[ 第49話 ]


 電話をかけるのに本当は少し、気乗りしなかった。先日のやり取りの事もあるし…
「でも約束したし」
 小さく呟いて、バイト先の事務所で奈緒子は受話器を手にした。
「えっと、番号は…」
 鞄から小さな手帳を取り出して、名前を探す。
「…っと、これだ」
 指で名前と電話番号を指し、ダイヤルボタンを押す。11桁の数字を押し終えると、すぐに受話器から呼び出しのコール音が聞こえ始めた。
 どうせまたさぼっているだろうから、すぐに出るだろうという奈緒子の予感は珍しく外れた。
「あれ?出ないなぁ…」
 首をかしげ、一度受話器を置く。たまには真面目に仕事をしているのだろうかと、仕方なくその時は連絡を取るのを諦めた。
 そしてバイトの時間…この夕方のバイトは、前に矢部が立ち寄った居酒屋。夜も8時を過ぎた頃に、当の矢部が店に訪れてきた。
「よぉ」
「あれっ、矢部さん…」
「真面目に労働しとるみたいやな」
 きょとんとする奈緒子をよそに、矢部は傘を差し出す。
「え、これ…」
 見覚えのある傘。
「昨日、雨降ったやろ。朝、仕事行く時な、傘立て見たら入っとったんや…返すの忘れてたわ」
 我ながら阿呆やな…と笑いながら、奈緒子が傘を受け取るのを確認して続ける。
「山田、お前さっき、この店からオレに電話したか?」
「え、何でわかるんですか?」
「事務所の電話やろ、番号調べたらこの店からやってすぐわかったわ。なんや急用か?」
 ついでやから話聞いてくで〜、と、矢部はカウンター席に腰掛けた。
「大した事じゃないんですよ、週末にでも四人でお祭り行きませんかーって、それだけですから」
「祭り?それに四人て…」
 奈緒子は器用にも、矢部と会話しつつ仕事をこなす。矢部の前に小鉢を置くと、すぐさま身を翻して別の客に注文の品を運ぶ。その間、矢部は箸で小鉢の中身をつついて待った。
「決まってんじゃないですか。私と上田と矢部さんと、楓さんの四人ですよ」
「そらそうかもしれんけど…唐突やな」
 何も頼まないわけにもいかないので、冷酒を一杯頼む。すぐに奈緒子はカウンターの内側に回り、グラスに氷と透明な液体を注いで出した。
「今日のお昼に、楓さんに会ったんですよ」
「ん?」
「その時に、矢部さんちの近くの境内で、お祭りがあるって」
 クイッとグラスを傾けて、矢部は頷く。
「そういやしたなぁ、かえちゃんにその話」
「楓さん、凄く行きたそうにしてましたよ」
 奈緒子のその言葉に、「ん?」と再び首を傾げた。
「だから一緒に行きましょうって誘ったんです」
 話を続ける奈緒子から、視線をグラスに移してくるりと氷をまわす。
「そやけど、祭り言うからには夜やろ」
「矢部さんがいれば、夜でも大丈夫って言ってましたよ」
 その言葉に、ふぅん…と頷く。
「祭りか…」
「えぇ、お祭りです」
 ぼんやりと遠くを見据え、グラスの中身を口に含む…矢部のその横顔が、少し寂しそうに見えた。
「祭りかぁ」
 どうしようか、迷った。楓が矢部に遠慮している事、言うべきか否か。
「たまにはえぇかもしれへんな」
 おもむろに呟いた矢部は、グラスを傾けて一気に中身を飲み干すと、小鉢の中身を少し残して立ち上がった。
「矢部さん?」
「週末って、いつや」
「え、あ…日曜日、です。私のバイトが休みの日に」
 奈緒子はレジに回りながら応える。
「ほな日曜日、時間とかはお前の方で決めえや」
 チャラ…と、千円札と数枚の小銭で支払いを済ませて、スーツの上着を正して微笑む。
「じゃあ…」
「近所に住んでるけど、行くのは久しぶりや」
 ニッと白い歯をのぞかせて笑うのを見て、奈緒子も微笑みを浮かべた。
「それじゃ、決まったら楓さんの方に連絡しますね」
「おぉ…上田センセーの方にはもうしてんか?」
「ええ、さっき。バイトの前に研究室の方に寄ったんで」
 そか、と矢部は笑う。
「じゃあな」
 笑いながら、背を向けて店を出て行く。
「…ありがとうございましたー」
 営業用の声をかけ、奈緒子は業務へと戻る。その表情は、ワクワクと心躍らせる幼子のように、輝いていた。

「今日、奈緒子さんの所に寄るね」
 日曜日、朝。恒例となった散歩中に、楓が口を開いた。
「ん?なんでや?」
 祭りはうちの近くやから、二人が来るのを待っとればえーんちゃう?と矢部は続ける。
「ちょっと、用事があるんだもん」
 意味ありげに、無邪気に笑う楓。
「ほぉ〜ん…そやったら、仕事空けたらオレも寄るわ。上田センセが車で来るやろから、四人でそのまま行く事にしよかぁ」
「そだね、じゃぁ後で奈緒子さんに言っておく」
 散歩はいつも、楽しい。取り留めのない言葉を交わし、いつも違う道を歩く。晴れの日も、雨の日も、目に映るものはいつも違う。
「あ、見て見て」
 唐突に、楓が声を上げた。
「ん?」
 楓はいつも、何かを見つけては声を上げる。咲いたばかりのチューリップや、朝露の光る青葉。矢部一人じゃ決して見つける事は出来ない、取るに足らないものたち。
 けれど、楓が見つけたそれを見ると、なぜだかとてもキラキラして心が躍る。
「ほら、そこの塀のところ」
 楓が指差したそこには、ブロック塀。その向こうには…
「綺麗な花やなぁ」
 名前は知らないが、たまに見かける。ピンと立った茎から、数々の花が開いている。真っ白い花が。
「白いグラジオラス、こんな風に群生で見るのって壮観だよね」
「ぐらじおらす…?」
 名前は聞いた事あるが、それがこの花の名前だと初めて知った気がする。
「ケンおにーちゃんは、どんな花が好き?」
 唐突に楓が聞いてきた。突然聞かれても返答に困る質問だ…
「あー、そうやな…牡丹とか梅とか、あと桜も好きやな。かえちゃんは?」
「私も桜好き。あとね、桔梗とか、青い花が好き」
「そうなんや」
 その日も、新しい何かを見つけて楽しい散歩となった。
「じゃ、行くね」
 一度マンションに戻ってから、仕事に行く準備。出るのは一緒だが、楓が一歩前に歩いて振り向きながら言った。
「気ぃつけてな、バイト頑張りや」
「ケンおにーちゃんも、お仕事頑張ってね」
 じゃ、夜に…そう交わして、別々の道を進む。
「ケンおにーちゃん!」
 少し歩いたところで、楓が矢部の背中に声をかけた。振り向くと、栗色の髪が朝日に輝いて揺れるのが見えた。
「お祭り、楽しみだね」
 遠目にも、その笑顔が輝いて見える。本当に心から楽しみにしているのだと感じ、矢部も微笑んで手を振った。
「そうやな」
 答えると、楓も手を振ってくるりと回り、矢部に背を向けてリズミカルに歩き出した。
「ホンマに楽しそうやな、あの子は」
 羨ましくなるくらいに…小さく続けて、矢部も再び歩き出した。

 つづく


なんか、文章が素人の文章みたいで、自分で自分がむかつくよ(汗)
お祭り当日までこぎつけましたが、本編には至らず。ま、次よ次。
お祭りの場面を想像するのが楽しいです…

2005年2月11日

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