[ 第44話 ]


「ハイは一回!」
 奈緒子の態度に業を煮やし、矢部は苛々しながら軽く睨み付けた。
「そんな目しないでくださいよ…」
「どうでもえーからはよ話さんかいっ」
 その苛々した様子を察しながらも、奈緒子は焦らすように、口を閉じた。
「…おい」
「楓さん、元気ですか?」
 詰め寄ろうとした瞬間、奈緒子が矢部の言葉を遮るように口を開いた。
「は?」
「楓さんですよ。私、しばらく楓さんに会ってないんですけど、元気ですか?」
 三ヶ月前のあの事件の一週間後、様子を見に矢部のマンションを上田と訪れたきり、何かと慌しくて、奈緒子は一度も楓に会っていなかった。
「あ、あぁ…まぁ、元気やで」
「そうですか」
「…また、上田センセとでも来いや。かえちゃんも喜ぶやろうし」
「そうですね」
 ふっと、途切れる会話。
「…で?」
「で?」
 矢部が奈緒子を促すが、当の奈緒子は何の事か分からず首をかしげた。
「話や、話」
「あぁ、そうでした」
「忘れるなっちゅーに」
 えへへと笑う奈緒子に、呆れながら息をつき、矢部は視線を静かに空の方に移した。
 …降りだしそうやけど、まだ大丈夫やろな。
「じゃぁ本題、楓さんの事なんですけど」
 唐突に奈緒子が口を開いたので、灰色の空から視線を奈緒子に戻す。
「ん」
「楓さん…今はどんな感じですか?」
「どんな感じて?」
 奈緒子の質問の意味が分からずに、首をかしげる。
「前に矢部さんちにお邪魔した時、楓さん…一人じゃ外に出られないって言ってたじゃないですか。今はどうですか?」
「あぁ、そーゆう意味か」
「ええ、そういう意味です」
 おもむろに、ズボンのポケットに手を突っ込んで、矢部は静かに口を開いた。
「だいぶ、えーよぅなってきたで。昼間やったら外にも一人で出られるようになってん…そやから昼間だけやけど、バイトにも」
「バイト…」
「オレの知り合いにな、ちょうど人手が欲しい言う奴がおってん。そやからちょっと脅し…やなくて、頼んだんや」
「脅したのか…」
 顔を見合わせ、矢部は苦笑いを浮かべるが奈緒子は呆れたように息をついて、目を細めた。
「それはえーやんか、別に」
「まぁ、それはそうですけどね」
「で、話ってそれだけなんか?」
 ちらりと、もう一度空に目をやる。そろそろ降りだす頃かなぁと心の中で呟きながら。
「まさか、それくらいなら電話で聞けるじゃないですか」
「それもそうやな、じゃぁ他にまだあるんか、話」
 ええ、と、奈緒子は少しうつむいて、小さく頷いた。
「そやったらはよ言えや、オレかて暇やないんやで。この後も張り込みあるし」
「あ、そうですよね。仕事中だったんでした」
「えーからはよ言え」
 何かを躊躇っているような奈緒子を急かすが、どうにも核心を言わない。仕事の合間に呼び出しておきながら言うのを躊躇うほど、深刻な内容なのかもしれないなと思いあぐねきながら、矢部はてくてくと歩き出した。
「矢部さん?」
 慌てて奈緒子が後を追ってくる。
「雨、降りそうや。場所変えた方がえー」
「あ、なるほど」
 てくてくと、二人は少し歩く。矢部はどこに向かうか決めていたらしく、公園のほぼ中央に位置する見晴台の階段を上った。屋根がついているのだ。
「矢部さーん…どうせなら、公園の外ですけど、喫茶店とかに入りましょうよ」
 奈緒子が不満そうな声を上げる。
「そんなトコに入ったら、必然的にお前に何か奢らなあかんようになってまうやないけ」
「ケチケチすんな」
「ちったぁ遠慮せぇ」
 悪態をつき合いながらも、矢部は階段を一段一段上っていき、奈緒子は渋々と後に続く。
「あ」
 奈緒子の声。ポツリポツリと、小さな雨粒が降ってきた。ちょうど見晴台のてっぺんに上りきった時の事。
「降ってきよったな…ま、でも通り雨やと思うから」
「へー、勘ですか?」
「そや」
 ポツリ、ポツポツ…少しずつ、雨音が激しくなっていく。周りの音も雨音にかき消され、不思議な静寂が辺りを包む。
 ほぉ…と、そんな静寂の中で、矢部は小さく息をついた。
「ため息つくと幸せが逃げるって言いますよ」
「そんなんただの迷信や」
「わからないですよぉ〜」
 クスクス笑い出す奈緒子を一瞥し、矢部はベンチに腰掛ける。
「どうでもえーから、はよ話を進めろや…ってなんべん言わす気やねん」
「あぁ、すみません。つい」
「何がついや」
 まぁまぁと宥めながら奈緒子は、矢部の腰掛けているベンチの裏側に回り、ひょい、と背もたれ部分に腰を下ろした。
「お前…なんや行動がガキくさいで」
「何言ってんですか、愛くるしいと言ってください」
「…どこがやねん」
 ぺし…いつもの仕返しと言わんばかりに、奈緒子が矢部の後頭部をはたいた。
「あだっ?!何すんねんお前!」
「大丈夫ですよ、ずれないように気を付けましたから」
「そういう問題ちゃうわボケェ!」
 叩かれた辺りを必死で整えつつも、軽く睨み付ける。が、等の奈緒子は我関せずというような顔で自分の長い黒髪の、毛先をいじっていた。
「あ、そうだ」
 唐突に口を開く奈緒子。
「あ?」
「また話が脱線するところでした…」
「…ホンマや、時間が無駄に過ぎていくっちゅうんはこういう事を言うんやな…って、黄昏とる場合やないっつの!」
 一人頷いていたかと思えば、ぐるんと上半身を回転させて矢部は背もたれに腰掛ける奈緒子の額を豪快にはたいた。
「あにゃっ?!や、矢部…ノリ突っ込みは一人でやってろ…」
「うっさいわ…」
「じゃぁとりあえず本題へ」
「さらっと流すなぁ…」
 顔をお互いに見合わせると、なんとなく笑みを浮かべてしまう。目を細めてクスリと笑ってから、奈緒子は小さく呼吸を整えて口を開いた。
「矢部さん」
「ん?」
 その空気で、やっと本当に本題に入るのだと矢部は感じ、思わずはにかんだ。
「楓さんは、もうだいぶ大丈夫だって言ってましたよね」
「ん、あー、あぁ、多分な」
 ふっと和らぐ矢部の表情を見逃さない。
「あ、矢部さん、何か優しい顔してますよ」
「は?」
「ところで楓さん、まだ矢部さんの部屋で寝泊りしてるんですか?」
 脈絡なく進む話に、どう相槌を打てばいいのか分からないと言った様子で、とりあえず矢部は頷いた。
「まだ夜は…外に出られんみたいやから」
「三ヶ月じゃまだ、駄目なんですね」
 少し俯いて、奈緒子は目元に影を落とした。
「お前…何が言いたいんや?」
「色々、ですよ」
 奈緒子自身、あの事件では事情聴取の後、上田に一晩中傍にいてもらい、ようやく心が落ち着いたのだ。だから、攫われて、襲われかけた楓なら…その身と心に刻まれた恐怖は計り知れない。
 それでも、矢部がずっと傍にいた事で癒されてきたと言うのなら、それはつまり…、
「矢部さんって、結構過保護ですね」
「…あかんか?」
「いーえ、それは矢部さんの優しさだと思いますから」
 奈緒子の言葉に、矢部が優しげな微笑みを浮かべた。
「…大事やもん」
 あの子は一人ぼっちなんや…そう続ける矢部に、奈緒子はそれもそうですねと同感し、タトン…と軽やかな靴音を立ててベンチの背もたれから降りた。
「ま、矢部さんが楓さんを大事に思ってるのなんて、見てたら分かりますけどね」
「そんなもんか?」
「ええ」
 照れくさそうに、首の後ろを掻きながら、矢部は息をついた。


 つづく


何か違うなぁ…でも直しづらいからこのままで(笑)
少しずつ進めていかないとね〜
何気に奈緒子と矢部の二人舞台だ!!
でも予定の季節と違うよ…ぎゃふん。

2004年12月14日

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