[ 第59話 ] 「こう暑いと、熱いモノ食いたくなるよな」 「そ、そうすか?」 陽は重々に照っている、抜沢はとうに上着を脱いで抱えていた。矢部はと言うと、上着の下のシャツがアレなだけに、少し躊躇っていた。 「あんだよ、暑い時は熱いモノだろ。汗かきながら食うのがいーんじゃねぇか」 「はぁ…」 きょろきょろと辺りを見渡して、それらしいものがあるような店を探す。 「ラーメンとか…ですか?」 「あぁ、悪かねぇな。けど今はラーメンの気分じゃない」 じゃあどんな気分ですか…とは聞かずに、矢部はちらりと抜沢を見てから再び辺りを見渡した。 「熱いモノ…」 「焼きうどん食いてぇな…」 ポツリと呟く抜沢。 「…置いてる店、ありますかねぇ?」 「なかったら作らせればいい、行くぞ」 「は?作らせ…え?どこ行く気なんすか?」 何かを思い立ったのか、抜沢は首をかしげる矢部を放ってスタスタと歩き始めた。 「ちょっ、先輩?」 その、向かう方向で矢部はピンと来た。そして、抜沢らしいなぁと思わず苦笑する。 「おい、いるか?」 午後1時、少し過ぎ。抜沢は声のトーンを少し下げて、呼んだ。 「…いるか、じゃないわよ」 擁護育児施設、あさがお。名称が明らかになったところでご明察ではあるが、楓が保護されている施設で、院長である芹沢が呆れたように矢部と抜沢を迎え入れた。 「腹減ってんだよ、焼きうどん作ってくれ」 部屋に入るなり抜沢は、ソファに座り込んで言った。 「す、すんません芹沢センセー。先輩、どうしても焼きうどんが食べたい言い張りまして」 呆れるように、けれど優しげに微笑んで、芹沢は机の引き出しを開けて何かを取り出した 「急に言われても、材料がないわ。買ってくるまで待ってくれる?」 「おう、悪いな」 「悪いなんて思ってないくせに」 呆ける矢部をヨソに、二人は会話する。まるで恋人同士のような会話…ふと思い出すのは、芹沢と抜沢がかつて、婚約していたという事。 「荷物持ちにコイツ連れて行けよ」 立っていた矢部のシャツの袖をクンッと引っ張り、抜沢が笑う。 「え?」 「そうね、折角だから他の買い物もしてくるわ。矢部さん、お願いできます?」 「え、あ、はい」 俺はここで寝てるから、という抜沢の言葉を背中で受けながら、矢部は慌てて芹沢のあとを追った。 「す、すんません本当に」 歩きながら声をかけると、芹沢はクスリと笑った。 「慣れてるから」 「はぁ…昔からあーゆう?」 「そうね、傍若無人で」 「ぼっ…」 はっきりと言ってのける芹沢を見ていると、どうしてこの二人が別れてしまったのか…そんな疑問を抱いてしまう。 「スーパーこっちなの、子供達のおやつも買わなくちゃいけないから、車で行こうかしら」 「あ、オレ運転しますか?」 「ううん、この辺の地理、詳しくないでしょう?」 「はあ、まぁ…」 なんだかんだ言いつつ、結局は芹沢の運転で近くのスーパーに向かう事になった。 「事件の方は、どうですか?」 ハンドルを握る芹沢が、静かに言う。 「今はまだ、なんとも…そやけど先輩は何か、掴んどると思います」 「有能だものね、ああ見えて」 「…聞いて、えーですか?」 自分は第三者なのに、気になると止まらない。根っからの刑事気質である。 「何を?」 「…抜沢先輩と、どうして?」 婚約者だったという事は、結婚の約束をしていたという事だ。それなのに、どうして二人は別々に生きているのだろうか。二人の間には何があったのだろうか。 「色々、あったの」 少し伏せ気味に芹沢が言ったところで、スーパーについた。矢部は、聞いてはいけない事を聞いてしまったと、後悔する。 「さて、焼きうどんの材料を買いましょう」 今は子供達は昼寝の時間で寝ているから、その間に作ってしまいたいと芹沢は笑った。うどん玉、豚肉、キャベツ、ニンジン…その他に小麦粉や砂糖、蜂蜜とタマゴを買って施設に戻ると、抜沢は本当に寝ていた。 「爆睡や…」 「疲れてるのね…矢部さんも疲れてらっしゃるんじゃないですか?焼きうどん、出来上がるまでそっちのソファに横になってらしたらどうです?」 「…はい」 若いから大丈夫、とは思いつつも身体は正直だ。進められるがままにソファに横になると、すぅっと眠りに落ちていく。 「ふぁ…?」 ほんの数秒、のような気がした。目を開けると、そこには楓。 「うあっ?!か、かえちゃん?」 「あ、起きたみたいよ」 「へ?あ、芹沢センセー…と、先輩」 楓が矢部の顔を覗き込んでいて、その向こうには芹沢と、大きなお皿を持って何かを食べている抜沢の姿が目に映った。 「よぉ、結構寝てたな」 「え?」 時計を見ると、横になってから30分は経っていた。 「腹減ってんだろ、お前も食えよ」 抜沢の言葉を口切にするかのように、芹沢が矢部の前に大きな皿と割り箸を置いた。そしてなぜかその隣に、小さな皿と小さなフォーク。 「これ、は?」 「楓ちゃんも食べたいって。お昼食べたばかりなんだけどね」 起き上がった矢部の隣にちょこんと腰掛けて、楓は満面に笑みを浮かべて見せた。 「昼寝の時間…やったんやないんですか?」 「途中で目が覚めて部屋に来たの。そうしたら矢部さんがいるでしょう?喜んじゃって」 ふー、ふー…と、一生懸命に湯気の立つ焼きうどんに息を吹きかけながら、楓はそれを口いっぱいに含んだ。矢部もふわりと微笑んで、同じようにそれを口に入れた。 「あちっ、と…」 焼きうどん。はふはふと口いっぱいに頬張る楓と同様に、矢部も熱いのを気にせずに頬張った。こんなに美味しいとは思わなかったとでも言うかのように、僅かの時間で平らげる。 「よく食うな、お前…」 大きな皿に大盛りだったそれを、10分もかけずに。抜沢はそれを見て笑った。 「料理の腕、上がったんじゃねえのか?」 「かもね、子供達って味に煩いから」 身体、大丈夫か?と、不意に声のトーンと大きさを下げて抜沢が芹沢に言ったのを、矢部は聞き逃さなかった。 「突然言うのね…大丈夫よ、おかげさまで」 「そうか…無理、すんなよ」 うん、と笑う芹沢。 「さて、飯も食ったし、そろそろ行くぞ」 「え?あ、はい」 後片付けもそこそこに席を立つと、楓が眉を顰めていた。 「かえちゃん…また夜に、来れたら来るから、な?」 細い腕を伸ばして、矢部のシャツの袖を掴む。 「おうチビ、大丈夫だ、ちゃんと夜にこいつ来させるから」 抜沢が大きな手のひらで、そっと楓の頭をくしゃくしゃと撫でる。だが楓はそれでもシャツの袖を離さずに、抜沢に向かって首を横に振って見せた。 「かえちゃん?」 口を小さく開き、何かを言おうとしている。泣き出しそうな不安の色を浮かべた表情で。 「チビ?」 「どうしたの?楓ちゃん」 矢部がどこかへ行くのを止めようとしながら、抜沢に何かを伝えようとしている。 「…大丈夫か?」 すっと屈んで、抜沢が楓の目線に自分の顔を下げて言った。楓が口を動かす、声は出ないものの、何を言おうとしているのか読み取るように、抜沢はじっと、唇の動きを見つめた。 ─── …ケンおにーちゃんが、怪我しないように守ってください。 「…ああ、わかった」 楓の唇を読んで、答える。そうしてやっと、楓は矢部のシャツの袖からを手を離した。 「先輩?かえちゃん…なんて?」 帰り際、抜沢は再度、楓の頭を撫でた。施設を出てからその行動の意味する事を、矢部が聞くが抜沢は口を閉ざしたまま、スタスタと歩き出す。 「先輩?」 慌てて後を追って顔を覗き込んで、矢部は絶句した。なんて顔をしているんだろう…こんな、怒りを露にした表情の抜沢を見るのは初めてだ。 「先輩、かえちゃんは何を…」 楓が抜沢に伝えた言葉がきっかけなのは見て取れる。楓が何を脅えているのか、これから起きる何かを、暗示しているのは間違いない。 「せんぱ…」 「煩い、黙れ。俺たちにはまだやらなきゃなんねー事が沢山あるんだ、余計な事に惑わされるな」 ただ、抜沢の冷たい言葉が響いた。 つづく はぅー…か、書ける時は書ける(笑) 抜沢さんかっけー(自分で書いておきながら/汗) 一見ほのぼので進んでいた59話、一気にシリアスモードへ。 よし、やっと入れた、佳境への入り口。よしよし、この調子で行こう、休日万歳。 2005年6月5日 |
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