたという話じゃなかったでしたっけ?」 ここぞとばかりに矢部は口を挟む。 「ああ、そういう風に土原、お前は自供してたな」 土原は何も答えようとしない。 「殺そうとしていた奴が、たまたま組長のガキに手を出そうとしていたから、計画より先に殺した…だろ?」 土原は、まだ何も言わない。押し黙ったままだ。 「お前はそう自供したし、蔵内に参考の取調べをした時も似たような事を言ってた」 「そうさ、その通りだよ。だから俺は今ここにいるんだ」 ようやっと口を開いたかと思うと、どこか投げやりな口調。 「だが、お前はまだ何か隠してる。1年前、俺らが気付く事のなかった何かを」 背を向けたまま、抜沢は言う。 「明日この矢部をもう一度来させる、全部にこいつに話せ」 えっ?!と驚く矢部を余所に、抜沢は取っ手を捻り外に出てしまった。土原も目を丸くしたままで、どうしようかと思いつつも、矢部は慌てて抜沢を追って部屋を出た。 「抜沢先輩っ、何なんですか今のっ?!」 戸を閉めてから、詰め寄る。当の抜沢は面倒くさそうに大きな欠伸をして、何も言わずに廊下を進みだした。 「先輩っ?!」 「うるせぇ、お前声がでかいんだよ」 「なっ?!」 どんなに長い時間を共に過ごしても、いつまで経っても、矢部は抜沢の心内を読む事が出来なかった。 「明日になりゃぁきっと、土原は口を割るだろうよ。話を聞くのはお前の仕事だ」 ただそれだけ言って、廊下の終わりで待機していた抜沢の大学時代の後輩である係員に、面会の終わりを告げたのだった。 つづく あー、39話書くのにエラい時間を費やしてしまった。しかもなんか小難しい… 過去の事件までもぐっちゃらけ(笑) でも、ほんっとうにウエヤマが出てこない話ですね… どんくらいの方々が目を通してくれているのか、ふと不安になってしまった今日この頃です。 恐ろしく長いしね(笑) 2004年10月17日(昨日弟の誕生日でした) |
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