[ 第51話 ]


 遅い時間帯になると、祭りの現場付近の道路は規制が敷かれる。その為毎年決まって、この辺りは大渋滞。それを知っている矢部の考えの下に、上田のパプリカは矢部のマンションの専用駐車場に置かれる事になった。
 そこからは徒歩で境内へと向かう…帰りはどうせ深夜も過ぎる頃だから、うちで休んでいけばいいさと矢部は笑った。
 わいわい、がやがや。祭り特有の人のざわめきは、自分が渦中にいればさほど気にならないのだと気づいた。
「あ!りんご飴!!」
 唐突に、斜め後ろを歩いていた奈緒子が駆け出した。
「おい!転ぶぞ!!」
 それを追って、上田も駆ける。残されたのは、矢部と楓。
「…なんやアイツ、ガキみたいやな」
「無邪気っていうんだよ、そういうの」
 顔を見合わせて、ごく自然に笑みを交わした。
「あっ?!」
 と、突然楓が声をあげた。下駄に慣れていない所為か、バランスを崩したのだ。すぐに手を差し出して、支える。
「大丈夫かぁ?」
「っと、うん。ありがとう」
 コンコン、と下駄を鳴らす。もしかしたら鼻緒が緩いのかもしれない。
「ちょっと待ってぇな」
 確認する為に身を屈ませ、楓の足に触れた。思った通り、少し緩い。
「ケンおにーちゃん?」
「鼻緒、緩いみたいや。締めるから、ちょっと脱いでみ。その間はオレの肩にでも掴まっとったらえーし」
「あ、うん」
 一昔前なら、これが若い男女なら、恋人同士の当たり前の遣り取りかもしれない。だがここは、祭り場とはいえ現代。しかも、年の離れた男女は親子か兄妹にしか見えない、のだが…
 なぜだろう。上田にりんご飴を買ってもらって振り返った奈緒子の目には、前者の方がぴたりとくる。
「よし、えーよ。ちょっと履いてみ?」
「うん」
 矢部の肩に手を置いたまま、下駄を履く。コンコン、とさっきと同じように鳴らしてみて、楓はにこっと微笑んだ。
「すごい、さっきより全然楽だよ」
「そやろ、でも歩き慣れへんやろうから、無理せんとな。歩きづらかったら腕に掴まりや」
「うん、ありがとう」
 ズボンのポケットに突っ込んだままの矢部の腕に、楓は嬉しそうに掴まった。
「…仲、いいな」
 奈緒子の隣で、上田がぽそりと呟いた。それよりも奈緒子は、どうしてあんな恥ずかしい事を二人は自然にやってのけるのかと、半ば呆れ気味だ。あんな事は恋人同士がするものと相場が決まっているのに。
「YOU」
 おもむろに、上田が口を開く。
「YOUも歩きづらかったら」
「結構です」
 俺の腕に掴まっていいぞ、と続けようとした上田の言葉を遮る。遮られた上田は苦虫を踏み潰したような表情になり、余分に買ったりんご飴を、バリバリと言う音をたてて噛み砕いた。
「上田センセー、どないしはったんですか、不機嫌そうな顔してからに」
 カコンカコン、楓の下駄の音と、カッカッ、矢部の革靴の音。
「何もないですよ。あぁそうだ、これ、矢部さんと椿原さんもどうぞ」
 右手のりんご飴を噛み砕きながら、左手の分を渡して寄越した。
「あー、どうもどうも」
「ありがとうござます、りんご飴なんて何年振りだろう…」
 ぺろっと、小さくなめて楓は笑った。そんな楓を道行く人々が振り返っていく、理由はもちろん、可愛いから。本人は気付かないが、奈緒子にも同じような視線が向けられる。だが声をかけてくる者はいない。、
 当然、好意をもった眼差しに気付いた上田や矢部が、牽制の意味も込めて睨み付けるからというのもあるのだが…
「おにーちゃん、かき氷食べよ」
「そやな」
 腕を組む二人は、奈緒子は恋人同士のようだと思うのだが、やはり何も知らない他人の目には仲の良い親子、もしくは兄妹。保護者付きに声をかけられるはずもない。
「楽しいですね」
 ぼんやりと、奈緒子が口を開いた。
「ん、おう、そうだな」
 隣で上田が答える。
「…私もかき氷、食べたいんですけど」
「…金くらい持ってこいよ」
「いーじゃないですか、かき氷くらいおごれ」
 ったく、と、結局いつものように上田は財布を開くのだ。かき氷は大体300円、100円玉を三枚渡すと、奈緒子は嬉しそうに楓達の元へと駆けていった。
「こうして見ると、アイツもなかなかのもんなんだな…」
 ぽそり呟く。一つにまとめてアップにした黒髪は、露店の明かりに艶めいてきらきらしている。浴衣も、楓の母の物を借りたと言う話だがよく似合ってると、上田は目を細めた。
「あ…」
 一通り出店を眺め、食べる物を食べた一行は別の路地を歩いていた。先ほどまでの路地は、どちらかと言えば子供向け、家族連れ向けの露店が多かった。カタヌキに射的、クジやらのゲームも、矢部達にとっては微笑ましく眺めはするものの、実際やろうとは思わない。
「楓さん?」
 小さく声をあげた楓を振り返り、奈緒子も歩く足を止める。この路地は、先ほどまでと違い少し静かで、ひっそりとしている。露店も純銀細工などの手作り小物や、カクテルなどの大人向けなものが多い。
「ん、どしたん?」
 楓が足を止めたのは、そんな出店の一つ。純銀細工の露店だった。
「綺麗…」
 小さくポツリと、言う。
「銀細工か、祭りの露店にしちゃ見事な出来だな」
 上田が物珍しそうに、立ち止まる楓の横で屈んだ。奈緒子も後に続く。
「いらっしゃい。祭りの夜は恋人同士の時間でもある、ってわけで、特別価格だよ」
 露店の店主は、若い男。短めの髪の毛をつんつんに立てている。ふと、矢部はどこかで見たような顔だと思った。
「眼鏡のおにいさん、彼女にお一つどうっすか?」
 奈緒子と楓の顔をちらりと見遣り、小声で本命は?と訊ねる店主、その仕草にはっとした。
「YOU、何か欲しい物あるか?」
 上田は、自分の隣に屈んだ奈緒子に声を駆けた。その様子で上田の相手が奈緒子だとわかり、店主は次に、楓の相手を見定めようと顔を上げて、「あ」と声をあげた。
「あ?」
 男の声に、何に反応したのかと上田が視線を追う…その先には、矢部。
「矢部の旦那…っすか?」
 信じられなそうに、口を開く。
「矢部さん、知りあいですか?」
 にやりと笑み、矢部は楓の隣へと場を移し、男に向かい合った。
「いつの間にこないなカタギな商売初めたんや、しかもえー出来や…お前が作ったんかい?」
 過去に矢部が逮捕した事のある男だ…罪状は恐喝。通常なら担当である刑事部の四課に回すだが、丁度矢部の機嫌の悪い時で、ストレス解消の為も兼ねてがっつり取調べをされたのだ。
 だから男は、矢部を少しばかり恐れている。
「いや、あー、いえ、ちゃんとした人に弟子入りして腕を磨いたんで、モノは保障します、です」
 びくつきながら、男は自信作と思しき品を矢部に見せた。
「そうみたいやな…ま、更正したゆー訳か」
 へこへこと頭を下げながら、苦笑い。
「ケンおにーちゃんの…知り合いの人なんだ」
 並べられた品々の内の、一つをじっと見つめたままで楓が小さく呟いた。
「あ、矢部さんの妹さんっすか。お連れさんも…特別にお安くしときますよ」
 ふと見ると、上田は既に物色を始めていた。隣で奈緒子がおかしそうに喉を鳴らして笑っている。
「ほか、そんなら…かえちゃん、何がいい?」
 そして、さっきからじっと楓が見ていたものを矢部は目で追う。
「え?い、いいよ私は」
 慌てて楓が首を振ったせいで、何を見ていたのか…矢部にはわからなかった。
「えーよ、何がいいん?言うてみ」
「ううん、本当にいいよ。私、こうして一緒にお祭り来れただけで嬉しいから」
 焦るように、楓は何度も首を横に振る。矢部と視線を合わせないようにして。
「遠慮せんでえーのに…ま、無理強いはせぇへんけど」
 残念そうに、矢部は言った。楓に何かをしてあげるのが嬉しいのに、遠慮されると寂しい…そういう感じだ。
「じゃあ私はこれを」
 隣で上田が、ペンダントを持ち上げて男に渡した。奈緒子の為のものだろう、銀色の、星に羽根が生えたようなトップのペンダントだ。
「はい、毎度」
 素早く会計を済まして、男は包装紙に包んだそれを上田に返すように渡す。それは、今度は上田の手から奈緒子に。
「ほら」
「遠慮なく頂きます」
 にこっと、奈緒子は笑って包装紙から中身を取り出して、つけた。
「奈緒子さん、似合う〜」
 一連の動きが何だかおかしくて、矢部は口元に笑みを浮かべて楓の横顔を見つめた。
「良かったやないか、山田。浴衣にもよぉ似合とるみたいやで」
「矢部さんに言われると信じられないのはなぜだろう…」
「憎まれ口も大概にせぇ」
 けたらけたらと笑い合い、一同はその場を後にする。斜め前を歩く上田と奈緒子の横顔が、お互い妙に照れているようで、矢部は知らず知らずの内に苦笑いを口元に浮かべていた。
「ケンおにーちゃん、どうしたの?」
 それに気付いた楓が、心配そうに声をかける。
「ん?あぁ、なんもあらへんよ…そろそろ花火の上がる時間やと思うてな」
 花火という単語に、楓の表情がパッと明らんだ。
「花火…」
「花火ですか、楽しみですね」
 楓の呟きにつられるように、上田が言う。
「本当ですねぇ〜、でも、ここで見るんですか?」
 確かに奈緒子の言う通り、この人ごみの中では楽しめそうに無い。
「花火はうちのバルコニーからがええ眺めやで。ごっちゃらしとったんやけど、昨日の内にかえちゃんと片付けて用意しとるから」
 祭り自体はもう充分楽しんだやろ…矢部は続けながら、帰ろうかと促した。
「矢部さんの部屋って9階でしたっけ、眺め良さそうですね」
「まぁな、いつもは喧しいくらいやけど…」
 並んで、歩く。
「あ」
 少し歩いたところで、矢部が突然立ち止まって声をあげた。
「矢部さん?どうかしましたか?」
 振り返って上田が問うと、照れくさそうな笑みを浮かべて口を開く。
「上田センセ、ちょっとすんまへん…野暮用ありますんで、ほんのちょっとここで待っとってください」
 かえちゃんをよろしくと続け、不思議そうに首をかしげる三人をその場に置いて背を向け、小走りで駆け出した。
「聞けばえーんや…」
 駆けながら、小さく呟く。何かを思いついたらしく、妙にいい笑顔をしている。
「いやー、申しわけない、お待たせして」
 五分か少しして、矢部は息を切らしながら戻ってきた。
「遅いぞ矢部」
「こら、YOU!いいんですよ、矢部さん」
 機嫌の悪い奈緒子を窘めながら、上田が言う。どうやら何かに気付いたらしい。
「ほな、行きましょか」
 上着のポケットに入れていた手を出して、矢部は笑顔で歩き出す。
「あたっ…」
「っと、大丈夫か、かえちゃん」
 矢部の後に続こうとした楓が、小石を踏んでしまったようでバランスを崩し、矢部の腕に縋った。
「ご、ごめんね、ケンおにーちゃん」
 パッと、慌てて手を離す。
「何言うてるんや、今更。掴んどってえーよ、さっきと同じように」
「…うん」
 二人の遣り取りに、見ている奈緒子の方が恥ずかしくなってくる。
「羨ましいのか?」
 ぼそりと、上田が奈緒子の斜め上から囁いた。
「何言って」
「羨ましいのか、YOU」
 …無言で鳩尾の辺りに肘を打ち込んで、奈緒子は矢部と楓の後に続いて歩き出した。カコンカコンと響く下駄音に、顔をしかめる上田。肘打ちされた鳩尾を押さえ、慌ててその後を追った。


 つづく


…ちくしょう、後半の文章が最悪だ(汗)
さておき、お祭り本編の前半が終わりました。
次は流れどおり、後半の花火ですね。
お祭り同様、花火も好きです。

2005年2月20日

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