[ 第64話 ]


「あ、そやったらこうしたらえーやないですか」
 あまりにも抜沢が不機嫌そうで、そのまま男に無理難題を吹っかけそうな雰囲気だったもので、矢部は慌てて口を挟んだ。
「あ?何かいい案でもあるのか?」
 抜沢が矢部に目をやると、男はホッとしたような表情を浮かべて視線を同じく矢部に向けた。
「え…ええ、えーと、呼び出しといてもらえばえーと」
 実は何も思い浮かんでおらず、適当に言ってみる。
「へぇ…」
 抜沢が、にやりと笑んだ。
「あ、そう!そーですよ。ポケベル、番号を教えてもらうのがあかんのやったら、こっちの指定の場所に蔵内を呼び出してもろたらえーんですよ」
 唐突に、案が浮かんだ。不思議なもので、結構な良案だ。
「なるほどな…それなら出来るだろ、にーちゃんよぉ」
 ビクッと、男は肩を震わせた。良案ではあるが、どっちにしろこの男の協力が必要不可欠なるのだ。
「え…と」
「もちろん、それなら出来るよなぁ?」
 半ば脅しとも取れるような、抜沢の声。
「えぇっ?あー…」
 困ったような表情。何だかうまくいきそうな予感に、矢部も行動に出た。
「ところでにーちゃんは、どんくらいなん?SWにきて」
「えっ?三ヶ月、なんですよ。実はまだ」
「へぇー、そらまた、気の毒やなぁ」
 少し小芝居気味の、口調。抜沢が口元に笑みを浮かべたままで矢部を見ている。
「そ、それはどういう?」
「ここだけの話、ですよ?何やにーちゃん見とったら、気の毒になってきてん」
 大袈裟な身振り手振りで、男の不安をあおりながら矢部は続けた。
「あのね」
 そっと声のトーンを下げて、男に顔を近づける。すると男は、身を乗り出してしっかりと聞こうという体制に。
 ごくり、と喉の鳴る音を確認して、矢部は続けた。
「SW、数ヶ月前から公安のマークがついとるんですよ」
 その言葉に、男はさっと青褪めた。
「え…?」
「にーちゃんアレやろ?まだ日が浅いからよぉ知らん思うけど、SW…結構悪どい事してんねんで〜」
「え?え?ここってそんなに酷いんですか?だって、そんな話全然聞いた事ないですよ?」
「そらそーやん、自ら悪い話吹き込む阿呆、おらんて」
 クッと、抜沢の笑う声がかすかに聞え、矢部はにやりと笑みを向けた。男の死角で親指をグッと上に上げているのが見えたからだ。
「でも…SAINT-Wolfのモットーは世界平和で、社会の悪を根絶するための活動を主にしてるって…」
 ポツリと呟く。確かにそれがモットーにはなっているのだが、実際は暴力的な事も多々ある。
「にーちゃん…オレらね、今はこないだの、ここの専属会計士の殺人事件の捜査やっとるけど、それが終わったら組織そのもんの捜査に、戻らなあかんねん」
 組織の人間、一人一人の取り調べもありうるかも分からん。そう続けると、男は力なくソファに座り込んだ。
「悪い事言わへん、今の内に警察に恩売っとき。そしたらにーちゃんの取調べは、意地でもオレが受け持つから。恩人のよしみでうまい事やったるから」
 な?と優しいトーンで声をかけると、男は静かに頷いた。

 一時間後、矢部は抜沢と共に所轄署へと向かっていた。急に召集の連絡が入ったのだ。
「しっかし、お前の三文芝居もたまには役に立つな」
 クックと喉を鳴らしながら抜沢が言う。
「三文芝居やないですよ、本人はおー真面目にやっとります」
 矢部も、おかしそうに笑いながら答える。
「三文芝居だろ?お前…いつもあの手、使ってるのか?」
 先ほどの、SWでの事を言っているのだ。結局男は矢部の説得に落ち、抜沢や矢部から要望があればすぐさま蔵内を指定の場所に呼び出すという事を了承したのだった。
「いつもてワケやないですけど…もともとあーゆうんはやりたないんです、何や強引な手腕なんで」
「確かにな、正攻法じゃぁねぇからな」
 おもむろに懐から煙草の箱を出し、抜沢は一本を咥えた。当然のように矢部はズボンのポケットからライターを取り出して、火をかざす。
「やっぱ協力者は、信頼の元に…それが公安の基本やて、教わりましたから」
 他でもない、あなたに。そういう意味合いを込めて抜沢を見ると、くすぐったそうな笑みをただ浮かべていた。
「それにしても、急な招集かかるなんて、何かあったんでしょぉかねぇ?」
「ん?あぁ…そうだな」
 面倒くせぇなぁ…、相変わらずのやる気ない事を呟きながらも、気は急く。緊急な呼び出し、それは矢部と、抜沢…両名のポケベルに入ったもの。という事は、恐らくほぼ全ての捜査員に呼び出しがかけられたのではないだろうか?
 それはつまり、捜査に大きな進展が見えたから…
「何や、気になりますね」
「そうだな」
 解決に向かうような事なら文句なしだと、矢部は前を見据えて歩き続ける。
「矢部、よぉ」
 所轄署の大会議室に入ると、井村が駆け寄ってきた。小さく抜沢に会釈して、矢部の肘をつかんで部屋の隅に連れ行く。
「おお、井村…って、何やねん?」
 部屋の隅の、大きな機材の物陰。
「お前よぉ、大丈夫なのか?」
 声のトーンを落とし気味に、井村は言う。
「何がや?」
「だからさぁ…あの人と一緒に行動して、大丈夫なのか?」
 ちらりと抜沢の方を見遣ってから、続ける。
「勝手な動きしてるらしいって、変な噂が飛び交ってるぜ」
「あぁ、そら毎度の事や。公安じゃぁあれが普通やで、気にしとったら身がもたんわ」
 ケタケタ笑い、その肩をバシバシ叩いて答える矢部にやっと井村は笑みを浮かべた。
「けどよ、幾らそっちがマークしてた団体の関係者が被害者だからって、あくまでこれは殺人事件だ。主導権はこっちにあるんだぜ、あんまり無茶な動きするなよ」
「そないな事、オレに言うてもあかんわ。あん人に言わな」
「馬鹿言うなよ、あんな恐い人に意見できるわけねーだろ」
「そらそーや、オレかて言えへんし」
 あははーと、他人事のように笑う矢部を見て井村は呆れたように息をついた。
「お前って前向きだよなぁ…ま、心配しても損か。っと、そろそろ会議始まるな」
「そやな、ほなまた後で」
「おう」
 前向き…そう言われて、そうでもないさと心の中で答えながら矢部は立ち上がり、抜沢の隣へと駆けた。井村の方も、そんな矢部の背中を見送った後で自らの相方の元へと駆けて寄った。お互いに部署は違えど、やはり同期。
 犬猿の仲と言われる刑事部捜査一課と公安部にそれぞれいても、そこそこに付き合いは続いているものだ。
「あいつ、お前の同期だっけか?」
 席に着くと、抜沢がポツリと口を開いた。
「え?あぁ、井村ですか、そーです」
 警察学校時代の、そう続ける矢部をちらりと見遣り、そこで抜沢との会話は途切れる。丁度、捜査会議を仕切る警視庁のおエラいさんが入室してきたのだ。
 会議では挨拶もそこそこに、それぞれの集めた情報をそれぞれに報告していく、だが抜沢は、蔵内の事は一言も報告しなかった。隣で矢部がはらはらするのも気にせずに、配られた資料を見遣っている。
「先輩?蔵内ん事、報告せんでもえーんですか?」
「ん?あぁ…心配すんな、課長の方からもう伝わってるから」
「え?」
 矢部の知らぬ間に、今まで抜沢と矢部、二人がしてきた捜査の全ては、抜沢の口から公安部第五課長に報告が成されていたと言う。
「い、いつの間に…て、珍しぃですね、先輩がちゃんと報告義務果たしとるなんて」
「まぁな、課長が骨折って俺等を捜査に加えさせてんだ、それくらいはしてやらねーと」
 資料を丁寧にめくりながら、抜沢は続ける。
「去年の事件も関わってるし、ややこしいからってのも理由の一つだがよ」
 こういう部分も、公安で長くやってきたからこその行動なのかもしれない。
「へぇー…先輩、やる時ゃホンマにやりますねぇ」
「なんだよ、お前、俺の事をただの傍若無人なワンマンヤローとか思ってたのか?ん?」
「えっ?いえ、滅相もない…」
 慌てて首を振ると、前の方から咳払いが聞こえた。地声の大きい矢部、気づかない内にオーバーアクションをしていたらしい…指揮官が睨みつけていた。
「あ、すんませーん…」
 慌てて頭を引っ込める。
「ばーか、声がでけえんだよ」
 腕の辺りを小突かれて、思わず苦笑い。捜査会議終了後に、矢部と抜沢はその指揮官に名指しで呼び出された。


 つづく


ちょっと順番がぐちゃぐちゃしてきました(汗)
しかし、抜沢さんのキャラ性がどんどん変わっていってる気がします…最初はもっとただ恐いだけな感じだったのに、どんどんいい感じに(笑)
う〜ん、さすが、情熱系だ(笑)
○○刑事、情熱系?(○○の部分を勝手に当てはめてください)

2005年6月20日

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