[ 第58話 ]


「ちなみにあの…コレは何なんですん?」
 妙な沈黙の後、口を開いたのは矢部だった。
「あ、これはですね、手紙が入ってるんです」
「文箱なんだから手紙が入ってるのは当たり前じゃねぇか」
 慌てて説明する律子に、抜沢の突っ込みが容赦なく入る。特に手を出すわけでもなく、言葉だけなのだが。
「先輩…」
 呆れる矢部と、抜沢と文箱を順番に見遣ってから、律子は照れくさそうに笑った。
「そうですよね、私ったら…ちゃんと説明しますね」
 にこり、と微笑んで、律子は文箱の蓋を開けた。そこには当然だが、沢山の茶封筒が入っている。矢部がおや?と思ったのは、全部が茶封筒だという事。
 律子くらいの若い娘ならば、もっとこう…花模様だとかの可愛らしいものを使うような気がしたのだ。
「コレ…もしかして同じ人物からの?」
「ええ」
「鋭いじゃねぇか、矢部」
 ぬっ、と矢部の頬をかすめるように、抜沢が腕を伸ばして茶封筒の一つを手にする。
「わっ?!」
 驚く矢部をヨソに、ピラピラと茶封筒を揺らす…あて先は律子。差出人は、蔵内だった。
「不思議でしょう?」
 唖然とする矢部に、律子が言った。
「え?」
「それ、全部蔵内さんからの手紙なんです」
 予想外、と言うか意外、と言うか…信じられない。それが矢部の今の心境。
「蔵内、から?」
 それは、不思議な話だった。
 蔵内が池内の組に入ったのは、五年も前になるという。だが律子が蔵内と知り合ったのは、それより二年ほど前、蔵内が二十三歳、律子に至っては十歳の頃。始まりがなんとも変わっていた。
「その頃の私、手紙にはまってたんです。家が家だから気の置ける友人もいなくて…」
 ある雑誌に書かれていた、文通友達に興味を持ったという事だった。
「文通?って、もしかして、蔵内、と?」
 ええ、と律子は笑った。誰でも良いから適当に選び、手紙を書いたのが蔵内だったという。
「それで、蔵内からは?」
「すぐに返事が来ました。これが、一番最初に来た手紙です」
 律子に渡された茶封筒から、中身を出して読む。そこには今の蔵内からは到底見出す事のできない、気性の真っ直ぐな青年の姿が見られた。
 当時、裏切り裏切られを繰り返し、人間不信になっていた蔵内。律子と同じように気の置ける仲間もいなかったらしく、顔の見えない誰かと普通の話をしたかった…そんなような事が書かれていた。
「流石に、私が小学生だというのに気が引けていたみたいですけど」
 それでも、幼いながらも真摯な態度の律子に好感を持って、文通が始まったのだろう。
「今のアイツからは考えられないな」
 ぼそりと抜沢が言った。見ると、先ほど抜き取った手紙を読んでいた。
「先輩?」
「これが、蔵内とあんたの出会いかい?」
「ええ、昨日、抜沢さんが私に聞いた事です」
「じゃあ組には、あんたが誘ったのかい?」
 抜沢の問いに、律子は静かに首を横に振る。
「文通を始めて一年くらい過ぎた頃、蔵内さんから、文通は終わりにしようという手紙を貰いました」
 そっと、矢部の前に茶封筒を置く。
「拝見します」
 手紙には、身辺で大きな揉め事があり、その土地を離れなくてはならなくなったと書かれていた。これからきっと、あらゆる土地を転々と移り住む事になるだろうから、文通は出来なくなる、と。
「揉め事ねぇ…」
「あとで聞いた話なんですけど、バイト先で盗難事件があって、蔵内さんを疑った人と大喧嘩になって、大きな怪我を負わせてしまったとか」
 ふぅん…抜沢が興味なさ気に唸る。
「そのあとしばらくは、一切何の連絡もなく過ぎました」
 けれど…と、律子は続ける。
「半年ほど経ってから、葉書が来るようになったんです」
「葉書?」
「ええ、多分、行く先々で書いてくれたんだと思います。消印がいつも違いましたから」
 文箱の奥から数枚の葉書を取り出して、見せる。
「観光地とかでよう売っとるもんやね」
 他愛のない一言が添えられている。差出人の名前はあるものの、住所は記載されていない。
「それから少しして、突然訪ねていらしたんです」
「へぇ…って、え?」
 律子は蔵内に、家の事は言っていなかったと言う。
「東京に出てきて、気になって訪ねてみたと仰ってました」
 それが律子が十二歳、蔵内が二十五歳の頃だ。
「それが、蔵内が組に入ったきっかけかい?」
 多分。
「とても驚かれていました…」
 ふっと、律子の表情に翳りが浮かぶ。
「何が、あったんだ?」
 抜沢が再び問うと、律子は静かに微笑んだ。なんだか、今にも泣き出しそうな笑顔だ。
「話をして、その日は帰られて…数日後、うちの若い方が街なかでよその方と揉み合ったんです。その時に蔵内さんが手を貸してくださったとかで、連れてきたんです」
 その業界にとても近いところで、蔵内は生きてきたらしかった。組にもあっという間になじみ、律子の知らないところで組長でもある律子の祖父と話をし、組員となったという。
「多分私は、皆の中で一番蔵内さんを知っていたし、仲が良かった。でも」
 でも、私は何も知らなかった…そう続ける律子。何があったんだろう、何が起きたんだろう。矢部の中で何かがぐるぐる回る。
 組の中で蔵内はあっという間に力をつけて、幹部であった土原の右腕と呼ばれるほどになった。
「土原は、どうだった?」
 話の中で名前が出たからか、抜沢は唐突に、話題を変えるかのように口を開いた。
「土原さんは、もっとずっと前からうちにいました。祖父から聞いた話では、何でも良い家柄の出で…でも色々あって、若い時に組に入ったそうです。土原さんは、祖父に拾われたと笑っていました」
 少し明るく微笑む律子。もしかすると土原は律子にとって、最も家族に近い位置に立っていたのかもしれないと、そう思わせるような笑顔であった。
「じゃあ樋浦は?」
 取ってつけたように言う。樋浦…樋浦聡は、律子を襲おうとして死んだ組員の名前だ。ぎくりと身を固める律子を見て、矢部は抜沢を止めようとしたが止めた。自分に止められるような男じゃないし、それなりの考えがあるのが見て取れたから。
「樋浦…さんは、いつも穏やかに静かに、笑っているような人でした」
 あんな事になるなんて、思ってもいなかった。ふぃっと視線を別の場所に移す律子を、抜沢は眺めている。
「…最近、会ったか?」
「え?」
「蔵内か土原、どっちかには最近、会ったか?」
「いいえ、ご存知のようにしばらく日本にはおりませんでしたし」
 でも、会いたいとは思います。ふと、律子は静かに笑った。
「土原はムショにいるぜ、面会はいつでも出来る、行けばいいじゃねえか」
「会わせる顔、ありません。私の不注意が原因であんな事になってしまったんですから」
 そう言ってから、律子は急に顔を上げた。
「最近、土原さんに?」
 会ったんですか?そういう風に聞き取れる。抜沢が何も言わないので、矢部が代わりに答える事にした。
「この間、会いましたよ。ちょっと話を聞きに」
「…お元気そうでしたか?」
「そらもう。一度に会いに行ってみたらえーのに…暇でしょうがない言うてましたよ」
「そうですね、じゃあ、いつか」
 ホッとしたように笑う律子を見てから、矢部はそっと抜沢を覗った。その後は、出されたいた和菓子を一口で平らげて、お茶を飲んで池内の家を後にした。最後に律子は、言った。
「もし、蔵内さんにお会いするような事がったら、伝えていただけませんか」
「え、何ですか?」
「…また、葉書でいいので便りをくださいと」
 矢部は静かに頷いた。
「どう思った?」
 もうすぐ正午、食事処を探し始めていた矢部に、抜沢が声をかけた。
「え?何がですか?」
「…何の為に池内の孫娘に会いにいったか分かってんのか?」
「あ、それですか…」
「それしかねーだろ」
 苦笑いを浮かべながら、矢部はふと立ち止まる。
「律子さんにとっては、皆、家族のようなものやったんですねぇ」
「あぁ?」
「それに、蔵内とは文通を通じて知り合って…もしかしたら恋心も抱いとったかもしれへん」
 にやりと抜沢が笑んだような気がした。
「あー、腹減ったな。何食う?」
「え?」


 つづく


書ける時は書ける、続く時は続く。要は気力やね!!
そう思った今日この頃。
58話をUPしたものの、いつまでたっても佳境にいかねー、と苦笑。
でもやっぱ、事件を書くのは何だか楽しいです。
とりあえず、とりあえずさっさと過去の事件にケリをつけたいっ!プロローグの矢部の夢が意味している事を書き記したい!

2005年6月4日

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