[ 第40話 ]


 翌日、矢部は抜沢の実力を思い知る事となった。
「矢部さん…つったよな、確か」
 昨日と同じ面会室で、昨日と同様、正式な手続きをする事無く、矢部は土原と向かい合っていた。
「あ、はい」
 だが、パイプ椅子に腰掛けているのは抜沢でなく矢部で、当の抜沢は一人でどこかへ行ってしまっていた。
「そう堅くなるなよ、とって食うわけじゃないんだからよ」
 緊張している矢部を、土原はリラックスさせるかのように小さく笑った。
「まぁ、昨日の今日で緊張するなって言う方が無理な話かい」
「あ、いや、そういう訳とちゃうんすけど…」
 慌てて手を使ってまで否定するが、実はどんぴしゃ、その通りだ。土原が本当に真実を明かすのかとか、抜沢が一体何を考えて行動しているのかとか、矢部には分からない事ばかりで混乱気味でもある。
「けどあんた、何となく似てるよな、抜沢の旦那に」
「えっ、そうすか?」
 しかも、昨日はあの後、楓に会いに施設に行った時、芹沢から抜沢が来たと聞いて余計に混乱したのだ。ケーキの匂いの理由まで分かってしまったし。
「顔つきとかは全然違うけどよ。なんつーか…目の光り方が似てる」
「目の、光り方?」
 矢部は首をかしげた。確かに、抜沢ぐらいのベテラン刑事ともなれば、捜査中に怖くなるほど目が光る。また、真実に近づいた際のあのギラリとした光り方も…憧れはするものの、自分には到底無理だと思っていた。
「ま、それはさておき、今日は俺の話を聞きにきたんだろ?どうせまた、係員を脅して正式な手続き踏んでないんじゃねぇのか?」
 土原の言葉に、うっ…と矢部は思わず呻いてしまった。実際そうなのだ。矢部自身は正式な手続きを踏もうとしていたのだが、どうやら昨夜の内に抜沢が手を回していたようで、今朝ここに訪れると昨日の係員が駆け寄ってきて「あの人は本当に横暴だよね」と苦笑いを浮かべながらここまで矢部を案内してくれたのだった。
「あの、その事なんやけど、土原…さんはホンマに何か、オレらに隠してはったんですか?」
 どう言えばいいのか分からないが、しどろもどろに聞く矢部を見て土原は笑った。
「抜沢の旦那がそう言うんだ、何もない訳ないだろ」
「そんなもんすか?」
「違うのかい?」
「…さぁ?」
 堪え切れずに土原は、声を上げて笑った。
「ははっ、面白いなぁ矢部さん。あんた、生まれはどこだい?」
「え?オレは大阪の出っすけど…」
「へぇ、関西弁だからそうなのかとは思ってたけど、本当にそうなんだ」
「はぁ、まぁ」
 クックッと、何度か喉を鳴らして笑った後、土原は改めて口を開いた。
「なんで抜沢の旦那があんたをここに一人でやらせたか、わかった気がするよ」
「えっ?!ホンマですか?なんでなんですか?オレは全然検討もつかんで…」
 思わず立ち上がって聞き込んでくる矢部を見て、土原はまた笑った。
「あんた…矢部さん、天然なとこあるだろ。なんか、黙ってちゃいけないような気になってくるんだ」
 はぁ?と、矢部は再度首をかしげた。
「話してやるよ、俺の知ってる事全部」
 おもむろに土原は言った。
「ただ、俺としては去年の取調べの時も全部話したつもりだったから、俺が隠してるらしい事ってのはよくわからないんだ」
「え?」
「けど抜沢の旦那があぁ言うんだ、きっと、あるんだろうな。無意識的に俺が口にしなかった何かが、さ」
「それは…」
「それは矢部さん、あんたが判断するんだ」
「はぁっ?!」
 土原の言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。それを見て、土原はまた笑った。
「そうだろ?大体、俺にはあんたらが今何を調べてるのか…それすら分からねーんだぜ、隠してるって事も、自分じゃ検討もつかねぇ」
「そらっ、そうかもしれへんけど…そやけどっ」
 土原が、自分じゃ分からないといった事すらも信用して良いのか分からないのに、どう判断しろというのだろう…矢部は心の中で呟きながら、じっと土原を窺った。
「とりあえず話すけど、いいか?」
「え?あ、よ、よろしくお願いします」
 それから長い時間をかけて、土原は延々と喋り続けた。無理もない、事件が起きた一年前の事情聴取の際には、全てを話すのに三日は費やした。それをわずか一日で矢部に聞かせなければならないのだから。
 丸一日、だ。昼食もとらずに土原は話し、矢部は辛抱強くそれを聞いた。ただ、係員がお茶の入ったポットを持って様子を見に来た時はだけ、少しばかりの休憩とでも言うような静かな間があったが。
「疲れたかい?」
 頭を伏せて、小さなノートにびっちりと土原の話しを書き込んでいた矢部に向かって、土原は唐突に声をかけた。
「え?」
 顔を上げると、矢部の顔から疲れた表情は見えなかったのか、土原は小さく微笑んだ。
「そうでもないみてーだな」
「え、何がですか?」
 矢部の耳に、土原の疲れたかは聞こえなかったらしい。ただ一生懸命、事件のあらましをノートに書き込んでいたから。
「いや、気にするな。あと少しで終わるから」
「話ですか?」
「ああ」
 ふと、矢部は自分の手元を見てから、視線を土原の方へと移した。
「どうかしたかい?」
「え、あ、いや…ちょぉ驚いたもんで」
「驚いた…って、何にだ?」
 再度、手元のノートを見やり、矢部はまじめな顔で言った。
「一年前の事、よぉ覚えてはるなぁって」
「あー、その事か。そりゃ、確かに昨日までは忘れかけてたよ。けど、な、抜沢の旦那があんな目ぇギラギラさせてんだ、思い出さないわけにもいかねぇだろ」
「確かに」
「一晩かけて必死こいて思い出してたんだ、あんたに話せるようにな」
「そら、どぉも…」
 そう言われると、何だか悪い気がしてくる。
「まぁ、自分の犯した罪を再認識するいい機会だと思えば、そう苦でもないけどな」
「そんなもんっすか?」
「なんだよ、俺が反省してちゃおかしいかい?」
「えっ、いや、そんな、滅相もない」
 クッと、土原は堪え切れずに喉を鳴らして笑った。
「ま、ふてぶてしいのは変わらねぇだろうがな」
 自嘲気味に、節目がちに。
「そんな事は…」
 ないとも言い切れない…なんて思いながらも口には出さず、矢部は大きく息をついてノートに目を落とした。
「さて、続けるか」
 土原もその空気を感じ取り、口を開く。
「お願いします」
 そうしてまた、土原は喋り、矢部は書き取っていく。ひたすらに長い時間が過ぎていく…
 ───カッン…数時間後、ペンを置く音が室内に響いた。
「死…」
 喋り終えた土原が、徐に顔を伏せながら呟いた。
「え?」
 ペンを置いたのは矢部。置くというよりも、むしろ放り投げるという表現の方が正しいかもしれない。二人とも向かい合ったままで、疲れた表情を浮かべている。
「あんた…矢部さん、しぶといな」
 土原は妙にぐったりとしている。
「す、すんません」
 土原のぐったりしている理由…それは、矢部にあった。実は土原の喋りは、3時間前に終わっていたのだが、最後のこの3時間、矢部の執拗な質問があったのだ。
 申し訳なさそうに頭を少し下げる矢部を見て、土原は呆れながらも笑みを浮かべた。
「いいよ、気にすんな、あんたの仕事だ」
 それでもなお、大きく息をついてお茶を口に含む。矢部の質問は、まさに執拗だった。
「ども」
 土原が喋り終えてから、ずっとノートに書き綴っていて気になった点を事細かに聞いていたのだ。それはすでに、話を聞くだけのものではない。刑事が容疑者を問い詰めるかのような、取調べとなんら変わりない。
「ま、それが何かの役に立つのなら、これも無駄じゃないって事だろうな」
「そうすね、ホンマに、長い時間ありがとーございました」
 矢部も、徐に立ち上がって背中を伸ばしながら笑顔を土原に向けた。
「帰るのかい?」
「え?あぁ、まぁ。もう…面会時間も過ぎますし」
「それもそうか」
 ずっと室内にいた為か、時間の感覚がおかしい…腕の時計に目をやって、初めて日が暮れ始める時間だと気付いたほどだ。
「あんたらにとっちゃぁ、これからか。まぁ頑張ってくれよ」
「そうします、土原さんが話してくれた事、無駄にせんように」
「頼むぜ、これで何も進展出来なかったなんていう話が俺の耳に届いてみろ…呪うぞ、外にゃ出れないからな」
「か、勘弁してください」
 ふっと、お互いに目が合って、笑った。
「ま、アレだ。他に何か聞きたい事が出来たら、いつでも来てくれよ。それ以外でも、な。獄中生活は暇でしょうがない」
「はい、是非…あ、土原さん、朝オレが来た時に言うてましたよね」
「ん?」
「オレが、抜沢先輩に似とるって」
 あぁ、そんな事も言ったな…土原は笑ったまま答える。
「オレ、土原さんも先輩に似とると思いました」
 大物であるその素振りや口調、内からあふれるオーラは、とても良く似ていると思った。
「はは、俺は旦那より、ずっと冷酷なヤツだよ」
 だがそれを、土原は笑いながら否定する。


 つづく


あー、疲れた。
何か話の流れが違う方にいってる気がしないでもない。
疲れますぃた。
土原のキャラがなんとも抜沢に似通っていて微妙…反省!

2004年10月21日

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