[ 第80話 ] 他愛のない話をしました。 訪れた時間が遅かった為に、そんなに沢山の話をする事は出来ませんでした。 祖父の事、家の事。それから、この一年間の向こうでの私の暮らしの事。 事件の事。 一時間もなかっただろう。律子がポツリポツリと話して、最後に一言つぶやいた。 「土原さん…お元気そうで良かった」 にこり、静かに微笑んで。話し終えてすぐに、席が空いたとの連絡が入り律子はアメリカへと発った。 「蔵内に会わないといけないな…」 律子の乗った便を見送りながら、抜沢が小さくつぶやいた。 「え?」 不思議そうな矢部を他所に、くるりと踵を返す。 「先輩?」 「今日の午後9時、銀座の『CRASH』っつぅ飲み屋に蔵内を呼ぶように連絡しとけ」 「え、ちょっ、先輩?」 「SWの奴に約束させただろ、ポケベルで呼び出す事」 カツカツと靴を鳴らしながら、抜沢は歩いていく。 「あ、はい…で、先輩はどこに…」 「時間まで野暮用だ。お前は連絡した後、楓の顔でも見てこいや。今日は終わりが遅くなるからな」 いつの間にか、抜沢は楓の事をチビとかガキとかではなく、名前で呼ぶようになっていた。それに気付いた矢部は、少しくすぐったいような表情を浮かべて抜沢に、一礼した。 「そやったらオレも9時に、そん店に行けばえーんですね?」 「馬鹿野郎が、一時間くらい早めに来いよ」 「あ、それもそーすね」 どこへ向かおうとしているのか…抜沢の背中を見送った後、矢部は指示通りにSWへと連絡をした。SWの、瀬原の代理をしている若い男は名を増岡といい、すっかり矢部の言いなりになっていた。あの脅しが効いたらしい。 「…ほな、そーゆう訳でよろしくお願いします」 空港内の公衆電話、受話器を置いて、園へと向かう。抜沢の考えている事はいつだって矢部にはさっぱりわからなかったが、不器用な優しさだけはよくわかった。 矢部が、楓に会いたいと思っている事をすぐに読み取ってしまう。もしかするとさっきの律子との会話の時に気付いたのかもしれない。クックと照れくさそうに笑みをこぼしながら、矢部は楓の元へと向かう。 「あら、こんにちは」 「芹沢センセー、こんちわ」 あさがおに着いた矢部を、門の近くで子供たちと遊んでいた芹沢が迎えた。 「今日は早いんですね、一人?」 「あ、はい、今日は夜が遅くなるようなんで…抜沢先輩は野暮用とかで一人でどっか行ってしもうて」 ふと思う。芹沢は抜沢に、会いたいのではないかと。 「あぁ、そうなの。あ、楓ちゃんは砂場の方にいるわよ」 「そーですか、どうも」 けれど、抜沢は今日はいない。考えても仕方のない事かと、矢部は一礼して砂場へと向かった。行き着くと、そこにはもう一人見覚えのある姿。 「あれー?ボウズやないか」 声をかけると、パッと嬉しそうに顔を綻ばせる楓、もう一人。 「あ、こんにちは、刑事さん」 タツも同様に顔を綻ばせて笑った。 「あー…刑事さん言うのやめてくれへん?」 タタッと、足に抱きついてくる楓の頭をなでながら、矢部はタツに困ったような笑顔を返した。 「え、駄目なの?」 「まぁなぁ、刑事ゆーの隠して捜査したりせーへん時もあるんや」 「じゃぁ、えっと…」 「矢部でえーよ」 ポンっと、空いた手でタツの頭に手を置くと、嬉しそうに彼は口を開いた。 「矢部さん」 にこっと微笑んで。 「そんでもボウズ、芹沢センセが言うとったけど、ここはもう出たんやろ?」 砂場に、矢部も座り込むと楓が隣で山を作り始めた。 「うん。ぼく、今はおじいちゃんと住んでるんだけど…仕事で帰りが遅くなるから、こっちに遊びにくるんだ」 楓の作る山に砂を足して、タツも手伝う。 「そうなんや」 「それにぼく、由美せんせーとか…楓ちゃんと遊ぶの楽しいし」 えへへ…と、照れくさそうに笑うタツを、矢部は目を細めて見遣った。素直な少年だなぁと、思う。 「かえちゃんと、よぉ遊んでくれとるんやってな、ありがとお」 「ううん、ぼく、本当に楽しいんだ」 ざらざらと砂を手のひらに乗せて、楓の作る山にかけながらタツは言う。 「楓ちゃんって、強い子だなぁってぼく、思うんだ」 「そやな」 微笑ましげにタツと会話をしていると、楓が唐突に、矢部の足にまで砂をかけ始めた。 「あ、楓ちゃん…」 「ん?お?なんや?」 小さな手のひらで砂をすくい取り、矢部の足にかける。 「こらこらこら、かえちゃん何を…」 かと思えば、その矢部の足によじのぼったり。まるで気まぐれな子猫のように、矢部の首に腕を回してぎゅっとしがみついてきた。 「どうしたんや、かえちゃん…」 「あ」 それを見ていたタツが、何かを思いついたらしい。 「何やボウズ、思い当たる事あるんか?」 「違うよ、きっと楓ちゃん…刑事さ…矢部さんがぼくとばかり話してるからヤキモチ妬いたんだ」 ヤキモチ… 「え、そうなんか?」 タツに言われて、パッと楓を見る。と、頬をぷぅと膨らませて少し拗ねたような表情。 「かえちゃん…」 ギュ…と、首にしがみつく腕に力がこもったような気がした。 「かえちゃん、どうしたんや?いつもの笑顔、にーちゃんに見せたってや」 かわいいなぁと、思う。髪をくしゃくしゃと撫でながら言うと、楓はちらりと矢部を見てそれからにこりと笑った。 「わぁ、ぼく楓ちゃんの笑った顔、初めて見たよ」 「そーなんか、かわいい笑顔やろ?」 「うん、かわいいね」 可愛い笑顔だ。けれど、少しこわばった笑顔。多分まだ、楓の中に燻っている恐怖のせいだ。 「凄いんだね、矢部さん」 「ん?」 「楓ちゃんの一番なんだね」 「一番?」 「うん。だって楓ちゃん、矢部さんの前でしかそういう顔見せないもん」 それは嬉しいけれど、切ない、複雑な感情が矢部の中に沸いた。 「…そんな事、あらへんよ。今はまだ事件が解決しとらんからに過ぎひん、終わったらきっと」 いつでも天使のように、キラキラした笑顔を振りまいていたあの頃の楓に戻るはず。そう心の中で続けながら、しがみつく楓の髪をそっと撫でて、それから空いた手でタツの髪をおもむろにくしゃくしゃと撫でた。 「ボウズ、かえちゃん事、これからもよろしくな」 「え?あ、うん」 楓を抱き上げて立ち上がると、タツの砂を払いながら後に続いた。 「矢部さん、どこ行くの?」 「ん?もう暗くなるやろ、あとは中で遊んだらえーよ」 「あ、そっか、そうだね。あんな事があったばかりだもんね」 気付かなくてごめんなさいと頭をちょこんと下げるタツの、頭に再度手を置いて、矢部はそのまま園の中に進んだ。 「子供がそんな気ぃ遣わんでもえーねん。これは大人がせなあかん事なんやから」 プレイルームの方に行くと、外にいた他の子供たちも中に来たようでわいわいと賑やかだ。 「あら、楓ちゃんおねむかしら?」 ふっと、後ろから声をかけられる。大きなワゴンに沢山の小さなコップを乗せている。 「あ、由美せんせー、おやつの時間?ぼく手伝うよ」 「タツくん、ありがとう」 小さな子供たちにコップを渡すタツを見て、由美は矢部を促した。 「え?」 「矢部さん、お腹空いてません?」 プレイルームの隣の、小さな談話室に矢部を呼ぶと、お皿を渡して寄越した。そこには、ラップに包まれたいくつかのおにぎり。 「頂いてえーんですか?」 「どうぞ」 それにしても多い…ハッとして、矢部は続けた。 「幾つか貰ってってもえーですか?先輩と現場で頂きます」 ピクリと、芹沢の肩が揺れた。 「…えーですか?」 「もちろんよ」 くるりと振り向いて、芹沢は手を伸ばして楓の髪に触れた。 「…芹沢センセー、抜沢先輩のこと、まだ?」 唐突に、矢部は口にした。 「おかしな事を聞くのね、矢部さん」 少し困ったような笑顔で、芹沢は答えた。嫌いで別れた訳じゃないのよと。 「何があったか、聞いてもえーですか?」 不意に、思い出す、抜沢の言葉。想い過ぎて何も見えなくなったという…切ない言葉。約束の時間にはまだ余裕がある。 矢部は今日、全て聞けるものなら聞こうと思った。 つづく あれ?またなんか長引きそうな気配が出てきたぞ?(笑) でも事件同様、ここもきっちりしておきたいよねぇ… まぁ、タツくんがいい感じで使い勝手良さそうです、うん…多分。 その代わり小さい楓の表現が少し変になってしまったような気がする… 2005年8月28日 |
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