[ 第69話 ]


 一言だけ呟いて、とりあえず着信履歴に残された番号にかけなおしてみると、一秒二秒のコール音がすぐに途切れた。
「お前ナニサマやねん」
『山田奈緒子様ですよ』
 挨拶も抜きに憎まれ口が返ってくると、呆れて何も言えなくなる。
「…酔っとるんか?」
『まさか、こんな真昼間から呑んだりなんてしませんよ、矢部さんじゃあるまいし』
「それもそうやな、酒買える金もないし」
『うるさいっ』
「うるさいんはお前の声や…で、何やねん」
 電話をかけてきたのは、山田奈緒子その人である。こんな風に奈緒子から電話がかかってくることは、滅多にない。はっきり言って、少し嫌な予感がする。
『ちょっと会って話したい事があるんですけど…』
「だったらワン切りなんてせんで普通にかけたらえーやないか」
『いやぁ、電話代がもったいなくて…でも本当にかかってきたからびっくりしましたよ』
「あ?」
『上田さんが教えてくれたんですよ。電話代がもったいなくてかけれなくて、でもどうしても電話したい!って思ったら一回のコールが鳴り終わる前に切れって』
 その言葉に、つい頬が緩んだ。
「お前…」
『そしたらかけ直してやるからって。矢部さんにまで効くとは思いませんでしたけど』
「お前それ、上田センセー限定やで、普通は」
『何でですか?』
「何でって…それ、遠まわしに電話くれ言うサインやないか」
 クックと笑いながら、矢部は額に手を当てた。アテられて困るとでも言うように。
『えっ、そうなんですか?!ったく、あの馬鹿、そうならそうとはっきり言えばいいのに…』
 小声になりながらも続くその言葉に、矢部は何度も噴出しそうになった。なんだってまぁ、相変わらずの二人なのだろう…
『あれ?でもなら、どうして矢部さん、わざわざかけ直してくれたんですか?』
 ぶつぶつと文句を言っていた奈緒子が、急に、思い出したかのように言った。
「あ?」
『だって、その…限定の上田さんじゃないのに』
「そらお前、滅多にかけてこない奴からかかってきたら普通気にするやないけ。だってそうやろ?お前が何かあったんなら、かけるんはそれこそ上田センセのはずや。なのにオレんとこにかけてくるっちゅう事は」
 ああ…と、電話の向こうで息をつく声が聞こえた。
『察してたんですか』
「余程の事か、もしくは…」
 彼女の事だと、相場は決まっている。
『さすが、刑事ですね』
「…まぁな」
『じゃぁとりあえず、電話で話す事じゃないんで…』
「あぁ、わかった。場所、指定せぇ。どうせ今日は非番やから」
 穏やかな口調に、我ながらと苦笑いを浮かべ、矢部は奈緒子の言葉を待つ。
『非番、なんですか…楓さんは?』
「家で留守番しとる、ちょっと野暮用で外に出たとこやねん」
『ああ。じゃあえっと…あ、矢部さんちの近くに大きな公園ありましたよね?あそこでどうですか?』
「お前んちから遠いけど、えーんか?」
『うちの近くだと上田がいそうなんで』
 はは…思わず笑うと、電話の向こうで奈緒子も笑っているようだった。たぶん、照れ笑い。
「ほな、これから行くわ」
『はい、私もこれから出ます』
「おう」
 電話を切ると、不意に重い空気が流れたような気がした。湿気を含んだ、重い空気。
「あれ?今日、雨降るんやったっけ?」
 夏場の雨は、大抵そんな空気を伴ってやってくる。そうして、止んだ後はすっきりとしているのだ。空を見上げると、快晴とまではいかないがそこそこに晴れ間が見える。雨が降るような気配はない。
「ま、えーか」
 家の近くの公園なら、降ってもすぐに帰れるし…そんな事を思いながらも、奈緒子の話が気にはなっていた。
 用があるといっては、その話の内容はいつだって楓の事なのだ。
「今度はどんな話なんやろな…あいつも突拍子のない事をちゃらっと言いよるから」
 エレベーターで下まで一気に降りて、警視庁を出る。屋上に比べると、少し蒸し暑い。周りがビルだらけだからだろう。大きく息をついてから、矢部は目的地に向けて歩き出した。

「やーべさーん」
 自宅近くの公園の、ブランコの近くを歩いていると後ろの方から声がした。
「おう…って、お前、何してんねん」
 奈緒子が滑り台の上で、手を振っている。
「いや、見てたらちょっと滑りたくなって」
「ガキやあるまいし…大体お前、幾つになったんや。えー年した大人が」
「24ですよ、楓さんと同じ。いーぃじゃないですか、子供心を忘れないって事ですよ」
 そう言いながら、奈緒子は滑り降りる。呆れながらも矢部は滑り台に近づいて、降りてきた奈緒子に手を貸してやった。
「服、後ろ汚れとらんか?」
「え?あ、大丈夫です」
 矢部の手を取って立ち上がると、すぐにその手を離す。
「子供心なぁ…そこまで初心に帰れたら幸せかもしれんけどな」
「そうですよ、私は幸せ者なんです」
「自分で言うな」
 えへへへ、といつもの笑い声がこぼれると、矢部もつられたように口元に笑みを浮かべた。
「それより話や、話。さっさと話せ」
「急かさないでくださいよ」
「話するために呼び出したんやないか。さっさとせんなら時間の無駄や、オレは帰るで?」
 くるっと背を向けて歩き出すと、奈緒子は慌てて矢部の後ろについて口を開いた。
「話しますってば」
「なら早せい」
「ったく、気が短いなぁ…」
「山田っ!」
「はいはい」
 はぁ…と、二人そろって息をつく。矢部は立ち止まって振り返り、奈緒子を見てからあごで近くのベンチを示した。奈緒子は無言で、こくんと頷く。
 ベンチに腰を下ろして、奈緒子は再び深く息をついた。
「ため息つくと幸せ逃げるで」
「もう逃げてます」
「…それもそうやな」
 矢部は座らずに、ベンチの背もたれ部分に軽くよしかかる。
「お祭り…」
「ん?」
「楽しかったですね、お祭り。あと花火と」
「あぁ、そやな」
 ザワザワと、公園の木々の葉が風に揺れて擦れる音が響く。
「私、お祭りに行ったの久しぶりでした、すごく」
「ふぅーん、オレもや」
「上田さんも、久しぶりだって言ってました」
「…良かったやないか」
「ええ」
 いつも同様、話は一向に本題に進まない。
「上田センセーと花火見れて、良かったやないか」
「いや、この際上田は抜きにしても良かったですよ、綺麗でしたし」
「別に抜かんでもえーやないか…お前も頑固やな」
 手を伸ばし、奈緒子の髪をぐしゃぐしゃと乱すようになでると、眉毛を八の字にして、それでも少し照れたような笑みを向けてきた。
「矢部さんも、良かったですね」
 あまりにしつこく髪を乱す矢部の腕を強引に払い避け、奈緒子は言う。
「何がや」
「楓さんの浴衣姿見れて」
「…まぁ、な。かわえかったし…って、何を言わせんのや」
 ったく…、呆れながら、からかわれてるなぁと自覚する。奈緒子の表情を見ていれば、なんとなくわかる。
「面白いんですもん、矢部さんの態度」
「なんやと?」
「だから、矢部さんの態度。楓さんに対する態度とか、言ってる事とかやってる事とか。何て言うのかなぁ…愛があふれてる感じがするんですよ」
 気付かないのは本人だけですよ。そう笑いながら続ける奈緒子の横顔を見ていると、確かにそうかもしれないと、思う。奈緒子と上田もまさにそうだから。
「お前いつもそれやな。どうでもえーからさっさと本題に入れや」
「いいですよ、本題に入りましょう」
 ん?と、顔をしかめる。やけにあっさりと引き下がった…いつもならもう二・三、無駄な会話を続けるものなのに。
「言ったんですか?楓さんに」
 戸惑う矢部をよそに、奈緒子は続ける。
「あ?」
「好きって、言ったんですか?」
 満面の笑みを浮かべて。


 つづく


なんとなく、自分、阿呆やなぁ…とか思いました。
矢部さんと奈緒子のやり取りって、無駄に長くなってしまいがちです(笑)
矢部さんじゃないけど「えー加減にせぇや」と言いたくなるよ。
なんだか文章も変な気がするし…乾いた月に関しては私、全く寝かさずすぐさまUPするからねぇ…
誤字脱字、見つけたら教えてください(汗)

2005年7月13日

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