[ 第55話 ]


「YOU、そろそろ帰らないか」
 朝食を終えて、唐突に上田が口を開いた。
「え、もう帰っちゃうの?奈緒子さん…」
 それにいち早く反応したのは、言われた奈緒子ではなく楓。
「え?あー、そうですねぇ…」
「かえちゃん、そないに残念そうな顔せんでも、いつでも会いたい時に会えるやないか。友達なんやろ?」
 俯きがちにしゅんとする楓を見ていると、もう少しだけ…という考えが生まれてしまう。だが、そんな楓を慰めるように声をかける矢部の隙を見て、ひそりと上田に言われた。
「この二人を見てるとどうも居辛い」
 あぁ…奈緒子もそう思う。仲良さ気な二人の間には、入り込めない空気がある。それになんだか、お邪魔虫のような気分にもなる。
「帰ります。午前中のバイトは休みになったけど、夜のがあるんで…帰ってちょっと寝ます」
 昨日ははしゃぎすぎて、何だか疲れて…そう続ける奈緒子を見つめ、楓は残念そうに小さく頷いた。
「じゃあ、今度服を取りに行くね」
「ええ、いつでも」
 だがすぐに、ふわりと微笑む。楓の微笑みは、春の陽射しのようだとふと思った。
「あ、そや。折角やから途中まで一緒に行きましょかぁ」
 ぼんやりしていると、矢部が食器を片付けながら言った。
「行く?矢部さん達、これからどこか出かけられるんですか?」
 上田が問うと、矢部は照れくさそうな笑みを浮かべて、
「かえちゃんと朝の散歩を」
 と言った。ああ、それはとても嬉しい事なんだな…そう奈緒子と上田に思わせるくらい、嬉しそうな、はにかんだ表情で。
「毎朝ね、お散歩してるのよ。二人で、毎日違うコースを歩くの」
 すると楓が、クスクスとおかしそうに笑いながら続けた。
「奈緒子さん、ケンおにーちゃんの前の部下の人、知ってる?」
 ん?と、思った。矢部の前の部下、というと、菊池が来る前の、という意味だろう。楓の口からその人物に関する話が出たのが、何だか意外だった。
「それって、あの…」
 ちらりと矢部の方を伺うと、複雑そうな表情を浮かべている。でもどこか、おかしそうな。
「金髪で」
「オールバックで」
「変な広島弁の?」
 楓がヒントのように言うと、奈緒子と上田がタイミングよくそれに続く言葉を言った。
「知ってるんだ」
 くすくすと、一層おかしそうに。
「知ってると言えば、まぁ…」
「そういえば、最近見ないですね」
 上田のその言葉に、カリカリと耳の後ろをかきながら、矢部が面倒くさそうに口を開いた。
「ちょっと移動がありましてん」
 あまり公には出来ない、異例の人事。
「まぁ、部署は相変わらず公安五課なんやけど」
 へぇ〜、と、奈緒子は興味なさげに矢部を見たが、何だか少し、淋しそうなその表情に慌てて目を逸らした。
「じゃぁとりあえず、途中までご一緒しましょう」
 そんな中で、上田が思い出したように切り出した。
「あ、そうだった」
 奈緒子もすっかり忘れていたようで、慌てて席を立つ。
「あ、待って」
 が、そんな奈緒子を楓が呼び止めた。何かあるのだろうかと首をかしげて待つ奈緒子をよそに、楓はなぜか寝室の方へ。
「楓さん?」
 訝しがる奈緒子の前に、パタパタと掻けて来る。手にはふわふわの包装紙に包まれた、何か。
「はい、これ」
「…これ?」
 青いリボンで、綺麗に包まれている。誰がどう見ても、それはプレゼント。
「先月、奈緒子さんの誕生日だったでしょ?ちょっと遅れちゃったけど、プレゼント」
「えっ、プ、プレゼントですか?!」
 途端に、奈緒子の目がぱっと見開かれ、どぎまぎと上田と矢部の顔を見比べ、受け取ったそれに目を落とした。誰かから何かを貰うと言う事に慣れていない証拠だ。
「開けてみて」
「え?あ、はい」
 しゅるり…妙な沈黙、微笑ましげに見つめる上田と矢部に見守られながら、奈緒子は包装を解いていく。かさり、ぱさり、重ねられた包装紙を落としていく。
「あ…」
「どう、かな?」
 少しだけ不安そうな、楓の顔が奈緒子の顔の前にある。
「鞄、ですよね」
 それは小さめの、いわゆるセカンドバッグと称されるタイプの鞄。
「奈緒子さんいつも、ちょっと大きめの鞄でしょ。だからその辺出かける時とかに使えそうなのを…」
 気に入ってもらえたかな?と心配そうな表情で説明する楓。鞄は確かに、財布とハンカチと、まぁ適当な小物を入れたら丁度良い大きさで、デザインも結構可愛い。
 ショルダー風のベルトや、通常は金属製の金具部分も全部ひっくるめて麻だ。色は濃い目のベージュで、アクセントにこげ茶色の革の飾りがついている。
「こないだからずぅっと、夜遅くまで起きて作っとったんよな」
 おもむろに、矢部が言う。
「えっ、作ったんですか?楓さんが?これを?」
 クエスチョンマークが並ぶ。
「そ、そんなに大げさなものじゃないのよ。型紙とか売ってるし、ミシンも借りたし」
 慌てて楓は首を振った。
「ううん、嬉しいです。楓さん…ありがとうございます」
 早速使います。そう言って、奈緒子は肩にベルトをかけて笑った。楓に借りた服にもよく似合う。
「良かったじゃないか、YOU」
「ええ、大きさも丁度いいですし」
「良かったなぁ、かえちゃん。山田、喜んどる」
「…うん」
 嬉しそうに、笑いあう。だがそんな遣り取りの間も時間は進む、すっかり日が高くなってしまった。四人は慌てて外に出る…と言っても、矢部は今日は非番、楓もバイトは休み、奈緒子もバイトは夕方から。忙しいのは上田だけだ。
「ほな、お気をつけてぇ〜」
 たまたま今日は、午前中は休講にしていた…が、午後の講義の準備もある為、上田は真っ直ぐ大学に向かう事になった。パプリカに乗り込んだ上田に、矢部が声をかける。
「祭り、楽しかったですね。機会があったらまた飲みましょう」
 穏やかに、笑う。走り去る車をしばらく眺めた後、三人は歩き始めた。
「今日はどのコースを行くの?」
 タトン、と、楓が足を慣らしながら振り返る。
「そうやなぁ…昨日は公園行ったから、今日は堤防沿いでも歩こか」
 少し気だるそうに言う矢部に聞こえないように、楓がこそっと奈緒子に言った。
「多分ね、面白いものが見られるよ」
「え?」
 何の事かと首をかしげた奈緒子だったが、すぐにその意味が分かった。
「お前は何をしとんねんっ!」
 近くの川の、堤防沿い。少し歩いたところで、唐突に矢部が堤防を駆け下りて声を荒げた。そしてそのすぐ後に、
「アリガトーゴザイマスッ!」
 という、なにやら聞き覚えのある声。
「え?」
 きょとんとする奈緒子をよそに、楓は横でくすくす笑う。矢部の下りて行った方に目をやると、そこには朝日にきらめく金髪をオールバックに固めた男が立っていた。
「あれって…」
 小さく呟く奈緒子の方を、男が見上げた。
「おー、なんじゃ懐かしい顔があるのぉ〜」
 この、妙な広島訛り…思わず顔が綻ぶ。石原は矢部と一緒に、堤防を上がってきた。
「久しぶりですねぇ、石原さん」
「ホンマじゃー、しかし今朝は珍しい面々じゃの。楓ちゃんはよぉ見よるけど」
 にこー、と、お日様のような顔で笑う。
「おはようございます、石原さん」
「あー、かえちゃん、こないな奴に朝の挨拶なんてせんでえーって。もったいない」
 兄ィは相変わらず冷たいのー…と、石原は殴られたと思しき頭部をしきりにさすっていた。
「しかしお前、もしかして予知能力でもあるんかいな…毎朝毎朝うっとおしーんじゃ!」
「毎朝?」
 矢部の言葉に首をかしげる奈緒子に、そっと楓が説明をする。毎朝毎朝、行く先々でなぜか顔を合わせるのだと。
「ああ、それで楓さんとも顔なじみなんですね」
「そうじゃの、毎朝兄ィと一緒におるから、顔も覚えたんじゃ」
 かわいーし、と続ける石原の頭を、矢部は無言ではたいた。
「いらん事言うなぼけっ」
「あたっ、本当の事じゃけぇ…」
 こんな遣り取りが毎朝繰り返されているのなら、そりゃぁ楓もついついくすくす笑ってしまうだろう…何となく納得して、奈緒子は三人に別れを告げ家路を歩き出すのだった…


 つづく


佳境に行くとか言って全然言ってません(笑)
そして無意味なまでに石原登場、まぁ、彼の登場はいつも割りと無意味です。意外なところで美味しいところ掻っ攫っていく予定ではありますが。
さー、祭り編ひと段落着いたし、過去編も一段落つけるかー?(笑)
久々に傲慢デカを書きたくなったよーぅ、抜沢さーん、待っててねー(笑)

2005年4月10日 0:38

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