[ 第63話 ]


 いつか…いつか機会があったら、その時はちゃんと聞いてみよう。林檎をかじりながら、矢部は心に決めた。とりあえず今は、目の前に事件に集中すべきだろう、と。
「で、こんあとはどこへ?」
「罠を張るんだから、張る相手のところに決まってるじゃねーか」
 ああ、なるほど…
「って、え?!直球勝負やないですか!」
「ばーろぉ、んな単純な真似するわけねーだろが、この俺が」
「そーでした」
 苦笑いを浮かべながらも、少し心が軽くなる。いつも通りの抜沢の声のトーンや、口ぶり、表情。先ほどのあの、冷たくてでも、何もかもを焼き尽くすような熱い怒りを思い出して、ふと思う。この人は、やっぱり刑事なんだな。
「蔵内は、ひっかかる気がする。まぁ勘だがよ」
「先輩の勘はよぉ当たりますからね」
 あらゆる全てを、どこまでも冷静に見回さなければならない公安の、刑事だと。
「お前だって、結構いい勘してんじゃねーか。自信持てよ、じゃねーと、やってけねーぜ」
 刑事ってのは、自尊心の塊みたいなもんだから。そう言って笑う抜沢は、それでもそれだけじゃないのだと感じさせてくれる。
「そ…すか、ガンバリマス。あ、それで、どんな罠、張るんですか?」
 当然の質問に、抜沢はにやりと笑んだ。いつもの笑みだ、自信に満ちた…大丈夫、この男には誰も敵うまい。それを誰よりもよく分かっているのは自分じゃないかと、なぜか思った。
 心に、嫌なものが渦巻いていたから。
「行きゃわかる。けどその前にやる事があるな…」
 ふっと、抜沢は唐突に進む方向を変えた。
「え?どこに…」
 抜沢が向かったのは、道の脇にあるガラス張りの小さな小屋…公衆電話のボックスだ。
「先輩?」
「お前は外で待ってろ。野郎二人がこんな狭いところに入るなんて、狭っ苦しい上に気色悪いだろうが」
「それもそうっすけど…」
 一緒にボックスに入ろうとして、押し戻された。どこに、誰に、何を伝えるのか気になって仕方がない…
「うぜーっつてるだろうが」
 バタン。有無を言わせず締め出され、思わず顰め面を浮かべる…言ってる事に間違いはないのだが、気になるものは気になる。そこでとった行動は、ボックスに背中をくっつけて座り込む、という事だった。
「よし、聞こえる…」
 頭をよしかからせるようにして。そすうれば、中の話し声が僅かにだが聞こえるのだ。
『 ─── …ああ、そうだ。あ?お前、俺に文句言える立場かよ。さっさとこの間の件、やっとけよ』
 途中からだが、抜沢の声。その内容に、つい苦笑いを浮かべた。誰と話しているのかは分からないが、いつだってこの傍若無人な態度。むしろ見ていて清々しいとすら感じる。
「アイタッ?!」
 突然ドアが開き、矢部の後頭部にゴツンと当たった。
「何やってんだ、お前?」
「え?あ、先輩。もう電話、えーんですぁ?」
「おう、用件は伝えたしな」
「用件て、何やったんですか?」
「あー?」
 気になるんです!という強い意志を浮かべて聞くが抜沢は何も答えず、唐突に矢部の髪をがしがしをかき撫でた。
「わっ?!」
「いーから、行くぞ」
「先輩!」
 誤魔化された…?
「さーて、蔵内を締めにかかるか」
 一体何を、したんだろう。よく分からないが、事件に関わる事なら直に自分にも分かるだろう。諦めて抜沢を追う。

 電車を乗り継ぎ、20数分。SWの本部では、妙な光景を目にした。何やら慌しい雰囲気。
「先輩、あれ…」
「妙な動き、してやがる」
 信者と思しき白い服を着た連中が、建物と、建物の前に止まっている大きな引越し業者のトラックを行ったり来たり。
「…逃げよる気ですかね?」
「どうだかな。まぁ、どこに行こうが追い詰めるがよ」
 抜沢はとりあえず、自分の前を横切ろうとした若い男の腕を捕らえた。
「わっ、何するんですか!」
 当然男は訝しがり、掴まれた手を振りほどこうとする…が、簡単にそれが出来るわけがない。
「え、あれ?」
 結構な力を入れて反抗するが、ほどけない。恐る恐る抜沢の顔を窺って、ギョッとしたような表情に変わった。
「いよぉ、兄ちゃん。俺ぁ警視庁のもんだがよ、話…聞かせてもらうぜ」
 抜沢の斜め後ろに立つ矢部には、抜沢の表情は見えなかったがなんとなく、脅しの顔をしているんだろうなと思った。
「な、何を…」
「まあまあ、立ち話もなんだろうが、中で聞こうか」
 有無を言わせずに、男の腕を掴んだまま建物内に踏み込んでいく。受付には、前に来た時にいた若い女性が、これまた慌しく書類を引っ掻き回していた。
「あっ!」
 抜沢と矢部に気付いて顔色を変えるが、それどころじゃないようで作業を続ける。
「おい、ねーちゃん、奥の部屋借りるぜ」
 抜沢が勝手に奥の部屋に向かうのをちらりと見遣り、ご勝手にどうぞ!と声を張り上げる。どうにもおかしな状況だ…一体何が起きたのだろう?
 かちゃり…例の、異様な雰囲気の部屋に入る。内装は前と同じ、気色悪いデザインの部屋だ。
「さーて、聞かせてもらおうか」
 どかっとソファに座り込み、抜沢が口を開いた。
「聞くって、何を…」
「決まってんだろ、何を慌てて動いてるのかって事以外に、何がある?」
 ん?と顎をしゃくりながら言うと、男はああ、と分かったような表情に変わった。
「そうか、警察はまだ知らないんですね」
 その事か…と、少し落ち着いたような表情だ。多分今の今まで、何故自分がここまで連れてこられたのか、状況が把握できずに脅えていたのだろう。
「何だよ、それ」
「大変な自体なんですよ、今」
「だから、何だよ」
「レヴァルが亡くなったんです」
 ん?と、矢部も抜沢も眉を顰めた。
「レヴァル?」
「あ、そっか、専門用語じゃ分かりませんね」
 男は慌てて、言いなおす。
「SAINT-Wolfの、教祖が亡くなったんです」
「え…?」
 目を丸くして、思わず声が漏れたのは矢部の方だった。抜沢も、顔には出さないが驚いている。
「死んだ…?」
「ええ、心臓発作で突然。次の教祖は決まってないし、必要書類も揃ってない。てんてこ舞いなんですよ、皆」
 自分も探し物をしなくてはならなくて、すごく忙しいと男は続ける。
「…あ、あいつは?ほら、なんつったっけ…」
 不意に、抜沢は矢部に目を遣った。ピンと来る、恐らくは前にここで会ったあの男の事だろう。確か…
「受付とか担当しとった人?」
 助け舟の如く矢部が口を挟む。
「ああ、瀬原さんですか。そうなんですよ、大体うちの事務はあの人が一手にまとめてたから、あの人がいればこんなに忙しくはならないんですが…」
 はぁ…と、小さなため息。
「逃げたのかい?」
 抜沢がポツリと言うと、顔を上げて慌てて言った。
「あの人のお嬢さんが大病を患っていて、手術の為に渡米してるんです」
 一ヶ月は帰ってこない、と続けた。丁度、矢部と抜沢が前にここに来たあの日、夜遅くに日本を発ったと言う。
「そやったんですか…」
 矢部が同情を帯びた口調で声をかけると、大変なんです…と男は小さく呟いた。
「けど代わりの奴がいるだろう?引継もまともに出来てないのかい?」
 抜沢が尋ねると、男は苦笑いを浮かべた。
「その代わりの奴、僕なんですよ。一ヶ月の間だけだし、大きな問題はないと思ってから受けたんですけど…」
 途端にこの様で、と。
「…蔵内は?」
「蔵内さん?あの人はほとんどここにはいませんよ。どちらかと言うとあの人は、信者と言うより営業ですから」
 トラブル処理のプロですからと、さらりと言った。
「そういう事か…」
「あ…」
 今更ながらに、男は口に手のひらを押さえつけた。口が滑った…というような。
「まぁ、それは今はどうでもいい。とりあえず、何を騒いでいるのか知りたかっただけだからな」
「はぁ、そうですか」
 抜沢は立ち上がりながら、続ける。
「蔵内には、どうしたら会える?」
「ああ、それはポケベルで連絡してるんです、いつも」
 電話番号を知らせて電話してもらい、用件を伝えていたという。
「じゃあとりあえず、そのポケベルの番号を教えてもらおうか」
「それは勘弁してください、規則で部外者には教えられない事になってるんですよ…」
「ちっ、使えねぇなぁ…」
 クッと、抜沢の後ろで矢部は思わず喉を慣らして笑った。抜沢らしい一言だったから。


 つづく


この次の動きがちょっと我ながら読めないので、中途半端に切って一休み(笑)
64話も過去話になりそうねぇ…
そうこうしてる間に現在ではひと月ふた月経過してると思います(笑)
付箋を沢山貼っておりますよ〜
ところで60話の後コメの意味が分かった人はいるかなぁ〜?

2005年6月18日

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