[ 第48話 ]


「おい、何やってる」
 苛々とした声に、奈緒子は顔を上げた。
「あ、上田。遅かったな」
 いけしゃあしゃあと言ってのける奈緒子に、上田は少しむっとしているようだ。それもそのはず、今の今まで奈緒子は上田の研究室の、黒い革張りのチェアに腰掛けて、机の上にとっちらかった資料の上で、冷蔵庫から勝手に取り出した和菓子をもさもさと食べていたのだ。
「あぁあぁ…」
 資料の上には、菓子くずがこぼれている。一見わざとこぼしたようにも見れる。
「まぁ、俺は心が広いから、冷蔵庫を勝手に開けるなとか、冷蔵庫の中のものを勝手に食うなとか言わないけどな」
「言ってるじゃん」
 ぱくんと、パックの中の最後の一つを口の中に放り込んで、奈緒子はにやっと笑みをこぼした。
「言わないと言ってるんだよ。じゃなくて、俺が言いたいのはこぼすなという事だ」
「気にするな、男だろ」
「関係ないだろ、それは」
 まるで、池田荘で幾度となく繰り返される遣り取りを逆にしたような遣り取りで、その事に気付いて奈緒子は尚も笑む。
「何笑ってんだよ」
「なんでもないですよーだ、あぁ美味しかった」
 空になったプラスチックの容器を、前を向いたままで後部にあるゴミ箱にぽいっと放った。見事に入ったが、菓子くずが少しこぼれたのを見て、上田は苛々とゴミ箱に近づいて…表情を変えた。
「ゆ…YOU!!」
「ひゃうっ?!」
 突然の怒鳴り声に、奈緒子は思わず方をビクッとさせた。
「な、何ですか、急に大声あげて」
 そっと後ろを見遣ると、上田はゴミ箱の中を覗いている。
「上田?」
「YOU…冷蔵庫の中の菓子、全部、食ったのか?」
 ゴミ箱の中は、パックが大量に入っていた。
「ええ、美味しかったですよ」
 しれっと言ってのける奈緒子を、上田は呆れた表情で見つめる。
「20パック、よく入るな、貧乳のくせに」
「関係ないだろっ」
 はぁ…と息をつきながらがっくりと肩をおろす上田。
「何落ち込んでるんですか、たかがお菓子で」
「これはな、京都の有名老舗の和菓子で、通販でしか手に入らないものなんだよ」
「え?」
 その言葉に、沸々と罪悪感が沸いてくる。
「噂に聞いてて、二ヶ月待って、やっと今日来たのに…」
 まだ一つも食べてなかったのにと続ける上田の背中を見て、あちゃぁ…と顔をゆがめる。
「いいさ、あぁいいさ、俺は心が広いから」
 ブツブツと文句を言いながら、肩はだんだん落ちていく。ふらりと、ソファに崩れるように腰掛けた。
「う、上田?」
「どうせYOUにも施してやろうと思ってたし、俺が我慢すれば…」
「上田さん!」
 ねちねちと文句を言う上田に耐え切れずに、奈緒子は声を荒げた。
「ごめんなさいっ!」
 素直に頭を下げる。と、上田はちらっと上目遣いに奈緒子を見つめて、にやりと笑む。
「素直だな」
「悪いと思ったから謝ってんですよ」
「冗談だよ、実は頼んだのは30パックで、家にまだあるんだ」
 途端に奈緒子はむっとした表情に変わった。
「何ですかそれ!謝って損した…」
「でもな、今日持ってきてたのは世話になってる学長や、教授の面々に配るつもりのものだったんだ。だから謝った事に対して損したとか言うのはおかしいぞ」
「それもそうですね」
 ふっと、表情が緩む。上田も同じように、微笑んだ。
「で、今日は何の用なんだ?YOUが研究室の方に来るの、珍しいじゃないか」
 いつもはこっちが呼び出してばかりなのに…と続ける上田に、奈緒子は「あ」と声を漏らした。
「忘れてた。上田さん、日曜日にお祭り行きませんか?一緒に」
「ん?何だ唐突に」
「いえね、楓さんが誘ってくれたんですよ。四人で一緒に行きませんかって」
 楓の名前が出て、上田はほう…と息を漏らした。
「楓さんか…会ったのか?」
「ええ、さっき」
「元気そうだったか?」
「ええ」
 そりゃ良かった、と上田は立ち上がって、奈緒子の頭を撫でた。
「本当、良かったですよね」
「ああ、あんな事があった後だし…祭り、か」
「ええ、楓さん、ずっと海外にいたから、日本のお祭りは十数年ぶりだそうですよ」
「そうか…だが、夜は出歩けないんじゃなかったか?」
 上田も矢部から、話は聞いていた。
「私や上田さんや、それに矢部さんもいるから大丈夫って言ってましたよ」
「ふぅ…ん、じゃぁなおさら予定に組み込まないとだな」
「じゃ、上田さん、行くんですね」
「ああ」
 にこっと、奈緒子が嬉しそうに微笑んだ。
「実は私も、結構久しぶりなんですよ、お祭り」
「俺もだ」
 超能力だの霊能力だの、事件事件で毎回辺鄙な村で振り回されて、普段はバイト三昧研究三昧だった二人。お互いに顔を見合して、楽しみだなと笑った。
「じゃ、私、夕方のバイトがあるんで」
「おう、じゃぁ、週末にな」
「ええ、日曜日に。詳しい事が決まったら電話しますね」
「ああ」
 楽しみにしてるよ、と、上田はもう一度微笑んだ。

 奈緒子はてくてく道を歩く。ちらりと腕の時計に目をやると、午後もじき4時になる。夕方のバイトは5時から…まだ少し、時間がある。
「上田さんも、楽しみって言った…」
 ポソッと呟く。何だかくすぐったくて、気恥ずかしくて、嬉しい。それは、奈緒子の中でずっと燻っていた、上田への気持ちの一部だった。
「早く、日曜日にならないかな」
 えへへーと笑いながら、バイト先へ急ぐ。早めに行って、次は矢部に連絡しないといけないのだ。


 つづく


キリのいいところで切ったら短くなりました、勘弁してください(汗)
そしてお祭り編本編に入るまでが長い…(笑)
まぁ、単純に私がお祭りに行きたいので、本編も長くなりそうです。
次が矢部さんに連絡する奈緒子…電話編で、本編はその後になりますから、どうなるかな?
うまくいけば次の途中から本編…に入ると思います。

2005年2月7日

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