[ 第47話 ] それは全くの偶然だった。二人がよく会っていた公園はお互いに嫌な思い出で塗りつぶされてしまっていたし、彼女の方は前のとは違うバイト先で、明るい内にいつも上がらされていたから余計に、顔を合わせる機会は減っていた。 「あ…」 丁度、昼食時。バイト先の近くの、小さな公園の小さなベンチに腰掛けて、サンドイッチを頬張っている彼女の姿を見つけて、奈緒子が声を漏らした。 どこか少し、寂しげに見えるのは気のせいだろうか…ぼんやり見ていると、彼女はふっと、顔をこちらに向けた。 「あ、奈緒子さん」 ふわっと、微笑む。 「楓さん…こんにちは、お昼ですか?」 「ん、そう。でも何だか、今日は食欲がなくて…」 ふぅ、と息をつき、楓は膝の上に乗せたランチボックスに目をやった。まだ半分以上残っている。 「食欲ないって…大丈夫ですか?」 奈緒子にとっては、大問題だ。 「んー…最近暑いから、夏ばてかなぁ」 「そうですねぇ、今年の夏も、暑いですもんね…」 二人しみじみと、目を空に向けた。ぎらぎらと照りつける太陽の陽射しと、目に痛いくらいの眩しく濃い青空。 ─── グゥ… 唐突に、奈緒子の腹の虫が鳴った。 「うあっ…」 思わず顔を赤らめて、楓に表情を見られないようにそむける奈緒子。それを見て、楓は微笑んで口を開いた。 「奈緒子さん、お昼がこれからなら、これ…良かったら食べて」 ランチボックスを差し出す。 「えっ、い、いいんですか?」 赤と白の、チェック模様のランチボックス。その中には、白とココア色の、サンドイッチ用のパンで作られたサンドイッチ。具はどうやら、ハムにタマゴ、レタスにチーズ、ツナマヨとキュウリ…と、見栄えもバランスもよく考えられたものが挟まっているようだ。 「残しちゃうのもったいないし、こういう日に限って作りすぎちゃって。ケンおにーちゃんの方にもう少し多めに入れればよかったかなーなんて、今更後悔」 クスリと照れくさそうに笑いながら、楓は奈緒子に隣に腰掛けるよう促した。 「へぇー、矢部さんにも作ってるんですか、お弁当…」 お言葉に甘えて頂きますと、奈緒子は腰掛けて一切れを手に取った。 「時々ね、早めに起きた時とか、散歩の前に作るの。おにーちゃん喜んでくれるし」 へぇ〜…と相槌を打ちながら、一口かじる。 「あ、美味しい…」 「そう?良かった。あ、パンって食べてると喉渇くよね、これもどうぞ」 と、小脇に置いたバックから、楓は小さな水筒を取り出して中身を蓋のコップに注いだ。 「あ、どうも…ありがとう」 暑さもあるので、飲み物は嬉しかった。よく気の利く楓に感心しながら、これまた遠慮なくそれを飲む。 「ん、コーヒー牛乳…ですか、これ?」 「そう。あ、嫌いだった?」 「え?あ、いえいえ、ちょっと意外だったもので」 サンドイッチを片手に、逆の手にコップ。そのまましばし、奈緒子は楓と顔を見合わせて、笑った。 「サンドイッチ食べる時、コーヒー牛乳が欲しくなっちゃうの、私」 くすくすと、笑う。 「確かに、合いますもんね」 「でしょ」 久しぶりに顔を合わせて、言葉を交わして…何だか懐かしくて、楽しい。奈緒子はそんな事を思いながら、残りのサンドイッチも綺麗に食べた。 「あー…美味しかった。楓さんって料理上手ですねぇ、ご馳走様でした」 満足そうに笑い、ランチボックスと水筒を返すと楓も嬉しそうに笑った。 「お粗末さまでした」 「ちなみに毎日のご飯も、楓さんが作ってるんですか?」 ランチボックスを鞄にしまう楓の横で、おもむろに奈緒子が問うた。 「うん、だって私、居候だから…せめてそれくらいは」 「へぇ〜…あーぁ、いいなぁ矢部さん。美味しい手料理を毎日食べられるなんて」 羨ましそうに空を見上げる奈緒子に、楓は照れくさそうに微笑んで見せた。 「あのね、ケンおにーちゃんの方が料理上手なのよ」 自分なんかまだまだ…そう続ける楓を、奈緒子は微笑ましそうに見つめる。 「私も一回食べた事ありますよ、矢部さんの手料理」 ずいぶん前の話だけど…懐かしそうに言う。 「そうなんだ」 「なんだっけなぁ…チャイニーズ何たらとかいう、妙な料理で」 「ふふ」 また、顔を見合わせて笑う。 「あ、そうだ。ねぇ奈緒子さん」 と、今度は楓が唐突に口を開いた。 「え?何ですか?」 「来週末、夜って時間空いてます?」 突然の事で、奈緒子は首をかしげる。来週…末? 「えーっと…ちょっと待ってくださいね」 小さな籐の手提げ鞄を漁り、小さく折りたたまれた用紙を取り出す。バイトのシフト表だ。 「来週…来週の週末は…、日曜日だけバイト休みなんで、空いてますよ?」 二枚のシフト表を睨み付けた後、顔を上げて楓を見遣る。 「良かった!じゃぁ、上田先生と一緒に、四人でお祭り行きません?」 その言葉に、きょとんとする。 「お祭り…?」 そういえば、そういう季節だ。もう随分と耳にしなかった響きに、少し胸がドキドキする。 「そう、お祭り。ケンおにーちゃんのマンションのね、近くにある神社の境内から、公園まで続く通りが毎年凄いんだって」 「お祭り…」 少し熱っぽい楓の説明に、奈緒子も移ったように熱っぽく繰り返す。 「露店がずらーっと並んで、花火も上がるって。毎年煩くてかなわないっておにーちゃんは文句言ってたけど…」 「露店…って、焼きそばとか焼き鳥とか、わたあめとか?」 奈緒子の脳内に、露店の定番メニューが次々と浮かぶ。 「そう、りんご飴とか…カタヌキとか射的とか」 「た…楽しそう」 「でしょっ!」 キラキラと期待に満ちた楓のまなざしに、もう何もいえなくなる。 「い…行きましょう、お祭り」 やった♪…と、楓の声。 「私ね、日本のお祭りってすっごく久しぶりなの!イタリアから長崎に来た時も、学校が凄く厳しくて行けなかったし…」 「高校出てからは?」 「私の住んでた地域では、三年に一回しかお祭りがないの。で、その三年に一回のお祭りの日に私、熱出しちゃって」 あちゃー…と、奈緒子は自分の事のように残念そうな声を上げた。 「じゃぁ、なおさら行かないと、ですね」 「うん。良かった、奈緒子さんが乗ってくれて」 「何でですか?」 「おにーちゃんにね、何だか言い出しづらくて。でも奈緒子さんたちと一緒に行きたいって、そういうのなら言えそう」 にこっと、微笑む楓の心情が少し見えたような気がした。きっと矢部は、楓にはとても優しいんだろう…だから、それ以上の我侭が、言えない。 「なら私が楓さんと矢部さんを誘った事にして、矢部さんに言ってあげますよ」 「え、いいの?」 「もちろんですよ。あ…でも、大丈夫なんですか?夜…ですけど」 矢部から話は聞いている。夜はまだ恐くて、一人じゃ外には出られないと。 「一人じゃないから、大丈夫」 奈緒子さんと一緒だし。そう微笑みながら続ける楓が、少し心配だ。 「それにお祭りだもん、凄く楽しみ」 心配だけれど、こんなに楽しみにしているのだ。矢部も上田も一緒だし…大丈夫かな、と、奈緒子も微笑んで返した。 「あ、そうだ」 「え?」 「あのね、折角だから、奈緒子さん…」 少し俯いて、楓は照れくさそうに上目づいて奈緒子を見遣る。楓の仕草は可愛いなぁと思いながら、奈緒子は奈緒子で首をかしげる。 「一緒に、浴衣、着ません?」 と、一言。思わず頬が緩む。楓なら、浴衣も似合いそうだ。 「いいですね。でも私、持ってないんですよ。浴衣」 「あ、あのね、母が昔着てたものが結構あるの。この間、ケンおにーちゃんと昔住んでた家を見に行った時に、保管してあるものを色々見てたら見つけて…」 着てみたくて…と、楓は言う。 「じゃぁそれ、貸してもらっていいですか?」 うん。と、力いっぱい頷く楓。何だか奈緒子自身も、楓に負けないくらいお祭りが楽しみになってきた。 「今夜、上田さんと、あと矢部さんに連絡しときますね」 「ありがとう、奈緒子さん」 少しして、午後のバイトがあるからと駆けていく楓の後姿を見つめて、奈緒子は静かに微笑んだ。 「お祭りかぁ…花火も上がるって言ってたっけ、楽しみ」 楽しみと同時に、少しほっとした。あの事件の後、矢部のマンションを訪れた際に見た時よりずっと、楓が元気そうだったから。 その日、奈緒子はそのまま上田のいる科学技術大学へと足を伸ばした。 つづく だぁー…ちょっと疲れた(汗) こんなに時間空けて書くの久しいから、余計に。 しかもちょっと妙だし。 あ、46話の後コメに書いた「アレ」は、何か忘れました(←へしょ) さぁー、祭りだ祭りだ(祭り好き) 2005年1月30日 |
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