[ 第79話 ] 空港について、矢部が支払いをしている間にするりと降車した抜沢は、一人でさくさくと空港内に向かった。 「あ、先輩、先に…すんません、領収証ください」 ちらちらと抜沢の背中を追いながら、運転手の寄越したつり銭と領収証を引っつかんで矢部も慌てて駆け出す。 が、混み合った構内、あっという間に抜沢の姿を見失ってしまった。 「あー…」 とりあえず搭乗口に向かうが、抜沢らしき姿を見つけ出す事が出来ない。困った…途方にくれていると、不意にがやがやとロビーの方が騒がしい。 「まさ、か…」 こういう時、騒ぎの中心はいつだってその人物だと相場は決まっている。人波を掻き分けて進んでいき、つい、にやりと笑んだ。 「矢部、早く来い」 矢部の姿を見つけ、抜沢が口を開いた。彼は、案内ロビーの受付嬢から恐らく強引に奪ったであろう館内マイクを手にしている。 「先輩、それで何する気、ですか?」 少し嫌な予感を感じながら、とりあえず聞く。 「決まってんだろ。おい、ねーちゃん、マイクの電源入れてくれや」 ちらりと懐の警察手帳を見せて、カウンターの内側にいた女性に声をかける抜沢。女性は困ったような表情を浮かべながらも、細い腕を伸ばして抜沢の握るマイクのある部分に触れた。 キィィン…と、かすかな電子音。 「よし…」 満足そうな抜沢は、おもむろに手招きをして矢部を呼んだ。 「え?なんすか?」 恐る恐る近づくと、ひょいっとマイクを手渡された。 「え゛、ちょっ…先輩?」 「お前が呼べ」 い゛っ?!と、思わず顔が歪む。 「おもしれー顔してんじゃねーよ、さっさとしろ」 ああ、嫌な予感とはいつだって当たるものさと自分に言い聞かせ、眉毛を八の字にしたままでマイクに口を近づけた。 「あ、あの…」 構内に矢部の声が響く。恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、矢部は抜沢に視線を送った。早くしやがれ…抜沢の目は矢部にそう告げている。 これには参る…そうは思いながらも、事件解決のため。小さくわずかに頷いて、意を決す。 『い…池内律子さんっ!!』 ざわざわとしていた構内が、瞬時にして静まり返った。が、どう続けようか悩んでいる間に、周囲は静かにざわめきを戻していく。 『池内律子、用があるから案内ロビーまで来い』 そして、悩む矢部の手から簡単にマイクは奪われ、抜沢が続けたかと思うとそのまま受付嬢にそれを返した。 「助かったよ、嬢さん方」 きょとんとする。受付の女性も、矢部も。抜沢はそんな矢部らをそのままに、受付のカウンター横に設置されている椅子に腰を下ろした。 「せ…先輩?」 「矢部も座れ。まだ飛んでなけりゃー、今のを聞けば来るだろうよ」 おもむろに懐から、小さな箱を取り出し中身を一本、出して咥える。矢部はその仕草に、きょろきょろと辺りを見渡したかと思うと、少し離れた椅子の横にある灰皿とゴミ箱が同化した物をズリズリと引きずって抜沢の腰掛けた椅子の横に置いた。 「そやけど、きーひんかったら?」 そして、ズボンのポケットから出したライターに火を点して抜沢の口元に寄せる。 「そんときゃ、そん時考えればいいさ」 タバコに火をあてがい、深く吸い込む抜沢。 「アテもないのに?」 「悩むだけ無駄だ」 静かに煙を吐きながら…と、抜沢の目がぱっと見開かれた。ドキッとしてその目が捕らえたものを追うと、そこには希望の光。 「律子さん!」 はあ、はあ…と肩で息をしている律子が、大きな紙袋を持って立っていた。 「よう。はえーな、もしかして近くにいたか?」 嬉しそうに名前を呼んだ矢部とは逆に、抜沢はしてやったり顔を浮かべている。カツ、カツ、カツ…律子の足、少しヒールの高い、クリーム色の靴が大理石の床を軽快に鳴らす。 カツッ…そうして抜沢の前で立ち止まった律子は、未だ肩で息をして、頬を紅潮させていた。 「どうした?顔赤いぜ」 にやり、笑う抜沢。 「どうしたじゃありません!そして近くにもいません!」 キっと、睨み付けるような目。 「ん?」 「り、律子さん…」 矢部には、なんとなくわかる。そりゃそうだろう、この大勢の人ごみの中で館内放送であんな呼ばれ方をすれば… 「恥ずかしいじゃないですか、もう…二階の喫茶店でお茶を飲んでいたのに、びっくりしてむせちゃったじゃないですか」 慌てて駆けて来たんですよと続けながら、律子は小さく笑った。 「走ってきたんですか?律子さん、すんません、変な風に呼びつけて」 「ああ、いいえ、気にしないでください」 「そうだぜ矢部、気にするな」 「抜沢さんは気にしてください」 …なんだか律子と抜沢の遣り取りを見ていると、漫才のようで面白いなぁなどと、矢部はぼんやり思った。 「あー、悪かったな。俺は刑事だからよ」 きらりと目を光らせ、ずぃっと抜沢は笑いながらタバコの煙を律子に吹きかけた。 「ちょっ、もう…」 普通なら怒りそうな仕草なのに、なぜ律子は笑っていられるのだろうか? 「あ、そうだ先輩、話…」 ぼんやりとしていたが、思い出してハッとする。抜沢に声をかけると、抜沢もああと息をついた。 「話…って、何ですか?用って、話ですか?」 「ああ、とりあえずまぁ、座れよ」 促され、律子は抜沢の隣に少し間を空けて腰掛けた。そうすると必然的に矢部は立っている事になる。 「あー…昨日、俺らが帰った後に土原の所に行ったらしいな」 煙を燻らせながら、抜沢が先に口を開いた。 「早いですね、もうご存知なんですか」 「さっき土原の所に行ってきたからな」 「ああ、それで」 さっきまで少し不安そうだった律子の表情が緩やかになったのを、矢部は見逃さなかった。 「律子さん、行動早いねんなぁ〜」 にこり、照れくさそうに笑いながら、律子が答える。 「昨日、矢部さんたちから話を聞いて…すぐにでも会いたくなったんです」 「そーゆう事、ありますよね。オレもよおある」 仕事が終わって疲れていても、天使の笑顔の楓に無性に会いたくなったりしたものだと、矢部はうんうん頷いた。 バシッ! 「あたっ…せ、先輩?」 律子と笑い合っていると、唐突に抜沢に後頭部をはたかれた。 「呑気にお喋りしてる場合じゃねーだろ」 短くなったタバコを灰皿に押し付けながら、抜沢も少し笑っている。 「あ、そやった。昨日土原さんと、何話したか聞こ思て呼び出したんでしたっけ」 「みなまで言うな…」 やれやれと呆れる抜沢と、はたかれた後頭部をさする矢部を交互に見てから律子が、静かに息をついた。 「やっぱり、その件ですか」 「他にも思い当たる事があるのかい、池内のお嬢さんよぉ」 「ないです」 律子は笑顔のままで即答し、それからふぅ…と、再度静かに息をついた。 「律子さん?」 「さっき…館内放送で矢部さんと抜沢さんに呼ばれた時に、なんとなく予想はついてました。きっと誰かに、私が土原さんに会いに行った事を聞いて、話を聞きに来たんだなって」 少し…どこか少し寂しそうなその笑顔は、先ほど会ったばかりの土原の悲しそうな表情に似ている。 「じゃあ、聞かせてもらうぜ」 抜沢の言葉を口切に、少しの沈黙が流れた…かと思えば、俯いていた律子が顔を上げて、なぜか矢部を見て笑ったのだ。 「え、オレ?」 不思議そうな矢部を他所に、口を開く律子。 「矢部さん、今日のシャツ、可愛らしいですね。似合ってますよ」 くすくすと笑いながら。昨日抜沢に言われた所為か、矢部はどうやら服装に関しては開き直る事にしたらしい。持っていた白いYシャツは全部まとめて洗濯機に放り込み、今日は明るいオレンジ色のシャツを着ている。 柄は、大小の緑と黒の丸い模様が均等に並んだ、なかなかストイックなものだ。 「あ、ど、どうも…」 「俺はそれを見てると目がチカチカしてむかつくけどな」 今朝、会ってから一度もシャツに触れなかった抜沢がけらけら笑いながら言うと、矢部は照れくさそうにすみませんと言いながら身を縮こまらせた。 つづく 進んでいるようで進んでいない、乾いた月でございます。 どうしよう、本編よりも矢部さんの着ているシャツの柄を考えるのが楽しい…(笑) けど言葉にするのが難しいですね、柄って。 それはさておき、無事に空港で律子を捕まえた矢部さんと、抜沢。しかし一歩間違えれば、空港でマイク使って呼び出しなんて… コテコテのラブストーリーなら定番の、告白タイムさながらです(笑) 2005年8月24日 |
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