[ 第67話 ]


「とーちゃくっ!」
 随分と長い坂道を登りきって、楓が足を鳴らして振り返った。
「緩やかやけど、結構きつい坂やったな」
 一歩遅れて、矢部も登りきる。僅かに息切れ…
「あ、納骨堂ってあれかな?」
 呼吸を整える矢部の腕をつかんで、楓は言った。
「あ?あぁ、そやろな」
 古い建物が見える。唐茶色の屋根、寺ならではの風情。
「なんだか緊張する」
 隣で深呼吸する楓をちらりと見やってから、矢部は楓の手を腕からはずして、頭を抱えるようになでた。
「わ?」
「緊張する必要なんてないやん、二人とも喜ぶで」
「ん…だといいな」
 遠くから聞こえる蝉しぐれ、葉擦れの音、澄んだ薄青の空…夏の、終わり。
「こんにちは」
 突然、後ろから声をかけられた。
「え?」
「あ、どぉも」
 振り返るとそこには、この寺の住職らしき老いた男性がにこやかに佇んでいた。
「お参りですか?」
 穏やかに、彼は言う。
「あ、はい。こちらに、えっと…」
「納骨させてもろてんですが」
 戸惑う楓の代わりに矢部が続ける。
「お名前は?」
「「椿原です」」
 不意に、声が重なった。住職は目を細めて、あぁ…と唸った。
「ご、ご存知ですか?」
「ええ、ご案内しましょう」
「ありがとうございます」
 静かに住職は、二人の前に出て歩き出した。
「椿原さんの、娘さんですか?」
「え?あ、はい」
「そうですか、いつも便りをありがとうございます」
「あ、いえ…こちらこそ、いつもありがとうございます」
 寺の奥へ行くと、長い廊下に行き着いた。どうやらこの廊下の果てに、お堂があるらしい。
「この春に、東京に出てらしたとか」
「はい、こうして伺うことができて良かったです」
「そうですか」
 住職は歩きながら、静かに、ポツリポツリと声をかける。それに楓も、静かに答える。矢部は少し、居辛い気がした。
「そちらの方は?」
 ふと、矢部に話を振る。
「は?あ、えーと…」
「昔、東京にいた頃にお世話になった方です。今もなってますけど」
「そうですか、どこかでお見かけしたような気がするんですが…お名前は?」
「矢部です」
「矢部さんですか」
 ふと、住職は唐突に足を止めた。
「あの?」
 静かに踵を返し、矢部を見る。細めていた目を大きく見開いて、矢部の目を見る。
「あ、あの?」
「ああ、思い出した」
 ふっと、目を細める。
「え?」
 矢部に見覚えはない。椿原夫妻の葬儀には出られなかったから…捜査に向かっていたから。
「あの方の葬儀で、あなたの姿をお見かけしたんですよ、矢部さん」
 ぐらりと、眩暈のようなものを感じて、慌てて壁に手をあて身を支えた。楓は不思議そうに矢部を見ている。
「ああ、申し訳ない。年寄りはすぐ思い出話をしようとする…辛い事を、わざわざ」
「いや、えーですよ、そんな…」
 矢部の態度に、住職は察したらしかった。そして矢部も、気づいた。あの時の葬儀に来ていた住職かと。
「おにーちゃん?」
「あ、かえちゃん。気にせんで、な」
「う、うん…」
 住職は申し訳なさそうに一礼して、再び歩き出した。楓も後に続くが、矢部は少し、その場に立ち尽くしていた。心が重い…
「そか…ここ、本堂なんや、あそこの」
 小さくポツリとつぶやいて、歩き出す。

「ケンおにーちゃん、大丈夫?」
 納骨堂に入ってから、住職は二人をある場所に案内して、姿を消した。準備でもしているのだろう。
「え、何がや?」
「さっき…なんか、辛そうだったよ?」
「…大丈夫や」
 不安そうな楓の表情を見て、はっとした。こんな事をしている場合じゃない。
「さ、こっちも準備しよな」
 話を変えるように、矢部は唐突に前を見た。そこには、大きな棚のようなもの。
「…ケンおにーちゃん、納骨堂って、すごいね」
 ポツリと言う楓。確かに、初めて目にするのならばそう思うのも無理はないかもしれない。広いお堂の中には、いくつもの木製のロッカーのようなものが並べられていて、そのどれもが観音開きの戸を閉めている。
 薄暗い。そして漂う、線香の煙。
「これやな」
 大きさは、普通の仏壇くらいかもしれない。それが二段三段と積まれているような感じ。その中の一つに、矢部は手をかけた。
 下の方に『椿原家』と書かれていた。
「よっ、と…」
 静かに開けると、納骨壇が姿を見せた。
「わぁ…」
「あぁ、ろうそくはいらんかったな」
 矢部は言葉少なに準備を始めた。脇にある電気のスイッチみたいなものをONにすると、ろうそくの形のものに火が灯ったように明かりがついた。
「かえちゃん、お花頂戴」
「あ、うん」
 慣れたような手つきで、はさみを使って余分な茎を落とし、両脇に設置されている花差しに分けて供えていく。
「次はお線香、あとマッチ」
「はい」
 楓はほとんど、矢部に言われて物を渡したり、落ちたものを片付けたりして、手際のよい矢部を見ていた。
「よし、できた」
 十数分、いや、そんなにかかっていないかもしれない。お菓子や果物もきちんと供えられて、準備が整った。
「出来た…ありがとう、ケンおにーちゃん」
「礼はえーから、ほら、お参りや」
「あ、うん」
 楓を前に立たせて、矢部は一歩下がり、目を閉じて手を合わせた。楓も、ちらりと振り返って矢部を見てから同じように、手を合わせた。
 …何を、言えばいいだろうか。目を閉じたままで、矢部は思った。元光と遥に、何を言えばいいだろう。
「元光さん、遥さん…」
 おもむろに、矢部は口を開く。目を閉じたまま、手を合わせたまま。
「かえちゃんは…元気です」
 そうして、心の中で続けた。出来うる限り、楓の力になりますと。
「…お父さん、お母さん」
 楓も矢部に続き、口を開いた。
「私は、元気です。ケンおにーちゃんに、沢山助けてもらって、元気です…」
 それだけ言って、しばらく黙り込む。矢部と同じように、心の中で静かに続けているのだろう。そもそもお墓参りなんてのは、そういうものだ。
「また、来るね」
 そう言って、楓は振り返って微笑んだ。後ろには住職がいて、こちらの準備も整ったからと教えてくれた。
 それから、住職にお経を上げてもらい、二人は家路に着く事になる。その道の途中、楓が言った。
「ケンおにーちゃんの大切な人も、亡くなったの?」
 矢部は、何も答える事が出来なかった。


 つづく


あー、もうっ!
脱力です、難しいなぁ、なんだか。
ちなみに私はお墓参りが大好きです、今年のお盆も行きます、夕方に。
そしていつもと同じように写真とってきます。
母方のお墓参りは毎年行けるけど、父方のお墓参りはなかなか行けません、遠くて。

2005年7月9日

■ 入口へ ★ 次項へ ■
(前のページに戻る時は、ブラウザの戻るをクリックしてください)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送