[ 第70話 ]


「なっ…お前はまた、いや、そーやなくて」
 奈緒子の一言に、急に顔が熱くなった。
「顔、赤いですよ」
「お、お前がまた阿呆な事言うから…」
 矢部のその態度に、奈緒子はヤレヤレと呆れたジェスチャーとともに席を立つ。
「その様子じゃ、まだ言ってないんですね」
「おまっ…前に言うたやないか、そーゆう感情とちゃうんやって」
「またまた〜」
「いらん世話焼くな」
 ガシガシと首の後ろを強く掻きながら、矢部が奈緒子と入れ替わるようにベンチに座り込んだ。
「認めたクセに」
 ぐっと反論しようとして、言葉を飲み込んだ。確かに…あの、夏祭りの前に奈緒子と話をした時に、ほぼ認めてしまったのだ。
「早く言っちゃえばいいのに」
「い、言えるわけ…ないやろ」
 好きだなんて…心の中で続けながら、上着のポケットの中に手を突っ込んだ。カサリと、何かに指が当たる。
「何でですか?」
「何でって…そ、そーゆう好きと、ちゃうから…」
 自分の好きは、何度も言ったように、年の離れた親戚の子に対するようなものなのだと、自分に言い聞かせるように矢部は小さく続けた。
「親戚って、でもいとこ同士なら結婚だって出来ちゃうんですよ。いいじゃないですか、別に」
 指に当たったのは、小さな紙袋。渡せないままずっと、持ち続けた贈り物。
「結っ…な、何を唐突に」
「話の例えですよ、マジに受け止めないでください」
「わ、わかっとるわボケッ!」
 うぅ…と唸りながら、矢部はポケットの中のそれを、軽く握り締めた。紙袋の中の硬い物の感触に眉をひそめる。
「でも確かに、告白って難しいですよね」
 風にスカートの裾を揺らしながら、奈緒子はくるりと矢部に向き合って口を開いた。
「…わかるんか、お前に」
「なっ…わかりますよ。コレでも実家にいた頃は大変だったんですから」
「何がや」
「い、色んな子に告白されて…」
「嘘、下手やな」
「うるさいっ」
 奈緒子の様子に、矢部はくっと喉を鳴らして笑った。
「されるんとするんとでは大違いや」
「そんなもんですか?」
「そんなもんやろ」
 ふぅーん…奈緒子は口元に手を当てて、相槌を打つ。
「でも、する方もされる方も、すっごく照れますよね」
「される方はどうやろな」
「照れますよ、そういう空気を感じ取って…あ、告白されちゃうってなると」
 やけに身振り手振りで説明する奈緒子を見ていて、ぴんと来た。
「なんやお前、上田センセーに好きや言われたんか?」
「ぅなっ?!」
 矢部に向き合っていた奈緒子だったが、身ぶり手振りをしているうちにあっちを向いたりそっちを向いたりしていた。だが、矢部の一言にバッと身を翻す。
 口をパクパクさせて、心なしか頬も赤い。
「図星かいな」
「違っ…ま、まだ、されてません」
 最後の方が小声になる。
「ああ、それでやな。そういう空気感じ取って…お前の事やから、はぐらかして逃げたんやろ」
 何か反論しようとする奈緒子だが、まさに図星らしく、何も言えずに口をきゅっと噤んだ。
「そんでオレに意見を聞こうとしたわけやな、わざわざかえちゃんの事やなんて言うて」
「ち、違いますよ…本当に、楓さんの事で話、あったんですもん」
「ほんなら早ぅに言やえーやないか」
「…つ、ついでに意見、聞こうと思って」
 はぁ…と、今度は矢部が呆れる番だ。
「お前…阿呆やろ」
「失礼な…」
「…不器用なのは、一緒やねんなぁ」
「え?」
 矢部は、観念する事にした。奈緒子を見ていると、その不器用さに鏡を見ているようになる。違う、そうじゃない、きっとそれは全然違うんだって…思っていた事も知っているから。
「お前、上田センセの事、好きやろ?」
「なっ、何を急に…」
「でもそれ、こないだまで誤魔化しとったなぁ…ただの腐れ縁やちゅーて」
「う…」
「そやけど、諦めたんやな」
 諦める…無駄な足掻きを。
「好きやゆー気持ち、認めたら、楽になるもんなぁ」
「矢部さん?」
 何を言おうとしているのか、正直矢部自身よくわからずにいた。奈緒子なんて、顔見知りで、ちょっと話を交わす程度の知り合いなのに。自分の心の内を、明かそうとしていた。
「かえちゃんの両親な…オレが、殺したんや」
「えっ?!」
 突然の言葉に、奈緒子は目を丸くする。
「オレが…殺したようなもんなんや」
 遠い目で、矢部は続ける。若い頃の自分の浅はかな行動が、二人が殺されるきっかけになったのだという事実を。
 奈緒子はただ、目を丸くしたまま話に聞き入っていた。
「…だからオレは、あの子…かえちゃんを、傍で守っていきたいんや」
 一歩下がったところで。その言葉を最後に、矢部は口を閉じる。チチチ…と、小鳥の囀りが公園内に響いた。
「矢部さん…それで踏みとどまって、たんですか?」
「んー?」
「自分は、楓さんの両親を死に追いやった原因を作ったから、それ以上の関係になっちゃいけないって…そういう事でしょう?」
 奈緒子はよく感じ取っていた。そして矢部の今の話から、全ての絡まった糸を紐解いていた。
「そういう事に、なるなぁ…」
「そんなのって…悲しいですよ」
「しゃぁないやろ…これが現実や。オレにはかえちゃんが幸せになる為に色々手を尽くす義務があるんや、好きやなんて、恋にうつつをぬかしとる場合とちゃうんや」
 ふらりと、奈緒子は矢部の隣に腰掛けた。
「でも…矢部さんの想いが楓さんを一番幸せにする事も、あるんじゃないですか?」
 隣で、顔を矢部のほうに向けて。
「さぁ…な」
「言ってみれば、いいじゃないですか」
 あとでどうにでも誤魔化せるじゃないですかと、奈緒子は言う。
「私に言い張ったみたいに、年の離れた親戚の子みたいに思ってるって…いくらでも誤魔化せるじゃないですか」
「そんな阿呆な事…」
 唐突に奈緒子は席を立った。
「…座ったり立ったり、忙しい奴やな、お前」
「練習…」
 矢部の言葉を無視して、奈緒子は続ける。
「言えないのはきっと、慣れてないからですよ!練習すればいいじゃないですか」
「は?何言うてるんや?」
 矢部の腕を掴み無理やりベンチから立たせて、奈緒子は真剣な表情で続けた。
「私を楓さんに見立てて、練習すればいいじゃないですか」
「お前…ホンマに阿呆やろ?」
 ペタン…自らの額に手のひらを当てて、矢部は呆れる。
「何でですか。だって私と楓さん、同じ年だし…背丈とかも同じくらいだし」
「似てもにつかんやろ、かえちゃんとお前じゃ。月とすっぽんや」
「あ、ひっどーい…」
 むすっとする奈緒子を見て、矢部は「あ」と思った。
「お前、オレに練習せぇ言うて、ついでに自分も練習する気やろ」
「え゛っ…」
「その声は図星やな」
 矢部の言葉通り、奈緒子はついでに…と思っていたらしい。
「それは、そのぅ…」
「上田センセに好きや言われた時の、練習をついでにしようとか思とったんやろ。油断も隙もないやっちゃな」
 やれやれと、呆れるジェスチャーをとる矢部を見て、奈緒子はぎっと目つきを変えた。
「いーじゃないですか、別に、どうだって!矢部さんは楓さんに好きだっていう練習が出来る、私は上田の馬鹿に言われた時の練習が出来る、一石二鳥じゃないですか!」
 睨み付けるような目つきで、怒鳴る。
「お前…言ってて自分でも、変やて思とるやろ」
「ええ、まぁ…」
 開き直ったかのように、ポツリと答える。
「…しょうのないやっちゃな」
「え?」
「お前には負けた、しゃぁないから付きおーたるわ…練習」
 呆れながらも、口元に微笑を浮かべて言う矢部を見て、奈緒子も満面に満足そうな笑顔を浮かべた。
「そうこなくっちゃ」
「調子にのるなよ」
「わかってますって」
 奈緒子の浮かれる様子を見て、後悔したのは言うまでもないだろう。奈緒子は突然、場所を変えようと言い出した。
「えーやん、別にここで」
「向こうの噴水近くにしましょうよ、なんとなく雰囲気あるじゃないですか」
 一人スタスタと歩き出す奈緒子の後姿を見て、ため息が出る。
「ほら、早く来い!矢部!」
「呼び捨てやめぃっ!」
 奈緒子の示した噴水の近くに立って、奈緒子と向き合って、矢部は再び息をついた。
「何でため息つくんですか…幸せ逃げますよ?」
「もう逃げとるわ、阿呆っ」
 先ほどとは逆のやり取り…
「お前をかえちゃんに見立てるんは至難の業やねん」
「ひっどい事言いますね…確かに楓さんは可愛いですけど、私だってそれなりに美人なんですから」
「自分で言うなっ」
 奈緒子の顔を見ないようにして、少し深呼吸をする。これはただの練習で、おまけに目の前にいるのは小煩いあの山田奈緒子。なのに、緊張する。
「早くしてくださいね」
「急かすなっ」
 奈緒子の一言一句にイライラしつつ、気を静めるように何度も深呼吸。片手はポケットに入れたままで、紙袋をずっと握り締めていた。

 ざわざわと遠くの方で、木々の葉擦れの音。そして小鳥の囀りと、噴水の水のせせらぐ音。矢部は何度も、自分に言い聞かせた。目の前にいるのは、楓だと。
「言う、で…」
「あ、はい」
 心臓が、ばくばくと大きく鼓動する。
「お…」
 奈緒子を見ないようにして、楓の姿を思い浮かべた。
「お?」
 きっと楓は、微笑んでいるだろう。
「オレは…」
「はい」
 一度、唇をかんでから、矢部は決心したように口を開いた。


 つづく


どがーん。
70話目というキリのいい数字でしたが、こんな具合になりました。
なんとなく先の読めそうな展開と、2話続けての奈緒子と矢部さんの二人舞台。
何なんでしょう、コレ(笑)
まぁ、ね…これでようやっとこっちも佳境のの入り口に立ったみたいです。

2005年7月16日

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