[ 第42話 ]


 くりっとした大きな目の、可愛い感じの女性だった。
「あの、私、お酒はちょっと…」
 マッシュルームみたいな髪型がよく似合っているその女性は、一度は手にしたお猪口を静かに置きながら抜沢に頭を下げた。
「あぁ?あー、まだ17だっけか?気にすんな、俺が許すから呑め」
 上機嫌な抜沢のその言葉に、ぴんと来た。道理でどこかで見たような気がしていたのだ…
「先輩、一応警察官なんやからそないな事言うたらあきませんよ」
 女性は苦笑を浮かべつつ、矢部にも会釈。
「何だよ、矢部、お前は成人するまで一滴も呑まなかったのか?ん?」
「そーゆう訳やのうて…」
「いーから呑め」
 ずいっと、小さなお猪口を女性の前に掲げて抜沢はにやっと笑った。その抜沢の肩越しに、矢部はレクチャーする。
 呑むフリで誤魔化せ…と。女性はどうやら矢部の意図を汲んだようで、そっと猪口に口をつけた。
「ほら、先輩も呑んで呑んで」
 すぐに助け舟よろしく抜沢の前にある猪口に酒を注ぐ。
「ん?おう、気が利くな」
 抜沢の視線が女性から別の場所に移ると、板前の男性が見越していたかのように、女性から酒の入った猪口を受け取り自らぐっと飲み干した。
「で、先輩は今日は何をしとったんですか?」
 自分に土原の話を聞きに行かせて、一体何をしていたのだろうか…改めて浮かぶ疑問をストレートに聞く。
「この嬢ちゃんに会ってたんだよ、去年の話を聞こうと思ってな」
「あぁ、そやったらやっぱしそん子は池内の」
 池内律子、17歳。去年の事件の原因となった、襲われかけた少女だ。
「あ、はい。その節はお世話になりました」
 ペコリと頭を下げる律子。去年、矢部も事情聴取に同行したので当然面識はあった。が、去年に比べるともっとずっと大人っぽく見える。17歳なら、まだ高校生なのに。
「え?オレは何もしてへんけど…そやけど、何や変わりましたね、最初全然分からへんかった」
 10歳近く年の離れた律子に、矢部は丁寧に声をかける。
「この嬢ちゃんよ、あの事件の後アメリカに留学してたんだとよ」
 なぜか抜沢が答えるのを、へぇーと頷く。
「祖父が、こっちに居るよりはいいだろうって」
 律子の祖父…というと、組の代表、組長だ。
「へぇ…」
「うちはあーゆう仕事をしてますし、あんな事もあったから、学校には居づらいだろうって。だから向こうで単位取ってきたんです、英語も覚えれたし」
 にこりと微笑むまっすぐな眼差しに、この子はいい子だな…と、矢部も笑みを返した。
「じゃぁ今は?」
「今は向こうの学校が長期の休みで、祖父たちの事も気になったので一時帰国なんです」
「その話を聞きつけて、俺が呼び出しかけたんだ」
 律子と矢部が話してる間に、銚子一本をあけた抜沢が身を乗り出して会話に入り込んできた。
「そ、そやったんですか」
 コトン、と、矢部の前に小鉢が置かれた。
「どうぞ」
 女将がそう言って、抜沢や律子の前にも同様のものを用意する。
「お、矢部、遠慮しないで食えよ。俺のおごりだ」
「え。先輩のおごりですか?!め、めずらし…」
 その後、少しして店に律子の迎えが来て、矢部と抜沢と、店の二人に礼をして律子は帰っていった。
「先輩」
「んー?」
 律子がいなくなって数分後、銚子を次々とあけていく抜沢に矢部は声をかけた。
「あの、律子さんには何を聞いてはったんですか?」
「んん、おー、去年の事だ」
「あの、そやから去年の何を…」
「それよりおめぇよぉ、土原から聞いた事をまず俺に報告しろよ」
 ぐっと、思わず食べていたものが喉に詰まりそうになり、手元のコップを引っつかんで水でむりやり流し込んだ。
「す、すんません、報告遅れまして…」
 そして慌てて、鞄からノートを引っ張り出す。
「ノートに取ったのか、やるじゃねぇか」
「ども」
 せきこみながら、そのノートを抜沢に渡す。が、なぜか抜沢は、ノートを開く事なく突っ返してきた。
「え、先輩?」
「俺が知りたいのは、お前の考えだよ」
 呑んで、相当酔っているにも関わらず抜沢の目は、ぎらぎらと輝いている。捜査をしている刑事の目だ。
「オレの、考え…」
「おう、お前が見つけた、新しい真実だ」
 抜沢に言われて、改めて矢部は考えを巡らせる。ここにくる途中の電車の中でも考えたが、矢部には新しい真実なんで、何一つ分からなかった…
「あ…と、あの、先輩…」
 分からないと言えば、首でも絞められそうな勢いだ。
「あんだよ、早く言えよ」
「あの、実はオレ、その…」
 どう説明したらいいのか分からない矢部は、しどろもどろになりながら、抜沢の目を見る事も出来ずに口ごもる。抜沢の怖さはよく知っている…だからこそ余計に。
 ポン…唐突に、頭に手を置かれた。
「は?」
「分からない…か?」
 ぎらぎら輝く鋭い目つきは、矢部の目を突き刺す。けれど、何だか違うような気がする…
「先…輩?」
「いいんだ、それでいい。そんな簡単に分かるわきゃねぇって事は最初から分かってる」
「え?」
 矢部につき返したノートは、カウンターテーブルに置かれていた。それをおもむろに手にとって、抜沢は矢部の手に丸めて握らせた。
「家に帰って、探せ」
「え?何を…」
 はっとした。聞くだけでは駄目なんだと、口ではなく目で言われたような気がした。
「あ…はいっ!ほな、ごっそーさんでした!」
 聞いた事を頭の中で整理して、組み立てて、穴を埋めていけばいい。それで真実は見つかる。矢部は勢い良く立ち上がると深く礼をして、カウンターの内側にいる女将と板前に会釈して、店を飛び出していった。
「旦那、なかなか有能そうな後輩さんですね」
 板前が、新しい銚子を抜沢の前に置きながら言った。
「おう、頭は悪いがな」
「お気に入りなんですか?」
 今度は女将が、少しおかしそうに、新しい料理の小鉢を置きながら言った。
「頭は悪いがな、根性はかってるんだ」
 三人がクックとおかしそうに笑っている間、矢部は夜道をひた走る。自分に出来る事を見つけた瞬間だ。
「先輩もっ…人が悪い!おまけに怖い!」
 筒状に丸めたノートを握り締めて、そのまま寮まで走って帰った矢部は、自分の部屋に着くなりどさっと倒れこんだ。無理もない、終電がとっくに過ぎていた事もあって、あの店からこの警察の独身寮まで帰ってくるのに、三時間もかかったのだから。
 ゼエゼエと呼吸を乱したまま、額に浮かぶあせもぬぐう事無くノートを開く。倒れこんだまま。
「あの目、怖すぎやねん」
 かすれる声で呟いて、剥がす様にゆっくりとページをめくっていく。その間に全ての文字を読んでいく。
 寮についた時点ですでに時計の針は午前三時を刺していた。走り続けた疲れもあったが、わずかでも眠ってしまえば考えがぐちゃぐちゃになってしまう…そんな思いを抱いて、眠い目をこすりながらひたすらノートの中身を読んでいった。


 つづく


短め。
すいません、誰か助けてください(苦笑)
中途半端ですが回想から無理やり今に移そうと思います。
ちょっくら過去の中身を整理しますわ(笑)
久々に今の方の彼らのやり取りも書きたいし…ね!
2004年11月15日

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